第23話 一緒に入ろうよ

「会いたかったわ、沙夜さん」


「か、香織さん!?」


 沙夜と一緒に家に帰ってくると、彼女は母さんに抱きつかれた。


 嫌がっているようには見えないが、困っているので俺は沙夜をお母さんから引き離した。


「会いたかったのはわかるけど、沙夜が困ってる」


「あら、ごめんなさいね。いらっしゃい、古賀さん」


「おっ、お邪魔します……」


 ペコリと丁寧に一礼した沙夜は、ふんわりとした笑みでお母さんに微笑みかける。


 その笑顔に心打たれたのかお母さんはヨロヨロと大丈夫なのかと心配な様子でキッチンへ行ってしまった。


「日向のお母様は優しいね……話してると楽しい。たまにメッセージで料理の話をするの」


 これは最近まで知らなかったことだが、沙夜は、お母さんと連絡先を交換しているそうだ。


「それでね、日向の……」

「俺の?」

「あっ、いや、やっぱりなし! 香織さん、手伝いますよ」


 沙夜は、早歩きでお母さんのいるキッチンへ行ってしまう。


 一体、沙夜は俺の何と言おうとしたのだろうか。お母さんと彼女が変なやり取りをしている可能性が高そうだけど。


 玄関で遅れて靴を脱いでいると後ろからガチャと音がした。


「ただいま、日向。どこか行ってたの?」


 後ろを振り向くとそこには少し早くに仕事から帰ってきたお父さんがいた。


「お帰りお父さん。さ……古賀さんとショッピングモールに遊びに行ってたんだ。今、来てるよ」


 お父さんと話しながらキッチンへ向かうと、そこではお母さんと沙夜が夕食を作っていた。


 お父さんは話しかけても大丈夫か確認してから彼女に声をかけた。


「こんばんは、古賀さん」


 お父さんに気付いた沙夜は、持っていたお箸を置いてから軽く頭を下げた。


「こんばんは、修さん。お邪魔してます」


「これはご丁寧に。家と思ってくれていいからゆっくりしていってね」


「はい、ありがとうございます」


 ここにいては料理のお邪魔になるのでお父さんと俺はリビングへ移動した。


 手伝おうかと聞いてみたが、お母さんに運ぶときだけ手伝ってと言われたので大人しくお父さんと待つことに。


 ソファに座ると隣にお父さんが座り、落ち着いた声で聞いてきた。


「日向、最近学校はどう? 楽しい?」


 いつもこんなことは聞いてこないので俺はお父さんの唐突な質問に驚いた。


「楽しいよ。旭とは変わらず仲いいし、新しい友達ができた」


 沙夜に丸山さん、そして友達と言っていいかわからないが、椎名さんとも話せる機会が多くなった。


 友達は1人でもいいと思っていた俺だが、話す人が旭以外にもできて多くてもいいなと思うようになった。


「それは良かった。旭くん以外の他の人とも交流しているようで」


 お父さんは知っていた。俺があまり自分から積極的に声をかけて人と交流しようとしないことを。

 

「日向、手伝いに来て」


「はーい。お父さん、心配してくれてありがと」


 お母さんに呼ばれてキッチンへ行く前にお父さんに礼を伝えるとニコッと微笑みかけられた。





***




 

 4人での夕食の後、俺は両親に沙夜と付き合い始めたことを報告する。


 すると、お母さんとお父さんは嬉しそうに顔を見合わせた。

 

「やっぱりね、そうだと思ったのよ」


 やっぱりということは俺が沙夜と付き合い始めただろうことは薄々気付いていたのか。


「沙夜さん、息子をよろしくお願いね。思うことがあったらズバズバ言ってもらってもいいし、私に相談してくれてもいいわ」


 まるで結婚する前の挨拶しに来たような感じだな。


「わかりました。その時は頼らせてもらいます」


「あら天使のような笑顔。日向、沙夜さんのこと大切にしなさいよ」


「あぁ、大切にするよ」


 初めて好きになった人を大切にしないわけがない。彼女は俺が幸せにすると決めたのだから。


 横に座る沙夜に視線を向けると彼女と目が合い、微笑む。


 すると、沙夜がテーブルの下で俺の手の甲に手を重ねてきた。


 両親が見えていないところでそれをしてくるので何だかしてはいけないことをしているような感覚になった。


「そうだ、沙夜さん。今度こそお泊まりしていかない?」


「お泊まり……いいんですか?」


「えぇ、大歓迎よ。ね、修さん」

「うん、古賀さんさえ良ければ」


 俺の両親はまだ付き合い始めたばかりの女子を泊まらせることを何とも思っていないのだろうか。


「では……と、泊まりたいです」

「じゃあ、決まりね。服は私のか日向のやつを貸すわね」

「ありがとうございます」


 付き合い初めてからそこまで経っていないのだが、こんなにも早くお泊まりイベントが発生するとは。


(今からドキドキしてきた……)




***




「沙夜ちゃん、溜まったからお風呂入っていいわよ。服はこれね」


「ありがとうございます」


 お母さんのズボンと俺が少し前まで来ていたTシャツを受け取った沙夜はお風呂に入ろうとするが、どこに浴室があるのかわからず俺のところに来た。


「日向、浴室はどこ?」


「あっ、案内するよ」


「ありがと……日向も入る? 一緒に入ろうよ」


 一緒に……入る? 一緒に入るってことはお、お互いの……いやいや、変な妄想ストップだ。


「ううん、1人でゆっくり入った方がいいよ」


「……そ、そだね」


 沙夜は、少しシュンとして悲しい顔をしたので、俺は彼女の頭を優しく撫でた。すると、沙夜はくしゃりと笑った。


 愛おしいと思い、俺は抱きしめたくなる。家なら我慢する必要はないと思い、俺は彼女を力強く抱きしめた。


「日向……?」


「ごめん、抱きしめたくなった……」


「! いいよ、私、ぎゅー好きだから……。寝る前にもたくさんぎゅーしようね。離れるの寂しいけど、お風呂入ってくる」


「そうだね、いってらっしゃい」


 浴室まで案内し、彼女と別れて俺は、リビングへ戻ることにした。


 



***




 沙夜の後に俺もお風呂に入り、出てくると彼女が走って抱きついてきた。


 お風呂上がりなので彼女からは、いい香りがしてくる。


「日向、お帰り。私と同じ匂いがする」


「同じやつ使ったからね」


 胸が当たって視線を下に向けられない。胸もそうだが、自分の服を彼女が着るのはかなり破壊力があった。


(こういうのを確か彼シャツって言うんだっけ?)


「さっき香織さんから許可もらったんだけど、今日は一緒に寝よ?」


「一緒に?」


 どうやってお母さんから許可をもらったのだろうか。


「一緒に寝るのいや?」


「ううん、嫌じゃないよ。けど、一緒に寝るっいっても俺の部屋のベッドで寝るのは狭いし、下で布団敷いて寝るのでも大丈夫?」


 おそらく沙夜の言う一緒に寝るは同じ部屋で寝るではなく近くで寝たいということだろう。


「大丈夫」


「……もう寝る?」


 俺はまだ眠くないので起きていようとしたが、沙夜が眠そうにしているのでそう提案すると彼女はコクりと小さく頷いた。


 和室に布団があるのでそれを俺の部屋に運び、敷くと沙夜はごろんと寝転がった。そして俺が隣に寝転ぶのを待っていた。


(俺、今日寝れるかな……)








          

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