第36話 私たちの選んだトライアングル・ラブ 前編

 「そ、そのぅ……雪之丞くんはぁ……ハルさんと……その、いたしたりしちゃったりした……ワケ?」

 『致した?何をだ』

 「……だっ、だから……その、せ、せっくちゅ……」

 『……………………………は?』


 三十秒ほど狼狽する雪之丞、とゆー珍しいモンを耳にし、更にその五倍ほどの時間ハルさんに罵倒されるという犠牲を払いつつ(ドアホが十五回、すけべとへんたいとえろ娘が合計三十三回あった。そこまで言わんでもいいやん。そりゃハルさんよりは耳年増だけどさあ)、誤解は解けた。これで寝不足に苛まれる日々を畏れる必要はない。ただまあ、ボイチャのヘッドセットの向こうで二人がミョーに意識してしまっていたのがムズがゆかったりするのだけど。余計なことしたかしら。




 『佳那妥ぁ、明日はウチに来るんだよね?』

 「ういうい。何か新しいゲーム買った?」

 『ゲームは買ってないけれど、春向けの新作コスメのカタログもらってきたから。莉羽も佳那妥に染まってゲームにばかり興味向けないようにね』

 「むしろあたしの方が二人に染められてるような……」

 『あは、佳那妥がわたしたち色に染められるとか楽しみしかないよね、お姉ちゃん!』

 『そうね。ふふ、学校じゃないからもうちょっと派手でもいいかしら……』

 「お、お手柔らかに……」


 こっちのボイチャは品槻姉妹とのやりとり。三人でしゃべれるようにDiscordに招待してみたけれど、ちゃんと使いこなしている辺りはさすがは現代の女子高生。

 で、週末の予定とかもこれで決めている。学校で一緒にいたりするのはもう平気だし、むしろハルさん入れて四人組みたいにとられるようになってるから、遊ぶ約束なんか学校でしてもいいんだけど、卯実いわく、混ざってこようとする人がいて困る、だそーだ。特に男子の。

 まあ女の子が三人とか四人とかで遊びに行く相談してたら、男子の方も複数人で首突っこんでくるー、とかってありがちな話だし、っていうのは実体験じゃなくてマンガや小説でよくあるシチュってだけだけどな!


 『……で、最近は佳那妥を紹介してくれー、って話が多くてわたしも困ってる』

 「というより、あたしを口実にして莉羽や卯実に話しかけたいだけなんじゃないのかなあ」


 冗談でからかわれているのは分かるけど、そーいう望んでもいない持ち上げ方はかんべんして欲しい。


 『もちろん紹介したりなんかしないけどね!』

 「そーいう時ってどういう断り方してるの?いや、莉羽に何かあったら困るから聞いてるんだけど」

 『どういうって言われても。普通に、佳那妥はわたしとお姉ちゃんの大事な親友だからあげませえぇん!……って』

 「そこであかんべーの一つでもしたらむしろ莉羽のファンが増えそう」

 『げ……実はやってた。今度から自重しよ……』

 『この子、そういう天然なところあるからねえ……』


 天然っぷりなら姉も引けを取らないと思うけど、っていうツッコミは誰も幸せにならないのでやめておく。


 『あ、もうこんな時間。そろそろお終いにしよっか。いくら明日土休でも眠たい顔して佳那妥に顔合わせたくないし』

 『というより、佳那妥が夜更かししないかどうかの方が心配よね。じゃあお開きにしましょ』


 最近、この寝る前のボイチャってあたしをさっさと寝かしつけよーって目的のためにやってる気がしてきたんだけど、それはともかくもうすぐ十一時だから寝た方がいいのは間違い無い。


 「ういー、二人ともおやすみー」

 『おやすみぃ、いい夢見てね、佳那妥。出来ればわたしとお姉ちゃんの出てくる夢で』

 「見る夢を選べるならそうするよー。じゃ」

 『ふふ、おやすみなさい』


 チャットルームから退出。そういや二人って同じ部屋でそれぞれのスマホ使ってチャットしてるんだけど、コレ終わった後どんな話してるんだろ……いや、別にいいか。そんなこと。さて、歯も磨いてあるし、さっさと寝よーか。明日はお昼ごはんを品槻家で作って(どちらかというとあたしは作り方を仕込まれる方だけど)いただいて、あとはまあおじさんも一緒にモノポリーとか出来たら面白いかなー、と………ぐぅ。



