第45話 文化祭前の嫌な出来事

 文化祭前日。今日は文化祭準備が1日あり、沙夜と待ち合わせていく予定だ。だが、俺はその前に舞桜とある公園で待ち合わせていた。


 待ち合わせ時間より少し早めに来ると舞桜は先に来ており、ベンチに1人で座っていた。


「舞桜、お待たせ」


 声に気づくと彼女は、顔を上げて笑顔でニッコリと微笑んだ。


「大丈夫、私も来たばかりだから。立つのもあれだし座ったら?」

「あぁ、うん……」


 近すぎるのはあれなので舞桜と少し空けてベンチに俺も座ることにした。


 話があるからと言ったのは舞桜の方だが、中々話しにくいことなのか彼女は黙ったまま目の前にある遊具をぼっーとして見ていた。そして、しばらくして口を開いた。


「古賀さんとはどう? 上手くやってる?」


「沙夜と? うん、上手くやってるよ」


 まさか沙夜とのことを聞かれるとは予想していなかったので、一瞬驚いた。


「そっか……ね、メッセージのことだけど、やっぱり無理? ずっとじゃなくても少しだけ、一緒にいたい」


「……ごめん」


「……ううん、私が無理言ってるのはわかってる。私といるところ見られたら誤解されるし断るのが正解。じゃ、お互い別々に文化祭楽しむってことで」


 舞桜はそう言って笑顔で拳を出した。その拳に俺はコツンと自分の拳を当てる。


 そして、彼女は、ベンチから立ち上がり、何も言わず駅の方へと歩いていった。


 



***




 沙夜と一緒に登校し、教室に着くと何だかざわついていた。何かあったのかなと思い、近くにいた旭に声をかけた。


「おはよ、旭。何かあったのか?」


 教室の真ん中で何人か集まっているので、何もないわけがないだろう。


「ちょっと事件がね……」


 そう言って旭が視線を向けた先にあったのはメイド喫茶の看板だ。


 あの看板は昨日、看板チームが頑張って完成させたもの。だが、その看板が酷いものとなっていた。


 綺麗に塗られていたはずだが、色んな色の絵の具で塗りつぶされていた。


「誰がこんなこと……」


 隣で呟いた沙夜からは怒りが感じられた。誰が犯人なのかわからないが、これは酷い。


 見た感じ、誤ってやってしまったようには見えない。となると誰かがわざとやったことだ。


 看板を見ていると近くから椎名さんの声が聞こえた。彼女の周りには何人ものクラスメイトがいた。


「確かに私が最後だったよ。けど、こんなことしてない。それに───」

「けどさぁ、椎名以外に誰がいるんだよ」


 どうやら昨日、この教室の戸締りをした椎名さんが看板をこんな状態にした犯人にされているようだ。


 証拠もないのに疑うのはどうかと言いに行こうとすると沙夜が俺の手を取った。


「日向はここにいて。私が何とかするから」

「……う、うん」


 何とかってどうするんだろうと思いながら椎名さんのところへ向かう沙夜の背中を見つめる。


「明莉ちゃんは、看板をこんなことにはしてない。だって、昨日は私と帰ったもの。鍵をかけるときも職員室に鍵を返す時も私は明莉ちゃんと一緒にいた」


 沙夜は、椎名さんが犯人だと言う人達に向かってそう述べる。沙夜はクラスの中では信頼されている方なので彼女の発言効果はある。


「沙夜ちゃん……。うん、鍵を返した後、私は沙夜ちゃんと一緒に帰った。私が1人で教室にいた時間はないよ」


 沙夜の助けはあったが、周りは「けど……」とまだ椎名さんが犯人だといいだけだ。


 だが、全員が椎名さんが犯人と思っているわけではない。椎名さんはクラスの中では信頼されている人だ。犯人だと思わない人もいる。


「もう犯人探しはやめよ。こんなことしたらギスギスした感じで文化祭当日になっちゃう」


 クラスメイトである椎名さんと仲のいい女子は、椎名さんの背中を優しく擦りながら周りにいる人達に言う。


 その子の言葉に丸山さんは、強く賛同して大きく手を挙げた。


「そうだそうだ! さっちゃんの言う通り、こんなことしてても看板はこのまま。犯人探しはやめてみんなで協力してもう一度作り直そ」


 周りが、近くの人の顔を見合わせ、頷く人が何人かいる。


 ギスギスした空気だったこの教室だったが、皆、看板を作り直すとなると明るい空気に変わった。


 俺も看板チームにやれることがないか聞きに行くと美術室から追加で筆と絵の具を持ってきて欲しいと頼まれ、1人では大変なので沙夜と行くことにした。


 教室を出て美術室へ向かう中、沙夜は、何か考え事をしていた。


「沙夜、どうかしたの?」


 心配になり、声をかけると彼女は、うっすらと微笑んだ。


「私は犯人探しを諦めるつもりはないよ。椎名さんに罪を被せて、看板を頑張って作った人達の努力を水の泡にしたもの」


「危ないことしようとしてない?」


「ふふっ、危ないことはしないよ。犯人を見つけて注意するだけだから」


「……沙夜、その犯人って実はもう見つけたりしてる?」


 沙夜の表情からはもう犯人が特定できている感じがしたのでそう尋ねると、彼女は、よくわかったねといいだけな表情でこちらを見た。


「ふふっ、昨日、怪しい人を見かけたからそうかなーって思ってる人はいるよ」


 話しているとあっという間に美術室へ到着し、沙夜は、筆と絵の具を借りる前に美術の先生に話しかけにいった。


「すみません、昨日の放課後、17時頃にここに絵の具を借りに来た生徒はいましたか?」


 沙夜は自分が椎名さんと帰った後の時間帯にここに来た人はいるかと聞く。


「昨日の放課後は、1人いましたね。返却しに来る人が多かった時間帯だったけど、その生徒はすぐに返却しに来ると言って借りていきましたよ」


「その借りた人の名前ってわかりますか?」


「名前……借りた人ならここに名前を書いていってるからこれを見れば……」


 美術の先生から紙をもらい、俺と沙夜は、17時頃に借りた人の名前を見た。その時間帯には先生が言った通り、1人の生徒の名前があった。


 隣にいた沙夜は、その生徒の名前をゆっくりと読み上げる。


「河井日向」







    

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