第24話 小さい頃の話

「日向、どうしたの? 寝ないの?」


 1人ゴロゴロと寝ていた沙夜は、心配で立っている俺に声をかけた。


「あっ、うん……ちょっと落ち着くのを待ってた」

「?」


 俺の発言に沙夜は理解できなかったが、意味を聞きはせずにゆっくりと隣に寝転がった俺に抱きついた。


 沙夜がむぎゅっと腕に抱きついてくるのでせっかく落ち着いたのにまた平常心ではいられなくなった。


(これ、理性持つかな……どこかでプチっと切れてしまう予感しかしない)


「日向と寝たらぐっすり寝れそう……けど、私、今、凄いドキドキしてるから寝れないかも」


「それは俺もだよ……寝るまで何か話そっか」


「それいい……じゃあ、お互いの小さい頃の話そ。私が知らない日向のこと知りたい」


 小さい頃か……今とあまり変わらない気もするけど、沙夜が知りたいと思うなら少し話そう。


「小さい頃の俺は今と変わらないよ。そんな周りと話したりするタイプじゃなかったし普通って感じかな……」


 何か特別なことができた子ではなかったし、語るような話は……。


 俺がどんな表情をしていたかはわからない。だが、何かに気付いた沙夜は、俺のことをそっと優しく抱きしめた。


「普通はいいと思う……人よりできることがあったりしても辛いだけだから……」

「沙夜……?」


 彼女は、手を握る強さを緩めて俺から離れると今度は自分が小さい頃の話を始める。


「私は、小さい頃からずっと両親に期待されて育ってきたの。お母様もお父様も優秀な人だからその間に生まれた私も優秀な人だって……」


 多分、期待しているのは両親だけじゃないだろう。


 俺は一度聞いたことがある。沙夜が、テストで1位になった時、周りの人が、「やっぱり古賀さんは凄いね」「だって古賀先生の娘さんだもん」と話しているのを。


 その会話を聞いた沙夜はおそらく「頑張らないと」と期待に応えるために頑張ってきたはずだ。


「けど、頑張りすぎたのかな……中学になった時、期待に応えることが疲れちゃって……1人になりたいって思ったの」

 

 学校でも家でも1人になれる場所はない。だから彼女は高校から一人暮らしすることを決意した。


 けど、やっぱり一人暮らしは寂しかったらしい。一人暮らしをして寂しさを知った。


「期待に応えるのはやめた。古賀家の娘だからって無理に頑張ることないって自分で思い始めたんだけど、中々……」


 沙夜は、無理に頑張ることないと思っていても今までの癖で今も時々頑張らなきゃと無理してしまうことがあるらしい。


「頑張るのはほどほどがいいんじゃないかな。頑張りすぎて危ないと思ったら俺が止めるよ」


「それは助かる。私、中学の頃に今回も1位取らなきゃって思って頑張って勉強したら倒れたことあって……えへへ」


 いや、えへへって凄い心配な話な気がするんだけど……。


「頑張ることより沙夜は自分のこともっと大切にした方がいいと思う」


「そうだね、日向に心配かけたくないからこれからは頑張るのは、ほどほどにする……。ふふっ、やっぱり日向と話してると楽しい」


 沙夜は、横を向いて笑顔で俺に笑いかける。天使のような笑みと綺麗な瞳に俺は目が離せない。


「うん、俺も沙夜と話してると楽しい」


 ニコリと彼女に微笑むと沙夜の表情はパッと明るくなり、俺の手を握った。


「明日もお休みだね……日向はどうするの?」


「毎週日曜は、旭とバスケをしてるんだけど、沙夜もどう?」


「バスケ! 私もやりたい。けど、お邪魔になるよね……」


 バスケ経験者の俺と旭がいる中、自分も混ざっていいのかと沙夜は心配する。


「ならないよ。旭もいいって言ってくれると思う。沙夜も行くって俺から言っておこうか?」


「うん、お願い」

 

 そう言った彼女は小さくあくびをしたので、彼女が眠たそうなことに気付いた。


「そろそろ寝よっか」


「うん……おやすみなさい、日向……」


「おやすみ、沙夜」


 布団を彼女にかけてから部屋の電気を消す。静かな部屋には彼女のすうすうと可愛らしい寝息が聞こえる。


(今日は、たくさん遊んで疲れたのかな……)


 いつもより布団の中に入るのが早かったのか俺はまだ寝れる感じがしなかった。


(寝る前に水飲もうかな)


 彼女を起こさないよう机の上にあったスマホを持ってゆっくりと部屋から出る。


 自室のある2階から1階へ降りると誰もいなかった。おそらくお父さんは自室へ、お母さんは浴室の明かりがついていたのでそこにいるだろう。


 キッチンでコップに水を淹れてリビングへ移動し、スマホの電源をつけると椎名さんからメッセージが来ていたことに気付く。


『今日は本当にありがとう。ずっと1人でどうしたらいいか悩んでたから。借り1だね。困ったことがあったら何でも言ってね』

『何もしていないとは言わせないよ?昼食を一緒に食べてくれたんだから』


 俺は何もしてないよとメッセージを打とうとしたが俺の心を読まれた。


 椎名さんとやり取りをしていると後ろから誰かに抱きつかれた。


 後ろを振り返るとそこには沙夜がいた。スマホを見ていて気付かなかった。


「日向、何してるの?」


「えっと、椎名さんからメッセージ来てたから返信してた」


 正直にそう答えると沙夜は頬をぷく~と膨らませた。そんな彼女が可愛らしく俺は優しく頭をわしゃわしゃと撫でた。


 沙夜の表情はふにゃりと緩み嬉しそうにし、そして聞きたいことがあるのか口を開いた。


「もし、私が他の女子とメッセージのやり取りをしないでって言ったら日向はやめてくれる?」


「他って椎名さんや丸山さんとか?」


「うん……私以外の人」


「そうだね……沙夜が不安でいるならやめるかも。さすがにあちらから来たメッセージは無視できないから返信はするだろうけど、俺からはしないようにするかな」


 1番大切なのはもちろん彼女である沙夜だが、周りとの関係も大切にしたい。


 こんな答えで良かったかなと思っていると沙夜は小さく笑った。


「日向、好き……寝れないなら私も付き合うよ」


 沙夜はゆっくりとソファに腰かけて、隣をポンポンと叩く。


 隣に座ってほしそうだったので、俺は彼女の隣に座った。


「小さい頃、両親の帰りが遅くなって1人で眠れなかった時、よくお手伝いさんで来てくれてた藤村さんが隣にいてくれたの……」


「そうなんだ……沙夜は両親のこと好き?」


 彼女の目を見てそう問いかけると、沙夜は下を向いて考えてから顔を上げた。


「好きだけど、会いたくないかな……会ったら勉強はどう? あの大学には合格できるわよねとかそんなことばっかり聞いてくるから」


 背中にもたれ掛かった沙夜は、手を膝の上に置いていた俺の手の上に重ねた。


「沙夜……」


 名前を無意識に呼ぶと沙夜は目を閉じた。ここから何をすればいいのか悟った俺はそっと顔を近づける。


 後少し、というところでお風呂から上がったお母さんがリビングに来るのが見えて俺は沙夜から離れた。


 すると、後少しでキスができたのにと少し残念そうな顔をした沙夜は、頬がまたリスのように膨らんでいた。


(ごめん……というかお母さんのタイミングよ)







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