第49話 いつも突然現れる人

「日向……」


 いきなり沙夜に抱きつかれたので何事かと思ったがすぐにわかった。助けを求めてるんだって。


「綾さん、沙夜と今から見たい演劇があるのでここで」

「演劇? そう……河井くんに挨拶できたから私は帰ろうかしら。またゆっくりできる時にお話ししましょう」

「は、はい。沙夜、行こっか」


 優しく声をかけると沙夜は小さくコクりと頷いて、俺から一度離れ手を繋いできた。

 

 綾さんと別れ、俺達は、演劇なんて見に行く予定はなかったが、体育館へと向かった。


「ありがと、日向」

「俺はなにもしてないよ。綾さん、呼んでたんだ」


 沙夜からお母さんに文化祭に来て欲しいと言っていたのは少し意外だった。なぜなら彼女は母親のことをあまりいい人に思っていないから。


 沙夜から誘ったと思っていたが、彼女は首を横に振った。


「呼んでない。多分、日程とかはお父様から聞いたんだと思う。お父様には話したから」

「……そうなんだ」

「そう言えば、日向のお母さん、香織さんは来てないの?」

「お母さんは────」


 お母さんと言いかけたその時、後ろから視線を感じた。バッと後ろを振り返るとこちらに向かって手を振っている人がいた。お母さんだ。


「沙夜さん、こんにちは~。変わらず可愛いわね。抱きついてもいいかしら?」


 会ってすぐに抱きついてもいいかと聞くのはどうなんだ。


 それにこんなに人がいる中で彼女に抱きつくのはやめてほしい。


「沙夜が許可してもダメだ」

「え~、日向は独占欲つよつよなのね」

「つよつよで悪かったな。というか文化祭来てたのなら言ってほしかった」

「あら、行くって言ってなかったかしら。沙夜さんがメイド服を着るって日向から聞いたから来たんだけど、遅かったみたいね」


 お母さんは、沙夜の着ている服がメイド服ではないことにガッカリし、右手で頬を触る。


 見たかったみたいだし、後で沙夜に許可をもらえたら撮った写真をお母さんに見せてあげよう。


「会えたことだし、私も混ざっていいかしら?」


 俺は構わないが、沙夜がどうかわからないので彼女の方を向く。だが、沙夜は、ぼっーとしていて反応がない。


「沙夜、大丈夫?」

「……大丈夫、日向と香織さん見てたらいいなって思ってたの」


 沙夜がそう言うと俺とお母さんは顔を見合わせる。そして、お母さんは、沙夜の側へ行き、彼女をぎゅっと抱きしめた。


「沙夜さんは私にとって娘みたいなものよ。だから甘えたいとか、混ざりたいなら遠慮せずに来ていいのよ」

「香織さん……」

「この前、またって話してたし今夜はお泊まりしない? 沙夜さんとたくさんお話ししたいし」

「……わ、私も香織さんと話したいです」

「ふふっ、なら決まりね。服とかは、まぁ何とかなるわ」


 お母さんは、沙夜から離れた後、彼女の頭を優しく撫でた。


 しばらくして沙夜とお母さんの3人で体育館へ向かった。行った時にはもう演劇は終わっていて、軽音楽部の演奏が始まっていた。


「素敵な演奏……」


 隣で呟く彼女は、拍手をしていた。そして、俺の方をチラチラと見てきた。


「そうだね……もしかしてお腹空いた?」

「……うん、ホットドッグ食べたい」

「ホットドッグ……」


 ホットドッグなんて出しているクラスはあっただろうかと文化祭パンフレットを見て確認する。


 あっ、あった……もしかしてだけど、沙夜、文化祭で飲食をやっているところ全部把握しているんじゃないか?


 取り敢えず、沙夜が食べたいというならホットドッグを食べに行こう。お母さんは1人だと何かしそうなので一緒に連れていくとして……。


 楽しんでいるところ悪いと思うが、お母さんにホットドッグを買いに行こうと伝える。


 静かに体育館から出ると沙夜は、スタスタと歩いていった。


(沙夜、食べ物になると変なスイッチ入るんだよなぁ……)


 そんなところが可愛いと思い、横を見ると並んで歩いていたはずのお母さんがいないことに気付いた。


(えっ、迷子!?)


 バッと後ろを振り返るとそこにはお母さんと先ほど別れた舞桜がいた。


「あら、舞桜ちゃんじゃないの。一緒に回りましょ?」

「か、香織さん、お久しぶりです」


 前はお母さんと普通に話せていたがここ最近は一緒に夕食を食べたり、家に来ることが減り、舞桜はお母さんと話すのに緊張していた。


「日向、舞桜ちゃんもいいわよね?」

「か、香織さん……私は……。日向、嫌よね?」


 先ほど沙夜にダメと言われてしまい、舞桜は、いいかと確認してきた。


「……俺は嫌じゃないよ。舞桜さえ良ければ今から一緒にホットドッグ食べに行こうよ」

「! あ、ありがとう。そう言えば古賀さんは?」

「沙夜ならあそこに……」


 沙夜がいる方向を見ると舞桜は、ほんとねと呟き、彼女の元へ歩いていった。そして後ろから話しかけたので沙夜は肩をビクッとさせた。


「古賀さん、ホットドッグ好きなの?」

「! ビックリした……。ホットドッグは好きだよ。けど、甘いスイーツが1番」

「そうなんだ。私も1つ買おうかな……」

「うん、美味しいよ」

「もう食べてる……」


 買ってからすぐに食べ始めていた沙夜を見て、舞桜は驚いた。


 俺が後から来た頃にはなぜか沙夜と舞桜は中良さそうにホットドッグを食べていた。


(仲が悪いんだかわからないな……)


「沙夜、舞桜も一緒に回ろうってことになったんだけど、いいかな?」

「ん、いいよ。それより日向も食べた方がいいよ、ちょー美味しいから」

「ほんと? じゃあ、俺も」


 舞桜と一緒に回るのが嫌だと言われるかと思ったが、良かった。


「美味しい」

「でしょ?」

「でしょって、古賀さんが作ったわけじゃないでしょ」

「別にそういう意味で言ったわけじゃない。香織さんも食べますか?」

「みんな美味しそうに食べてるし、私も食べようかしら。日向の分も買ってあげるわね」


 お母さんは、そう言って俺の分と自分の分と2つ買いに行った。


「日向、買ってきたわよ」

「ありがとう、お母さん」


 お母さんから受け取り、俺もホットドッグを食べた。


「ん、美味しい」

「ふふっ、日向、ここにケチャップついてる」 


 舞桜は小さく笑い、自分の口元を人差し指で触った。


「えっ、ほんと?」

「うん」


 彼女に教えてもらったところを触ろうとすると舞桜が顔を近づけてきた。そしてティッシュで取ってくれた。


「はい、取れた」

「あ、ありがとう……」

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