第29話 沙夜の憧れ

 私は小さい頃から家族みんなでご飯を食べる機会がほとんどなかった。小さい頃を思い出してみるが、いつも1人で食べていた記憶しかない。


 高校生になるまでは毎日、お手伝いさんの藤村ふじむらさんに朝食、昼食、夕食は作ってもらっていた。


「沙夜様、夕食ができましたよ」


 勉強をしていた私に声をかけてくれたのは藤村さんだ。


「今、行きます」


 机に広げていた教科書やノートを閉じてから私は、ダイニングテーブルの席に着き、座る。


 藤村さんの料理はとても好きだ。バランスのいい食事を毎日作ってくれる。


「藤村さんは、食べないのですか?」


 どう答えるかはわかっている。けれど、食べる前に聞いてみた。


「私は沙夜様が食べ終えたことを確認し、家に帰ってから家族と食べますので」


「家族……」


 そっか、そうだよね。沙夜さんにも家族がいる。羨ましいな……。私もお父様とお母様と一緒に食べたい。


「家族での食事は楽しいですか?」


「……そうですね、沙夜様がどう感じるかはわかりませんが、私は家族での食事は楽しいと思っていますよ」


「楽しい……そうなのですね」


 いつか私と一緒に食べてくれる人は現れるだろうか。一緒に食べて、美味しいねと言って……。


 そんな日は来ないか……。誰も私といてくれないし。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 笑顔で食器を洗ってくれている藤村さんにそう言うと、彼女は、ニコッと微笑んだ。


「お粗末様です。では、私は帰りますね」


「はい……ありがとうございます、藤村さん」


 1人でいるのは平気。けど、時々寂しくなる。だからと言って藤村さんを引き止めることなんてできない。


 いつものように玄関までお見送りに行くと藤村さんは私の頭を優しく撫でてくれた。


「沙夜様、また明日です。今日は、ゆっくりお休みになってください」


「はい」


 


***



「懐かしい……」


 カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた私はゆっくりとベッドから起き上がる。


 懐かしい記憶。中学まで毎日一緒ににいた藤村さん。時々、手紙のやり取りをしているが、会うことはない。元気にしているだろうか。


 まだ眠たいが、今日は予定がある。早く朝食を食べて待ち合わせ場所へ行かなければならない。


 昨日のうちに決めておいた服に着替え、キッチンへ向かう。


 朝食は久しぶりにフレンチトーストを作ることにした。


 私は、藤村さんには何かお礼がしたい。けど、中々会えるタイミングがなくこうして2年経っている。


(会ったらありがとうって言いたいな……)


 お礼は何がいいかと考えながらできたフレンチトーストを食べ、冷たい麦茶を飲んだ。


 今日の予定は、日向と結菜、久保くん、明莉ちゃんとで室内プールに行くことになっている。


 水着はこの前、結菜と新しいものを購入した。日向に可愛いと思われるような水着を結菜と1時間かけて選んだ。


 浮き輪などはレンタルできるらしいので持っていくのはやめた。荷物はあまり持ちたくない。


「よしっ、完璧」


 行く準備ができ、リュックを背負って、家を出ることにした。


 今日は、あまり脱ぎ履きしたくないので白いワンピースに肌焼け防止のため肌色のカーディガンを羽織っているだけだ。髪は下ろしていると暑苦しいので今日はお団子ヘアだ。


(日向、何て言ってくれるかなぁ~)


 ふふんと小さく笑い、鏡で身だしなみをチェックしてから駅の方へ向かう。


 待ち合わせ場所は学校の最寄り駅だ。だが、私と日向は同じ電車に乗ってその駅へ一緒に行く約束をした。


 私が先に電車に乗り、後から彼が乗ってくる。駅に着き、改札を抜けるといつもよく乗る5号車に乗った。


 そして数分後、電車がゆっくりと駅に停まると日向が私に向かって手を振り、乗ってきた。


「沙夜、おはよ」


「おはよ、日向」


 本当は今すぐに抱きつきたい。けれど、電車の中なので、なんとか抑える。会う度に好きが溢れだしそうになる。がまんがまん……。


 どこか人気のないところに日向を連れ込んで抱きつきたいなぁ、なんて考えていると日向が私の名前を呼んだ。


「沙夜は、今朝何食べた?」


「朝? 朝はね、フレンチトースト食べたよ。日向は、何食べた?」


「フレンチトースト、いいね。俺はご飯と目玉焼き、ウインナー、味噌汁だよ」


「私、お味噌汁好き。あっ、藤村さんの作ってくれるものが特に好きかな」


「藤村さん?」

 

「あっ、藤村さんは、家政婦さん。今はもう来てないんだけど、中学までは家事をやってくれてたの」


「へぇ~、そうなんだ」


 朝食の話をしているとあっという間に降りる駅に到着した。


 集合場所は駅のホーム内にあるコンビニ前。そこへ行くと先に来ていた明莉ちゃんが、手を振っていた。


「はろろ~、沙夜ちゃん、河井くん」


「はろろ? おはよ、明莉ちゃん」


「おはよ、椎名さん」


 挨拶を交わし、椎名さんが可愛らしい水色のワンピースを着ているのに気付いた。


「ワンピース、お揃いだね。双子コーデ」


「わっ、ほんとだね。沙夜ちゃん、可愛い」


「えへへ、明莉ちゃんも可愛いよ。結菜と久保くんはまだなのかな?」


 キョロキョロと辺りを見回してみるが、2人が来る様子はまだない。


「そうだねぇ、まだ時間あるし3人で待とっか。ポッキー食べる?」


 明莉ちゃんは、私の思考を読むかのようにポッキーをカバンから出した。


「食べたっ……うん、食べたい」


 隣から日向に朝食食べてきたばかりなのに?と視線を向けられた気がするが、我慢はよくないので食べることにした。


「はいっ、どうぞ」


「ありがとう、明莉ちゃん」


 ポッキーを1袋受け取ると私はやってみたかったことがあり、ポッキーを1本袋から取り出し先端を口に加え、そして日向の方を向いた。


「沙夜?」


 日向は私のやりたいことがわかっていないようで困っていると私の行動を見て明莉ちゃんがハッとしていた。


「あっ、もしかしてポッキーゲーム?」


(ナイス、明莉ちゃん!)


「河井くん、頑張れ」


 明莉ちゃんは、コソッと日向に何か言ってから背を向けて後ろを向いた。


「ここで……」


 日向は周囲を確認してからいけると思ったのか私の手をぎゅっと握ってからポッキーを先端から食べ始めた。


 漫画で見てやってみたかったが、実際にやってみると想像以上で、唇が重なる直前で顔が真っ赤になった私はポッキーを折った。


「お、美味しいね~」


「沙夜ちゃん、それチョコついてない先端しか食べてないよ」








     

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