2章
第16話 震えた手を彼はそっと優しく握る
河井くんと別れ、家に帰ると私は、ベッドに寝転がり、くまのぬいぐるみを抱きしめた。
好きと彼から告白されて、そして付き合うことになった喜びに私は幸せを感じていた。
今まで、告白は何度かされたことがある。けれど、告白してきてくれる人はいつもあまり親しくない人。私のどこを好きになったのか、おそらく外見だろう。
私が好かれるところは外見しかないのかと思っていたけど、彼は違う。ちゃんと私のことを見てくれていた。
「もうダメ……」
ついさっきまで一緒にいたのにもう彼の顔が見たくなってきた。
くまのぬいぐるみから手を離し、スマホを手に取り電話をかけようとする。だが、私はハッとした。さっき会ったばかりなのに電話なんて掛けたら迷惑かもしれない。
重い女でもいいと河井くんは言ってくれたが、嫌われるのは嫌だ。
(我慢……我慢……)
スマホとしばらくにらめっこしていると、画面に『河井日向』と表示された。
「電話!」
眠たくなってきていたが、パッチリ目が覚めて、体を起こしてから通話ボタンを押した。
「河井くん!」
『おぉ! ビックリした……ごめん、今、大丈夫だった?』
嬉しさのあまり大きな声を出してしまい、私はスマホの前で顔を真っ赤にさせた。
(は、恥ずかしい……)
「大丈夫。何かあったの?」
河井くんも私の顔が見たくて電話がしたくなったと思ってくれていたらなぁと思いながら彼の返事を待つ。
しばらくすると彼の声が聞こえてきた。
『えっと……用はないんだけど、古賀さんと話したかったというか……』
(な、な、何この可愛さ!)
「わ、私も実は電話かけようとしてた……ね、ビデオ通話にしない?」
『うん、いいよ。あんまりしないからちょっと時間かかるかも』
「うん、焦らずに……」
自分は結菜とよくビデオ通話をするので、ボタンを押して彼が画面に写るのを待った。
ワクワクしながら待っていると河井くんが映り、そして手が当たったのか彼の頭にうさみみがついた。
(ななな、河井くん、私をこの短時間でたじたじにする気なの!?)
「かっ、河井くん……み、耳が……」
教えてあげると河井くんは、やっと気付いたのか慌ててキャンセルボタンを押そうとするが、どこを押していいかわからず、困っていた。
『えっ、あっ、これ、どうしたらいいんだろう。ね、古賀さん、これは……あれ、古賀さんにもうさぎの耳が……凄い可愛い』
河井くんとお揃いにしたくなり、私も頭にうさみみをつけると彼はすぐに気付いてくれた。
「河井くんも可愛いよ……これで話そ」
『えっ、これで? いやいや、男がうさみみはちょっと痛いでしょ』
「そう……? 可愛いよ?」
何度も言うが、今日の河井くん、カッコ可愛い。何時間でも見てられる。
『可愛い……ん、えと、ありがとう……。あっ、そうだ、決めてなかったけど、俺と古賀さんが付き合い始めたことって……』
「友達には報告したいかも……結菜と椎名さんには。河井くんは、久保くんに言う?」
『うん、言おうかな。旭にはいろいろ相談に乗ってもらったから』
「そうなんだ……。他の人には付き合ってるのか聞かれた時だけ言うのがいいかな」
『わかった。俺もそうするよ』
少し漫画みたいに付き合ってるのを内緒にするのもいいと思ったが、私には多分それができない。嬉しいことがあるのすぐに話してしまう。
その後、河井くんとは1時間以上お話した。こんなに幸せな時間が続いていいのだろうかと思い、幸せな気持ちで私は、夕食の準備をすることにした。
***
翌朝のお昼休み。私は、結菜と椎名さんの3人で中庭で食べていた。
ここなら人もいないので、私は、河井くんと付き合い始めたことを報告した。
すると、結菜と椎名さんは、顔を見合わせて息ピッタリに祝いの言葉を私にくれた。
「「おめでと!」」
「やったね、さーちゃん! 付き合うだろうとは思ってたけどね~」
結菜は、お弁当を置いて、私にぎゅーと抱きつく。箸で掴んでいた卵焼きが落ちそうになり、慌てて口の中に入れる。
モグモグと食べていると椎名さんと目が合い、にっこりと微笑む。口の中がなくなると私は椎名さんにお礼を言っておく。
「椎名さん、恋愛相談ありがと……本当に感謝してる」
「どういたしまして。相談事ならいつでも聞くよ」
「ふふっ、ありがと」
(河井くんも今頃、久保くんに言ってたりするのかな……)
***
放課後、私はいつものように河井くんのところへ行き、一緒に帰ろうと誘う。
「古賀さん、帰る準備早いね」
「ふふん、やればできる子」
自分で言うかとツッコミ待ちだったが、河井くんは手を伸ばし、私の頭を撫でてくれた。
「えっ……河井くん?」
私が驚いたので、彼は慌てて頭から手を離した。
「あっ、ごめん。褒めようと思って……」
「ううん、嫌じゃなかった……寧ろ嬉しかった」
少し驚いてしまっただけ。彼から触れられることは中々ないからとても嬉しかった。
「……か、帰ろっか」
「うん、帰ろ。今日、私の家来る?」
今日はオムライスを作る予定なので、河井くんにも是非食べてもらいたいと思い、誘ってみる。すると、彼は頷いた。
学校を出て電車に乗って同じ駅で降りる。ここまで来るとあまり同じ制服の人がいないので私は彼に近寄りくっついた。
学校でくっつくのを抑えていた分、私は今、たくさんくっつくすることにした。
「昨日の電話は楽しかったね。もし良かったらだけど、また電話したくなったらかけてもいいかな?」
「もちろん。私も河井くんの声聞きたくなったら電話───」
「誰かと思えば古賀じゃん」
「!」
聞いたことがある声が後ろからして、中学生の時の嫌なことを思い出した。
会いたくないと思った私は、黙って河井くんの後ろに隠れた。当然、何が何だかわからない河井くんは困惑していた。
「古賀さん……?」
「ごめんなさい、河井くん……会いたくないから隠れた……」
後ろから河井くんの服の裾をぎゅっと握り、小声で話す。すると、目の前にいる声をかけた人、
彼が怖いとは思っていない、ただ嫌いで会いたくないだけ。それなのに私の手は震えていた。動きたくても動けない。
(何で……)
なぜかと考えていたその時、私の手を河井くんはそっと優しく握ってくれた。まるで、大丈夫だよと安心させるように。
「河井くん……」
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