第33話 突然の訪問

 23時。たくさんお喋りしていたらいつの間にかこんな時間になっていた。隣に座る沙夜はうとうとしていて眠たそうだ。


 俺も今日はプールで遊び疲れて早く寝れそうだ。そろそろ寝るか。


「沙夜、そろそろ寝よう」


 声をかけると彼女は、「んっ」と声を漏らした。ん、だけじゃ返事をしているのかすらわからないんだが。


 しばらくすると沙夜はゆっくりと立ち上がり俺の手を引いた。


「ベッド大きいから一緒に寝よ」


「えっ、一緒に……?」


 断れないまま彼女に連れられ、着いた場所は、寝室だった。


 いや、どう見ても一人用のベッドなんだけど。思ったより幅は広いけどさ。


 沙夜は俺から手を離し、ベッドに寝転がると俺が寝れるように場所を開けてそこをトントンと叩いた。これは隣に寝てとお願いしているのか。


(寝ても……いいよな)


 同じベッドでなんてドキドキして寝れるかと思っていたが、俺は睡魔に負けて彼女と同じベッドで寝てしまった。




***




「…………」


 目を覚ますと見えるのは知らない天井。沙夜の家に泊まりに来ていることを思い出した。


 彼女と一緒になんて寝れないだろうと思っていたが、普通に熟睡してしまった。


 隣で寝ていた沙夜は、まだ寝ているだろうと思い、横を向くと彼女と目が合った。


「おはよ、日向」

 

「! お、おはよ……」


 横を向いたらすぐ近くに彼女がいたので、驚きそしてドキッとした。


 しばらく見つめ合っていると沙夜が俺の手を取り、そして唇を重ねてきた。


 離してはまたキスをしてを繰り返し、沙夜は俺にぎゅっと抱きついた。


(やっ、ヤバい……)


「さっ、沙夜、少し離れることできる?」


「何で? 私はこうしていたいな」


 沙夜が俺から離れる様子はなくどうしたらいいか考えていたその時、ガチャとドアが開く音がした。


「えっ、誰?」


 沙夜は一人暮らしのはずだ。ここに入れるのは彼女しかいない。昨日鍵をかけ忘れて誰かが入ってきたのか?


 俺と沙夜は、起き上がって互いに顔を見合わせた。


「昨日、鍵閉めた?」

「私が閉めたよ。入って来れるとしたら……」


 したら?と聞き返そうとすると今いる寝室のドアが開いた。


 男の人が入ってきた瞬間、沙夜は俺の手をぎゅっと握る。


 俺と沙夜の距離の近さと服が寝間着なのを確認したその男性は口を開いた。


「えっと、お邪魔しちゃったかな」


「お父様……」


(えっ、沙夜のお父さん!?)


 入ってきた人が沙夜のお父さんで安心したが、初めましてでこの状況はマズイ。まだ挨拶もしてないのに。


 寝間着のままだが、まずは挨拶と思い、俺はベッドから降りて頭を下げた。


「は、初めまして、沙夜さんとお付き合いしている河井日向です」


 緊張して声が上ずってしまったが、沙夜のお父さんは、優しく微笑んだ。


「君が河井くんか……沙夜から話は聞いているよ。娘と仲良くしてくれてありがとう。父親の古賀颯真こがそうまです」


 もっと怖い人かと思っていたが、颯真さんは優しそうな人だ。


「お父様、なぜこんな朝早くから……」


「沙夜にはメッセージで伝えたんだけどね、急にすまない、この時間しか来れなくて」


 手に持っていた鍵を颯真さんはポケットに入れる。


 なるほど、颯真さんもここの鍵を持っていたから入れたのか。


「な、何か足りないものがありましたか? 成績表や必要なものは家に全て送りましたよ」


 沙夜はいつもより小さな声で颯真さんに言う。その彼女の姿は何かに怯えているようだった。


「それはわかってる。届いたのは確認したから、特に用はないよ。沙夜の様子が心配で仕事の序でに見に来ただけ。けど、タイミングが悪かったみたいだね」


 2人の時間を邪魔してしまったと颯真さんは思っているのだろう。


「沙夜、良かったね、大切な人ができたみたいで。河井くん、娘を頼むよ」


「は、はい」


「じゃあ、今日は娘の元気な姿を見れて、彼氏の河井くんに会えたことだし帰るとするよ。また来る」


 颯真さんはそう言って沙夜の頭を優しく撫でた。俺が頭を撫でたときは嬉しそうにふにゃりとした表情になるが、沙夜は先ほどからずっと堅い表情だ。


(沙夜、久しぶりにお父さんに会って緊張してるってわけじゃなさそうだな)


 彼女の頭から手を離すと颯真さんは部屋を出て行った。そしてガチャンと音がしたので家から出たのだろう。


 シーンとこの部屋が静まり返ると沙夜はボソッと呟いた。


「嘘つき……」


「沙夜?」


「お父様が言った心配とか、娘をよろしくとか、全部嘘」


 沙夜はそう言ってベッドから立ち上がり、俺に抱きついた。


「ほんとに全部嘘なの……?」


「嘘に決まってるよ。小さい頃、ほとんど私のこと放って仕事ばっかりだったし……」


 彼女は話してくれた。幼い頃から家族でいることは少なく、一人暮らしの前は、家にいるとき基本お手伝いさんと一緒にいることが多いこと。


 前に千里さんが沙夜のことを昔から1人でいることが多くて寂しがり屋と言っていた理由がよくわかった。


「沙夜はもう1人じゃないよ。俺が側にいる」


「……うん、ありがとう日向」





***





 翌日。私は、結菜とカフェで待ち合わせていた。


「へぇ~『AMAOTO』でバイトを」


「そう、夏休みは長いし、バイトやってみたかったから」


「いいじゃんいいじゃん。あそこの制服、さーちゃんに絶対似合う」


「そうかな? 結菜はバイトどう? パン屋で始めたんでしょ?」


「楽しいよ~。いや~、さーちゃんの働く姿、見に行きたいなぁ」


「まだダメ。慣れたら来て」


 失敗しているところを見られたくはない。日向にもバイトをする話をした時に、結菜と同じように見に行きたいとお願いされたが、今はダメと断った。


「そういや、前に宝生に会ったって聞いたけど、あれからまた会ってない? 大丈夫?」


「大丈夫だよ」


 宝生くんが前に私のことを誰にでもいい顔して相手を見下す人だと言ってた。けど、そう思っていたのは宝生くんだけじゃない。私のことが気に入らない人達にはそう見えていたらしい。


「何かあったらすぐに相談してね、宝生がさーちゃんにしたことは、私、許してないからね?」


「うん、ありがとう結菜。私も許してない」


 うっすらと微笑み、結菜がニコッと笑うと店員さんが、テーブルに置いた。


「お待たせしました、カスタードシューアイスです」


「カスタード!」


「わっ、美味しそう! 食べよ食べよ」








     

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