   ・・・・・



 「お父さんとお母さん?今日は夜まで帰って来ないけど。言わなかったっけ?」


 ……なんか謀られた気がするのは気のせいだろーか。


 翌土曜日。手土産もって品槻家を訪れたあたしを出迎えた莉羽は、しれっとそんなことを言ってのけた。


 「まーまー。佳那妥が週末遊びに来るのなんてもう恒例でしょ。お父さんもお母さんも佳那妥なら何も心配ないって思ってる証拠じゃない」


 あたしの心配とは多分違う心配だろーなあ、と思いつつ手土産の包みを手渡す。

 なんか東京の方で人気の甘玄堂とかいう和菓子屋の支店が最近駅前に出来たっぽくて、そこの名物だというチョコパイドーナツを五個買ってきたのだ。結構いいお値段するんだけど、お持たせ用に母から小遣いもらってきたから問題はない。ていうかうちの母はこーいうところはケチケチしないのと、こーいう用事で子どもにお金預けることに躊躇がない。


 「あ、これ最近話題のお店のだ。四条たちがなんか騒いでたんだ。佳那妥が流行りのお菓子に興味持つとか珍しいね」


 ありがとね、と丁寧に手提げの紙袋を預かった莉羽が、中身を確認しつつそつなく話題にする。むぅ、これがライトサイドのモテる女のテクというやつか。勉強になります。したところで活用する機会ないけどなっ。


 「あれ?四条さんたちと話とかするようになったの?」

 「んー、まあ話すとも無く話すというか、向こうから距離測りつつ接してくる、みたいな感じ?そこで拒否るのも大人げないから会話くらいはするけど」

 「そっちの方がいいよ。けんかなんかしないで済むならその方が」

 「……どっちかっていうと、佳那妥のことで絡んでくることの方が多いんですけど」


 怖いので聞こえないフリ。


 「卯実は?」

 「お茶の支度してる。お母さんいないから全部自分たちでやらないといけないからね。あとお昼はどうする?」

 「あたし一人に作らせたりするのでなければなんでもするよー」

 「よし言ったわね。じゃあ今日こそはポトフにしよう。いい?佳那妥。豚汁作るんじゃないんだからね?」

 「一回間違えたくらいで莉羽もしつこいー」


 調味料に間違えて味噌ぶちこんだくらいで何度も言わないで欲しい。わざとじゃないんだから。

 ぶーたれてみせたら、莉羽も「あはは、ごめんごめん。がんばろ?」って笑っていた。こーいう気ざっぱりしたところはやっぱり莉羽のいーとこだよね。


 「お姉ちゃーん、佳那妥来たよー」


 それだけで機嫌の直ったあたしは、莉羽と一緒に台所にやってくると、確かにお茶の支度をしてる卯実がいた。


 「はぁい、いらっしゃい。今お茶持っていくから先に部屋に行ってて」

 「うん。佳那妥がいーもの持ってきてくれたよ?ほら、例の甘玄堂のチョコパイドーナツ」

 「あら、じゃあ紅茶の方が良かったかしら」

 「和菓子屋のお菓子だし、どっちでもいーんじゃないのかな」


 実際、チョコ菓子にもどこか和を感じる仕事がされてある、ってレビューサイトにも書いてあったし。食べたことないから知らないけど。


 「じゃ、お姉ちゃん先行ってるよー」

 「お邪魔しまーす」


 ……という感じで、特に何ごとも無くごくごくフツーの、女子高生が友だちの家に遊びに行ったという態でしかなかったのだった。




 「……あ、あの……なんで、こうなっているんだっけ……?」


 そして何故か、二人の部屋で後ろ手に縛られて身動きとれないあたし。ごくごくフツーから遠くかけ離れたこの状況、誰か説明してぇっ?!


 「だぁって。佳那妥がさ、何度言ったってわたしたちの本心を理解してくれないんだもん」

 「だからって遊びに来た友だち縛り上げてベッドの上に転がすとかするっ?!せめて人権に基づいた扱いをしてぇっ!!」

 「文句が多いわよ、佳那妥。人間諦めが肝心だと思うわ」

 「それ諦めを強いる人間が言ったら犯罪でしょー!!」


 一体どうしてこうなった。


 ……というか、こんなことされるの二度目ということもあってイヤな予感しかしないんですけどっ!!

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