第2話 古賀さんと放課後の寄り道

 会った瞬間、私はすぐに思い出した。彼が昔、困って泣いていた私に声をかけてくれた人だと。


 河井くんは気付いていないみたいだけど、会えて嬉しい……。


 私は、会えたことが嬉しくて抱きつくのを我慢していたが、彼の腕にぎゅっと抱きついた。




***




「こっ、古賀さん!? 腕に抱きつかれると周りに変な誤解与えそうだから離れて欲しいな?」


「むむむ……こうしていたいけど、河井くんが困るのは嫌……だから離れるね……」


 腕に抱きついていた古賀さんは、少し残念そうな表情をして、俺から離れた。


「河井くん、少し寄り道しない? 私、クレープ食べたい」


 キラキラした目で放課後の寄り道に誘ってくる古賀さん。そんな彼女には小動物っぽい可愛さがあり、頭を撫でたくなる。


 断る理由もないので「わかった」と言おうとしたその時、黒の綺麗な髪を持つ幼なじみに腕を掴まれた。


 彼女、大原舞桜おおはらまおは、幼稚園の頃から付き合いがある幼なじみだ。


 彼女も古賀さんと同じで成績優秀、スポーツ万能。そしてしっかり者で完璧主義者だ。生徒会に入っており、生徒会長候補でもあるそう。


 舞桜は、自慢の幼なじみで、彼女の家とはよく交流があり、たまに夕食を共にしたりする。


「お話し中みたいだけど、ちょっと日向を借りてもいい?」


 腕を掴んだまま舞桜は、俺と話していた古賀さんに尋ねる。


 すると、古賀さんは、リスのように頬をぷく~と膨らませて舞桜と同じように俺の腕を掴んできた。


「だめ。私と河井くんは、今からクレープ食べに行くの。話は明日じゃダメなの?」


 行くと言うつもりでいたが、まだ行くとは言っていない。それなのに古賀さんは、俺がクレープを食べに行く前提で話を進める。


 古賀さんの言葉を聞いた舞桜は、腕を組んでじっと俺のことを見てきた。彼女の表情が怖すぎて俺が何だか悪いことをしてしまったような気持ちになってきた。


(怒らせるようなことしたっけ……)


「クレープ? 日向、古賀さんと付き合ってるの?」


「いや、付き合って────」

「付き合ってるよ。私は、河井くんと結婚する予定。ふふっ」


(いや、ふふって笑ってるけど、とんでもない発言してるよこの子!)


「へ、へぇ~」


 古賀さんの言うことを信じたのか舞桜は、じとーとした目で見てきた。


「誤解だよ、舞桜。古賀さんと結婚する予定とかないし、まず付き合ってない」


「そうなの。まぁ、付き合ってる、付き合っていないなんて私はどうでもいいけど。少し話したいだけなの。日向、借りていいよね?」


 二度目の確認。だが、古賀さんは、俺の腕から手を離さない。


「私がいたら話せない内容なの?」


 のんびりとした感じで話す古賀さんだが、声から凄い圧を感じる。


 舞桜は何度お願いしても無理だと諦め、彼女は俺の方を向いた。


「日向、今日の夜、家に行ってもいい?」


「家? うん、いいよ。一緒に夕飯食べよ」


 俺と舞桜の間では、よくするやり取り。だが、夜に家に行ってもいいかと聞いてうんと答えたらその会話を聞いた人は普通、どういう関係なんだと思ってしまう。


「付き合ってる、付き合っていないなんて私はどうでもいいけどって言ってたのに怪しげな関係だね……」


 次は古賀さんにじとーとした目を向けられた。舞桜に続き、彼女にも変な誤解を与えてしまった。


「いや、怪しげって……舞桜とは幼なじみでたまに一緒に夕飯を食べるだけだよ」


「幼なじみ……知らなかった」


 いいなぁ~と小賀さんは羨ましいと言いたげな表情をする。


「ところで、古賀さん。日向と距離近いけど、日向と知り合いだったの?」


 突っ込まずにスルーしようとしたが、あまりにも距離が近すぎるので舞桜は言うことにした。


「ううん、今日初めて喋った……。ねっ?」


「うん、初対面だな」


 俺と古賀さんの話を聞いた舞桜は、「えっ?」と驚いていた。


 古賀さんと舞桜は去年から同じクラスで知り合いみたいだが、彼女と俺は初対面だ。


「初対面……」


「河井くん、そろそろ行こ? 大原さん、話は、もう終わったよね?」


「う、うん……。じゃあ、日向、また夕方頃に」


 舞桜は、小さく手を挙げてから背中を向けて、教室へ入っていった。


「行こっか、古賀さん」


「うん、行こっ。お腹空いた……」


 古賀さんはそう言ってふらっと俺の方に寄りかかった。


「大丈夫?」


 慌てて俺が彼女の体を支えたので転ぶことはなかったが、古賀さんは疲れているようだった。


「ありがと、河井くん……喋りすぎたら疲れちゃった。クレープ食べたら元気出る」


「じゃあ、食べに行かないとだな」


「うん!」


 元気に頷いたので疲れているように見えた気のせいだったみたいだ。彼女が言う通り少し喋り疲れただけだろう。





***





 学校を出て俺と古賀さんはクレープ屋に向かうことに。初対面で何を話せばいいかわからず困っていたが、俺はさっき気になっていたことがあるのでそれについて彼女に聞いてみることにした。


「古賀さん」


「何かな?」


 こちらを向いて、目を合わせてニコッと笑った時の古賀さんがあまりにも可愛すぎて俺はドキッとした。


(笑顔が天使すぎる……)


「さっき、俺のこと気に入ったって言ってたけど、どういう意味で言ったのか聞いてもいい?」


「意味……河井くんが、優しそうな人だと思ったから……? 仲良くしたいと思ったの」


 なぜ疑問系なのか気になるが、仲良くしたいと言われて嫌な気は全くしなかった。


 仲良くしたいと言ってくれるのは嬉しい。けれど、距離の取り方がわからないのか、古賀さんは、俺と話す時の距離が近すぎる。  


 今も古賀さんとの距離が近い。俺が彼女に寄っていってるわけではなく、彼女が俺の方へ寄ってきている。


 距離を気にしていると古賀さんは、目をキラキラとさせて急に走り出し、ある場所で立ち止まった。


 何事かと思い、彼女を追いかけると、立ち止まった場所はクレープ屋さんだった。


 彼女はしゃがみこみ、看板でどのクレープにしようか悩んでいた。


「どれにしようかな~」


 悩んでいるときの彼女の目がキラキラしていて可愛いなと思った。


(クレープ好きなのかな?)


 俺が後ろに立っていることに気付いた彼女はしゃがみここんだまま後ろを向いて話しかけてきた。


「河井くん、種類がたくさんあって迷っちゃう……むむむ」


 俺もメニュー表を見ようと彼女のように隣にしゃがみこみ、古賀さんの方を見て話す。


「時間はあるんだしゆっくり悩んだらいいんじゃないか? 焦ることなっ……」


 焦ることがないと言おうとしたが、古賀さんが、俺のことをじっと見ていることが気になった。


「ふふっ、二人っきりだと何だかデートみたい」


「! そ、そう見えるかもね……」


 今日、彼女と一緒にいて気付いたことがある。彼女といると心臓が持たない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る