第43話 我慢できない

「椎名さん、なにか言った?」


 聞き取れないぐらいの小さな声だったので、聞いてみると彼女は、首を横に振った。


「ううん、何も。河井くん、私と写真撮ってほしいんだけど、いいかな?」


 手を後ろに回し、顔を赤くする椎名さん。彼女の言葉に俺は、えっ?と驚いた。


「俺と?」


 なぜ俺と撮りたいのか疑問に思い、聞き返すと彼女は、スマホをカバンから取り出した。


「うん、夏の思い出に友達と写真撮ってるんだけど、河井くんとはまだ撮ってなかったから」


「えっと……俺、彼女いるから2人っていうのは……沙夜がいるなら構わないんだけど」


 俺は、絶対に沙夜を不安にさせるようなことはしたくない。


 ごめんと断ると椎名さんは、笑顔でニコッと笑い、スマホをカバンの中にしまった。


「そう、だよね……。なら、沙夜ちゃんがいる時でもいいかな?」


「うん、それなら」


「ありがとっ。じゃ、私はそろそろ行くね。またね、河井くん」


 彼女は、手を振ってこの場から離れた。1人になった俺は、猫カフェの猫を見て少し癒されていた。


 にゃんにゃんも可愛いが、猫カフェにいる猫も可愛いな。


(って、目的忘れてる……)


 猫カフェから離れて本来行こうとしていた靴屋へ行くことにした。





***





「はぁ……もう無理……」


 夏休み最終日。明日から学校があり、日向には会えるのだが、ここ1週間、会えておらず寂しい気持ちになっていた。


 会えなくても電話をしたりするのだが、それだけで寂しさが紛れるわけがない。


 ベッドに寝転がりクマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、目を閉じる。


「日向……」


 日向が足りない。これは、日向不足だ。今すぐに触れ合いたい……。


 いや、ダメだダメだ。こんなんだと日向に愛が重すぎって言われて嫌われちゃう。思ってもストップだ。我慢我慢。


(ん~ムリッ!)


 バッと起き上がり、私は相談するために結菜に電話をかけることにした。


「結菜、どうしたらいい?」 

『どったの、さーちゃん。カスタード?それとも河井くんのこと?』


 さすが親友。話す前からもうすでに私が相談したいことがわかっているとは。


「うん、日向のこと」

『やっぱりね。気付けば河井くんのことばっかり考えて、会いたい会いたいとか?』

「結菜、私の心読めるの?」

『読めないよ』


 ビデオ通話に切り替え、結菜と恋ばなで盛り上がること30分。何とか会いたい気持ちは抑えられた。


 会いたいなら会えばいい。そう思うかもしれないが、日向は、今、家族旅行中だ。会いたくても距離が遠すぎる。


(家族旅行……か……)


 しばらく黙り込んでいると結菜は、心配そうに私の名前を呼んだ。


『沙夜……そういや、両親とはどう? 大丈夫?』 


 中学からの付き合いがある結菜は、沙夜と両親があまりいい関係ではないことを知っている。


「お母様もお父様も今の私に呆れてるみたい。古河家は、必要ない人間はいらない……だから2人とも私のことなんて娘として見てない」


 一人暮らしを続けるために今はお母様とお父様のご機嫌取りのようなことをしているが、将来はもう関係を絶ちたい。


 あんな堅苦しいところには行きたくないし、愛されてもない両親に会いたいとは思わないから。


『さーちゃん、私はずっと味方だから。何かあったらいつでも言ってね』


「ありがとう、結菜」


 結菜との電話を切り、スマホを見ると日向からメッセージが来ていた。


「日向!」


 スマホを両手で持ち、見間違いじゃないかと何度も日向からのメッセージを確認する。


『今、電話できる?』


 できない状況ではないので、すぐに電話できるよとメッセージを返信すると日向から電話がかかってきた。


 電話に出るとすぐにスピーカーにする。すると、日向の声が聞こえてきた。


『あっ、沙夜?』

「日向、どうしたの?」


 久しぶりに声を聞いて先ほどから口元がゆるゆるになっているのが自分でもよくわかる。


『今、お気に入りの展望台にいるんだけど、沙夜にもこの景色を見せてあげたいと思ってさ。ビデオ通話にできる?』


「お気に入りの展望台? 今、ビデオ通話にするね」


 ビデオ通話のボタンを押すと画面に日向が映った。


(日向がいる……)


 ニヤけが止まらず取り敢えず、クッションを持って口元を抑えた。


『あっ、じゃあ、見せるね』


 日向は少し歩き、そして私に展望台からの景色を見せてくれた。

 

「……綺麗。素敵な場所ね」


 私は行ったことがない場所だが、画面からでも良くわかる。自分の足で行って見たら多分「わぁ」と声を漏らしてしまうだろう。


『沙夜は、ここ1週間何かしてた?』


「ううん、バイトしてたくらい……あっ、けど、明莉ちゃんとカスタード巡り第2弾してた」


『そうなんだ。俺も参加したかったな……』


 俺も誘って欲しかったなみたいな声のトーンだったので、私は慌てて彼に言う。


「じゃあ、カスタード巡り第2弾で行った場所、日向も行こっ。放課後また日向と食べに行ったりしたいからちょっとずつ」


『いいの? 沙夜、2週目だけど……』


「大丈夫、カスタードスイーツは何度食べても飽きないから」


『じゃあ、夏休み明けに行こう』


「うん、行こっ。ところで、日向はそっちで何してるの? 今、1人?」


 家族と過ごしているとは聞いているが、今は一緒にいないのだろうか。


『母さんなら横に』


 そう言って日向は画面を横にすると香織さんが映った。


『あら、私も沙夜さんとお話ししていいの?』

『沙夜が他に誰かいるのかって聞いたから。喋っていいけど、変なことは言わないでくれよ』

『オッケオッケ任せなさい。沙夜さん、久しぶり、今日も可愛いわね。いや、前より可愛いわ。可愛さが増したわ』


 可愛いの連呼に照れた私は、照れながらありがとうございますとお礼を言う。


『沙夜さん、また家に来ていいのよ。自分の家と思ってくれていいから』

『ちょ、何言ってるんだよ。怖いこと言ってるお母さんみたいになって……沙夜、大丈夫か?』


 香織さんの言葉にうるっときた私は涙を見せたくないと思い、クッションに顔を埋めていると日向が心配された。


 涙を拭うと顔を上げて口を開いた。


「大丈夫……香織さん、ありがとうございます」


『いいのよ。私は沙夜さんをいつでも歓迎してるから』


 なんて温かい場所なんだろう。冷たいところにいた私が行ってもいいのかな……。







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