第19話 幼なじみの告白

「あっ、付き合い始めたしこうしたいっていうのはあるかも」


 そう言うと彼女は俺から離れて、顔をぐっと近づけてきた。


「何? 聞きたい!」


「えっと……ずっとさん付けだったけど下の名前で呼びたいなって……」


「名前呼び! 素敵ね……いいと思う。日向くん? 日向? どっちがいい?」


「どちらでもいいよ。呼びやすい方で」


 実際に好きな人から呼ばれるとこんなにも嬉しくて照れくさいとは思わなかった。


 それと同時に初対面で名前呼びされた、始業式のことを思い出す。


(確か素敵な名前ねって言われたっけ……)


「なら日向って呼ぶね。日向は、私のこと沙夜って呼んでくれる?」


 キラキラした目で真っ直ぐに俺のことを見つめる彼女。俺がコクリと頷くと彼女は、早く名前を呼んで欲しそうな表情をしていた。


「さ……沙夜」

「! も、もう1回!」

「もう1回? さっ……沙夜」

「いや、後もう1回聞きたい!」

「沙夜……って、大丈夫!?」


 沙夜は、俺の方へ倒れてきて抱きついた。そして嬉しそうな表情で俺の手を握った。


「好きな人に名前を呼ばれるだけでこんなにも幸せなんだね……」


 そう言って幸せに浸っていると彼女からお腹の音が鳴った。


「うぅ……恥ずかしい……」


 顔を見られたくないのか沙夜は、近くにあったクッションを持ち顔を隠した。


「夕食作ろっか。ポテトサラダとしょうが照り焼きチキンにしようかと思ってるんだけどどうかな?」


 好き嫌いがあればメニューを変更しようと思ったが、沙夜はクッションから顔だけをひょこっと顔だけを出して口を開いた。


「食べたい……」


「じゃあ、作ろっか」


「ん、作る……」


 沙夜は、クッションをソファの上に置き直し、立ち上がってキッチンへ向かう俺の後をついて来た。


 ついてくるときずっと彼女が俺の服の裾をぎゅっと握っていたので、離れたくないのかなと思った。


「どうする? 私、ポテトサラダ作れるから作ろっか?」


「ありがとう。じゃあ、俺がしょうが照り焼きチキン作るからポテトサラダはお願いできる?」


「うん、任せて!」


 沙夜は、先ほどスーパーで買ってきたじゃがいもを手に取り、ニコッと笑った。


 俺はしょうが照り焼きチキン、沙夜はポテトサラダを黙々と作ることに。途中、彼女はかき混ぜて手が疲れたのか一旦休憩していた。


「ね、日向……」


 まだ少し呼び慣れていないので、ドキッとしてしまった。


「どうしたの?」


 後ろを振り返ると、沙夜は、うとうとと眠たそうにしていた。


「眠い……」

「あっ……えっと、ポテトサラダは、もうできてるっぽいし沙夜は寝てていいよ」


 鶏むね肉を焼き終えて一度火を消し、彼女の元へ行くと、沙夜は俺に寄りかかってきた。


「ソファで寝とく?」

「ん……」

 

 もう半分寝かけているので俺は、ソファまで彼女を連れていくことにした。


 ソファの前に来ると彼女は座ってころんと寝転がる。


(最近、学校でも寝てなかったから珍しいとは思ってたけど……)


 そっと膝掛けを彼女にかけてあげ、俺はキッチンへ戻った。




***




「ん……いい匂いがする」


 テーブルに2人分の夕食を運んでいると寝ていた沙夜はゆっくりと起き上がった。


「沙夜、おはよ。寝れた?」


 後ろを振り向き、彼女の隣に座ると沙夜は俺に抱きついた。


「日向、好き……」


「ありがとう、俺も好きだよ」


 そう言ってそっと優しく彼女の頭を撫でると沙夜は幸せそうな表情をした。


「最近、あんまり寝れてなくて……夕食手伝うって言ったのにポテトサラダしか作れなくてごめん……」


「大丈夫だよ、ポテトサラダ作ってくれるだけで嬉しいから……。夕食、食べよっか」


 準備はもうできたのですぐに食べられる。食べようと誘うと彼女は小さく頷いた。


 彼女の作ったポテトサラダは、とても美味しかった。俺が作ったしょうが照り焼きチキンは、食べた沙夜からはとても美味しいと言ってもらえたので成功したと言えるだろう。


「ごちそうさまです。とても美味しかった」


「お粗末様です。帰り、駅まで送るよ」


 外ももう暗くなっていたので沙夜1人で帰らすのは危ない。


「ありがと」


 彼女が帰る用意をし始めたのは食べ終えて、少し経ってから。沙夜は、お母さんに会いたがっていたが、今日は帰りが遅いのでまた今度になった。


 どうやら付き合い始めたことを俺と一緒に報告したかったそうだ。


「そうだ、俺も沙夜の両親に挨拶したい」


「両親……うん、いつかね……」


 初めて見た作られたような笑顔。俺はもしかしたら彼女に悲しい思いをさせるようなことを言ってしまったのかもしれない。


 帰る用意ができると彼女と一緒に外に出た。沙夜を送りに言ってくると置き手紙をしたので、両親が帰ってきても心配はしないだろう。


「日向、手繋いでいい?」

 

 俺の服の裾をぎゅっと握り、上目遣いで彼女は、こちらを見てお願いしてきた。


「うん、いいよ」


 そう答えると彼女は、俺の手を握りそして、指を絡めてきた。


(こ、これって恋人繋ぎというやつでは……!?)


「駅まで行こっ」

「う、うん」


 駅に向かって歩きだすと、沙夜は、あっと声を漏らした。それと同時に俺もあることに気付いた。


「日向と古賀さん……こんばんは」


 偶然出会ったのはちょうど家から出てきた舞桜だ。


 舞桜は、俺と沙夜が手を繋いでいるのを見てすぐにあることに気付いた。


「こんばんは、大原さん。どこか行くの?」


「うん、コンビニにちょっとね。おめでとう、日向。良かったね」


「ありがと、舞桜」


 おめでとうと言われて嬉しいはずなのに舞桜の言い方に少し引っ掛かる。


 暫く沈黙が続き、舞桜と別れようとすると沙夜が、口を開いた。


「日向、大原さんと少し話したいから送りはいいよ」


「えっ、うん……わかった」


 女子同士で話したいことがあるのだろう。そう思った俺は、沙夜の手を離して家に帰ることにした。


「私に何か言いたそうだね、大原さん……」


 話したいことがあるのは沙夜の方ではない。舞桜だ。


 沙夜は舞桜が自分に何か言いたいことがあることに気付いていた。


 下を向いていたが、舞桜は言うことを決心したのか口を開く。


「何も……ううん、ある。日向には言わないで欲しいんだけど、私、日向のことが好き」


 真っ直ぐとした瞳で沙夜に向かってそう告白した。


「好き……だけど、私はこの気持ちを伝えるつもりはないわ。日向、あなたといる時の方が楽しそうだし、今の二人の間に私が入る隙はないもの」


「……それでいいの?」


「いいの……。絶対に日向に私が好きだってこと言わないでよ?」


「言わないよ、気持ちを伝えるのは本人だから」


「……ありがと」



 




      

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る