第31話 会いたくない人
「そ~れっ! いちっ!」
「にっ!」
「さんっ! あっ、ごめん」
スライダーの後は、みんなで水中バレーをすることになった。
10回を目標にパスを続けることになったのだが、中々難しい。
「椎名さんは部活入ってるんだっけ?」
旭は、隣にいる椎名さんに部活のことを尋ねた。
「軽音楽部に入ってるよ」
「明莉ちゃんは、ボーカル。1年の時、ライブ見に行ったことあるけど、歌上手いんだよ~」
椎名さんの言葉に丸山さんは付け足し、沙夜は興味津々に話を聞いていた。
話しながらパスが続いていることを忘れていたのか沙夜は、丸山さんからのボールを受け取れず、ポスッと水面に落ちた。
「あっ、落ちちゃった……ごめん」
「ドンマイ、次いこっ。次10回以内に落とした人は飲み物みんなに奢りね」
丸山さんがそう言うと全員、同じタイミングで片方の手のひらにもう片方の手の指の甲側を乗せて包み込み、親指を合わせた。
何か丸山さんの言葉に脅された感があるが、今度こそ目標回数達成しそうだ。
「じゃいくよー、はいっ、明莉ちゃん!」
丸山さんから始まり5回目の挑戦。皆、奢りたくないのか本気でやって10回パスに成功した。
その後は、2人、3人に別れて、ボールで遊んだりした。
この後、浮き輪でも借りて流れるプールに行こうかと話をしていると沙夜が俺の腕をツンツンとつついた。
「お腹空いた……」
「俺もお腹空いたし、ちょっと早いけど何か食べよっか。旭達は、どうする?」
「俺はまだいいかな。結菜と椎名さんはどう?」
「私もまだいいかな。旭と後で一緒に食べるよ」
「私は、沙夜ちゃんと河井くんと先に食べようかな。いいかな?」
椎名さんが俺と沙夜に確認すると沙夜が彼女の手を取った。
「いいに決まってる。一緒に行こっ」
俺、沙夜、椎名さんの3人はお昼を食べに行き、旭と丸山さんはまだ遊ぶこととなり、別れて行動することに。
ここにはうどん、カレー、チャーハン、たこ焼きといろんなものが食べれる店があり、そこで食べることにした。
シェアできるものを頼もうということで割り勘でたこ焼き、フライドポテトを購入。後は各自食べたいものを買った。
「たくさん遊んだ後のたこ焼き、美味しい……」
幸せそうな表情で沙夜は、たこ焼きを1つずつ味わって食べていた。
「日向も、食べる?」
「うん、1つ食べようかな」
沙夜が言っていたたくさん遊んだ後のたこ焼きが美味しいのは凄いよくわかる。
小さい頃、家族で行ったときにもたこ焼きを食べたが、いつも以上に美味しく感じたのを今でも覚えている。
たこ焼きを1つ食べようとお箸で掴もうとすると沙夜が俺の口元へ持ってきてくれた。
「日向、あ~ん」
「あっ、ありがとう」
沙夜にあ~んしてもらい、たこ焼きを食べる。本当に不思議だ、プールで遊んだ後のたこ焼きはいつもより美味しく感じる。
「日向、どう? 美味しい?」
「うん、美味しい。椎名さんもどうぞ」
たこ焼きが乗った皿を彼女が取りやすいところへ移動させた。
「ありがとう」
彼女も1つたこ焼きを美味しそうに食べていると沙夜が口を開いた。
「こういうプール初めてだったけど、楽しいね。今年はいい夏休みになりそう」
初めてということは沙夜は友達や家族とはこういうところに来たことがないのか。
両親といろいろあるのは知っているけれど、友達と来れなかったのも親からダメと言われていたからだろうか。
「食べ終わったらどこ行く?」
「スライダーにもう1回行きたいけど、私は、浮き輪でぷかぷかしたいかな。日向は?」
「俺も食べた後はそんなすぐに動けないし、沙夜といようかな。椎名さんも来る?」
「うん、みんなが行くなら私も一緒に行こうかな」
食べ終えて休憩した後は、流れるプールに行くことに決まった。
***
楽しい時間はあっという間に過ぎた。水着から着て来た服に着替え、スマホを見るとお母様からメッセージが来ていることに気付いた。
(お母様から……)
メッセージには今から会えないかという内容が書かれていた。
用がない限り連絡をしてこないお母様からの連絡。なぜ今からなんだろうか。会うときはいつも何日か前に連絡してくるのに。
この後、予定はないので大丈夫だとお母様に伝えると今どこにいるかと聞かれたので答えた。
返事がすぐに来ないので、スマホを触るのはやめて、結菜と明莉ちゃんと一緒に更衣室を出た。
更衣室を出ると出入口には先に出てきていた日向と久保くんがいた。
「お待たせ、2人とも。じゃ、駅まで歩こっか」
結菜、明莉ちゃん、久保くんは駅の方へ歩いていくので、私もと思い、歩き出すが、メッセージを確認するため足を止めた。
急に止まったので、日向は心配そうに私の元へ駆け寄る。
「沙夜?」
「……ごめん、私、用ができたからここで」
「用? どこか寄るなら付き合うけど……」
「ううん、1人で大丈夫。みんなに言っておいて。またね、日向」
「う、うん……また」
日向に手を振り、背を向けると私は、お母様から言われた場所へ歩いて向かった。
お母様はここへ車で来るそうだ。また何か言われそうで会うのが怖い。
しばらく1人で待っていると近くに黒の車が止まった。後ろのドアが開き、スーツを着た女性が車の中から私に手招きした。
「暑いから中に入りなさい」
「……はい」
お母様の横に座りドアをゆっくりと閉める。運転は誰がしているのだろうかと気になり運転席を見ると知らない女の人がいた。
(新しい使用人かな……)
「送られてきた1学期の成績見たわ。さっきまでプールに遊びに行ってたみたいだけど、あなたには遊ぶ時間なんてないはずよ」
わかってた。お母様は、私を呼び出すときは、説教か願望を押し付けてくることしかしない。
「……ごめんなさい。けど、私は言われた通り1位を───」
「一人暮しをした途端、自由すぎる。1位であるのは当たり前。今度、またあんな成績をなら一人暮らしは諦めてこちらに帰ってきなさい」
何度もお願いして始めた一人暮らし。家は落ち着かないから一人の時間が欲しいと思って始めたのにそれがなくなるのは嫌だ。
「はぁ~ほんとダメな子、誰に似たのかしら」
お母様の言葉を聞いていると何かに縛り付けられるような感覚になる。早くここから出たい。ここは窮屈だ。
「お付き合いしてる人を連れてくるって話だけど、夏休みに空いているのは来週の土曜だけ。話は終わりだから早く車から降りて。仕事に戻るから」
「……はい」
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