第11話 ぎゅーしてあげる

 古賀さんと別れて電車から降り改札を抜けるとバッタリと舞桜に出会った。


 彼女はバイト帰りらしく、今から家に帰るところらしい。家が同じ方向なので、一緒に帰ることになった。


「日向、どこか行ってたの?」


「古賀さんとシュークリームを食べに行ってた」


「仲いいんだね」


 舞桜はそう言って下を向いた。何か悩み事でもあるような感じだが、大丈夫だろうか。


「あっ、今日は、家族で外食だからあれだけど、明日の夕食は一緒に食べない? 私の家でも日向の家でもいいよ」


「明日は、ごめん、先約があって」


 帰り際に古賀さんと一緒に夕食を食べようと約束した。


 舞桜がこうして誘ってくれたのはとても嬉しいが、先にした約束は破れない。


「先約……誰かと食べるの? もしかして、久保くん?」 


「ううん、旭じゃないよ。古賀さんと」


 何か俺は、言ってはいけないことを言ってしまってるのだろうか。舞桜の声のトーンがだんだん暗くなっていってる気がする。


「……そう、なんだ。古賀さんと最近、仲良さそうだけど、日向は彼女のこと好きなの?」


 彼女は、顔を上げて俺の顔をじっと見る。嘘偽りなく本音を聞きたそうに。


「俺は……」

「ごめん、私、何聞いてるんだろう。日向が誰を好きでいても関係ないのにね。あっ、じゃあ、家着いたからまた学校で」


 彼女はそう言って手を振り、急いで家の中に入っていった。


(どうしたんだろう、舞桜……)





***





 週明け、珍しく旭と一緒に登校し、電車を降りると古賀さんと丸山さんが駅の改札を出たところで待っていた。


「一体、どうしたんだ?」


 珍しく旭が一緒に行けることにも驚いたが、古賀さんと丸山さんが俺達を待っていたことにも驚く。


 隣にいる旭をチラッと見ると彼は手を挙げて彼女達に手を振っていた。


「やぁ、偶然だね~、古賀さん、結菜」


「おはよ、旭、河井くん!」

「おはようございます、久保くん。河井くんもおはよ」


「おはよ、古賀さん、丸山さん」


 少しおかしな感じがするが、俺は彼女達に挨拶した。


「2人とも一緒に行こうよ。なっ、日向」


「……そうだね、2人さえ良ければだけど」


 モヤモヤする……これは食べすぎて胃が痛いわけではないはずだ。


「うん、行こう! ねっ、さーちゃん」

「だね、4人で行こ」


 結局、このモヤモヤが、何かわからないまま4人で学校に行くことになった。


 学校に着くと、丸山さんがスマホを持ってやって来た。


「ねね、連絡先交換しない? さーちゃんと旭はしたけど、河井くんとはまだだからさ」


「うん、いいよ」


「ありがとう! あっ、4人のグループ作ろっか」


 俺と丸山さんが連絡先を交換していると古賀さんは何をやっているのか気になったのか椅子に座ったまま俺の方に寄ってきた。


「連絡先のこーかん?」


(眠そう……)


「うん、そうだよ。さーちゃんもグループに招待したから後で入ってね」


「わかった……」


「そだ、さーちゃんから聞いたけど、にゃんにゃん見に行ったんだって? いいなー、私も猫に癒されたい」


 そう言って、丸山さんは、古賀さんに抱きついた。どうやら丸山さんの癒しは古賀さんらしい。


「河井くんもおいで……ぎゅーしてあげる。癒されるよ?」


 古賀さんはそう言って両手を広げる。それを見て丸山さんは、苦笑い。


「いや、俺はいいよ」


「さーちゃん、男子にそんなこと言っても断られるよ。そういうのは人がいないところで言うものなの」


「なるほど、勉強になる……」


 いや、なんか丸山さん、誤解してない? 俺がここでバグするのは照れくさいから断ったみたいになっている気がする。


「河井くん、人がいないところ行こっか」

「いや、行かないよ?」





***





 放課後、古賀さんは、学校からそのまま俺の家に来た。前に今度は俺が作ると言ったので、今日は俺が彼女に夕食を作ることに。


 お父さんから早めに帰ってくるとメッセージが来たので、3人分の夕食を作った。


 お父さんが、帰ってくるのを待とうとしたが、待つと古賀さんの帰る時間が遅くなるので、先に2人で食べることに。


 今日の夕食はクリーミーグラタン。古賀さんは、一口食べると右手を頬に当てて、幸せそうな表情をしていた。


「うんまぁ~だよ、クリーミーグラタン。前に私よりできないみたいなこと言ってたけど、河井くん、料理上手だね」


「そう、かな……。このクリーミーグラタンの作り方は小さい頃にお婆ちゃんから教えてもらったんだよ」


「お婆様から……素敵ね」


 古賀さんと楽しく2人で夕食を食べ、食べ終えると玄関からガチャとドアの音がした。


「ただいま。おっ、日向が言ってたお客さんだね」


 お父さんが、古賀さんににっこりと微笑むと彼女は、椅子から立ち上がった。


「は、初めまして、お父様。古賀沙夜です。お邪魔してます」


 彼女の礼儀正しい挨拶にお父さんは、軽く一礼し、小さく笑った。


「お父様じゃなくて、しゅうでいいよ、古賀さん」


「あっ、はい、では、修さん」


「うん、ゆっくりしていってね。日向、夕食作ってくれてありがとね」


「ん……キッチンに置いてあるから」


 父さんはもう一度お礼を言い、手を洗いに洗面所へ行った。


 古賀さんは、もう少しここにいてから帰るそうだ。彼女は食器を洗ってくれて、その後はソファに座って何やらノートに書いていた。


 彼女の隣にゆっくりと座り、何を書いているのか聞こうとすると、古賀さんは、ノートから顔を上げた。


「今日はありがとう、河井くん……クリーミーグラタン、とっても美味しかった……」


 眩しい天使のような微笑みに俺は見とれてしまった。


(天使の笑顔と噂でよく聞いていたが、この噂はほんとだな)


 じっと見ていると彼女は俺の方に寄ってきて、両手を広げて、ぎゅっと抱きしめてきた。


「こ、古賀さん!?」


「夕食のお礼……人がいなかったらぎゅーしていいんでしょ?」

「や、いいとは言ってないよ!? それは丸山さんが言っただけで……」

「ぎゅー、や?」

「! い、嫌ではないけど……」


 と古賀さんと会話していると足音がし、慌てて俺と古賀さんは離れた。


 その時、一瞬だけ、俺の頬に何かが当たった気がした。


「いい匂い、今日は……どうしたんだい?」


 リビングに来たお父さんは、俺と古賀さんが、何もせず前を向いて座っているのに気付いた。


「な、なんでもないよ? ね、古賀さん」

「う、うん……修さん、私達は何もしてません」


「そ、そう……」


 嫌ではないと俺が言った後にあった出来事、あれは事故だ。俺は自分の頬を触りながらそう思うのだった。






     

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