第6話 うんまぁ~だね

 一人暮しには少し広いぐらいの綺麗な部屋。舞桜以外の女の子の家に入ったのはこれが初めて。緊張しガチガチな状態で俺は古賀さんの家にお邪魔した。


 一緒に夕食を食べようと誘われた時、まだ出会ってまもない彼女の家に行くのはどうなんだと思ったが、彼女の誘いを断れず、一緒に食べることに決まった。


 そこでスーパーで適当に買って、古賀さんの家で食べるつもりでいたが、彼女が夕食は作るよと言い、またもやここで断れない状況に持っていかれ、スーパーで買うのはやめた。


 先程、たい焼きを食べてきたので夕食はもう少し後にすることになった。


 リビングに来てから突っ立っていると制服から私服に着替えた古賀さんは、俺に声をかけた。


「河井くん、ソファに座っていいよ?」


「う、うん……」


 彼女は何かを持ってソファに座るので、俺はその隣にゆっくりと座ることにした。


 隣で何かしている感じがしたので何をしているんだろうと彼女の方を向くと古賀さんは、プリンを食べていた。


(えっ、たい焼き3つ食べましたよね?)


「うんまぁ~、幸せ……」


 幸せそうなのはいいことだけど、食べ過ぎではないだろうか。この後、夕食なの忘れてるのかな……。


 じっと彼女のことを見ているとそれに気付いた古賀さんは、プラスチックスプーンでプリンをすくい、それを俺へ向けた。


「食べる?」


「ううん、それ食べたら夕食食べれなくなりそうだからやめておくよ」


「そっか……」


 少しシュンとした古賀さん。食べれなくても食べると言った方が良かったかな……。


 プリンを食べ終えると彼女は立ち上がりキッチンへと向かうので俺もついていった。


「夕食作るの手伝うよ」


「大丈夫、私に任せて……。河井くんはゆっくり自由に過ごしてて」


「わ、わかった……」


 古賀さんはエプロンをつけて、髪を1つにまとめてから夕食を作り始めた。


「古賀さん、料理得意?」


 レシピを見ることなく黙々と何品か作っているので得意なんだろうと思った。


「得意というか料理するのが好き……。河井くんは料理できる?」


「俺は、古賀さんほどじゃないけど出来るよ。基本的なものぐらいしかできないけど」


「凄い……料理できる男子ってカッコいいと思う」


 炒め物をしながら古賀さんは俺の方を向いてニコッと笑う。


(カッコいい……か。嬉しいな)


 天使のようなその笑顔に見とれてしまいそうだっだが、彼女が、炒め物をしているので、よそ見は危ないよと言っおく。


 すると、彼女は小さく笑い。料理に集中した。


 その数分後。彼女は、火を止めた。


「ん、できた……河井くん、運ぶの手伝って欲しいな」


「わかった、手伝うよ」


 2人分運び終えると俺と古賀さんは向かい合わせに座り、手を合わせて夕食を食べ始めた。


 夕食のメニューは、ごはん、ハンバーグ、サラダとコーンスープだ。


 最初にハンバーグを口の中に入れる。


(ハンバーグ、旨っ!)


「河井くん、どう? 美味しい?」


「うんまぁ~だったよ」


「むむむっ、私のマネしてるー」


 自分で先程プリンを食べていたときのことを思い出し、古賀さんは、頬をぷくっ~とリスのように膨らませていた。


「ごめんごめん」


「別に怒ってないよ……うんまぁ~って言ってくれて嬉しい。うんまぁ~だね、このハンバーグ」


 ニコッと彼女は微笑むので俺も微笑み返すと古賀さんは、顔が赤くなった。つられて俺も顔が熱くなっていくような気がした。


 食べ終えるまで結局、顔を見て話せる状況ではなく一言も話せなかった。


 作ってもらったお礼に2人分の食器を洗っていると後ろから古賀さんが俺の服をクイクイと引っ張ってきた。


「古賀さん、どうしたの?」


 食器を洗いながら後ろにいる彼女のことを少しだけ見る。


「一人暮しだから今日は河井くんがいてくれて寂しくなかった……ありがと……」


 服の裾を掴んでいるだけだったが、彼女は俺の背中にもたれ掛かってきた。


 彼女の気持ちは俺もよくわかる。家族の帰りが遅くて俺もよく一人で食べているから。


 食器を洗い終え、俺は手を拭いてから、後ろを振り向き、彼女の目を真っ直ぐと見てお礼を言った。


「こちらこそありがとう。俺も両親の帰りが遅くて一人で食べることって多いんだ……だから古賀さんと一緒に夕食を食べることができて寂しくなかったよ」


「!」


 古賀さんは、驚いたような表情をし、また俺の服の袖をぎゅっと掴んできた。


 この仕草に可愛らしいと思っていると俺はあることを思い付いた。


(そうだ、拒否されるかもかもしれないけど……)


「こ、古賀さん……」


「?」


 名前を呼ばれて彼女は下を向いていたが、俺の顔を見てくれた。


「もし良かったらなんだけど、またこうして夕食を一緒に食べない?」


 もちろん、彼女に料理を作らせてなんてことは考えていない。俺はただ同じことを思う彼女と食事をしたいと思った。


 彼女の返事を待っていると古賀さんは、笑顔で頷いた。


「うんっ、食べよ」


「いつになるかわからないけど今度は俺が夕食作るよ。今日のお礼ってことで」


「わぁ~それは楽しみ」


 指先を合わせてニッコリと微笑む彼女の笑顔を見て俺はどこか懐かしい感じがした。




 



***





 河井くんが、帰ってしまった後、私は、ベッドに寝転がり、クマのぬいぐるみを抱きしめていた。


 彼といる時間を思い出すとまた顔がニヤけてしまう。


(これで、河井くんが夕方に幼なじみさんのところに行くことはなくなったはず……)


 私は自分がどうしようもないくらい好きなものに対しての愛が重いと自覚している。目の前に好きなものがあれば周りを気にせず行動してしまう。


 だからこそその行動を起こして相手に引かれないよう我慢しているが、目の前に好きな人がいたら気持ちが抑えられない。

 

 今日だってそうだ。こちらこそありがとうと彼が言ってくれた時のあの笑顔にドキッとして、私は抱きついてしまうところだった。


 今日のことを思い出し、抱きしめたクマをさらにぎゅっと抱きしめながら私は呟いた。

 

「河井くん……好き」







           

  

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