第35話 断じて伏線などではないっ

 「おはよう、椎倉さん」

 「お、おー………おはよー、ございます……」


 ふふっ、と、(見ようによっては)艶(あで)やかな笑みを残して去って行くクラスメイト。その名を四条佐代子という。通りすがりに朝のアイサツを交わすくらいなら別になんでもないけど、この人あからさまに校門で待ち構えてんだもん。心臓に悪いったら。


 「……待ち構えてるのが分かっているなら別に心構えくらい出来るんじゃないかしら」

 「そげんこと言われても待ち構えてるという事実が一番負担が大きくて。……それで物陰から見ていた品槻卯実さん、おはようございます」

 「おはよう、佳那妥。別に物陰から見てたわけじゃないわよ。ただ佳那妥と四条が鉢合わせしそうだから居ない方がいいかな、って思って歩く速度落としてただけじゃない」


 さすが姉の方、言い訳も準備しているとか抜かりがない。内容は完璧にはほど遠いけど。


 年明け初の登校の日以降、なんかあたしの身の回りはいくらかの変化を見せた。

 具体的には四条さんたちが突っ掛かってくる様子が無くなったことと、その四条さんたちというか四条さんが、みょーにあたしに絡んでくるようになったこと、が、一つ。まあ絡んでくるといってもイジメみたいな感じじゃなくて、なんか秋波送ってくるみたいな感じだけど。意味が分からん。


 「それで今日は一人?莉羽は?」

 「あれ、言ったでしょう?佳那妥に言い寄るアホを締めに行く!……って息巻いて家出たわよ」

 「ええええ……あれ本気だったの?危ない目に遭わないか心配……」


 予鈴にはまだ時間があるので、あたしも卯実ものんびりと校舎に向かう。人気者の卯実はここでもクラスメイトや委員会の先輩後輩と挨拶しながらだ。ちなみに隣を歩いてるあたしとも時折目が合う人もいるが、まあ大体は目礼で済ませてる。なんでかしらないけど、そーするとやけにキョドられるんだけど。若干傷つく。


 「……というより、見慣れない美少女がいて驚いてるんじゃないかしら。控え目で可愛い女の子なんていかにも人気出そうじゃない」

 「んな面白そうに言われても。ていうかそれで莉羽に余計な負担かけるなら、また元に戻そうかなあ……うう」

 「あの子はあの子で楽しそうにやってるから気にしなくてもいいわ。案外ナイト役が気に入ってるのかもね。私のこともそうやって守ってるつもりみたいなところあったもの」


 子どもの頃の話だけどね、と、楽しそうに笑う卯実は、誰かさんと違って正真正銘の艶やかさを誇るのだった。


 ……そーなんよ。もう一つ、身の回りで起こった大きな変化というと、みょーに男の子に声をかけられるようになったことだ。まあ自己分析した限り、今まで地味子だった女の子がいきなりかわいいっぽくなったけど元がアレだからワンチャンいけんじゃね?…ってだけだと思うんだけど。ただひたすらに面倒くさい。


 「……でもやっぱり莉羽を一人で男の子に会わせに行くとか不安しか無いんで、後でやめるように言っておくよ、もー」

 「まあ、ね……それはお願いするわ。私が言っても聞きやしないもの」


 揃ってため息。あたしのために、ってやってくれてるんだろーから無理強いはしたくないんだけどなあ。




 「だめ。絶対。わたしが許さない」

 「えええぇぇぇ………」


 お昼休み。もうこそこそする必要も無いので、あたしと莉羽の教室で、品槻姉妹に加えてあたしとハルさんの四人が、並べた二つの机を囲む。

 最初は割といー感じに話が弾んでいて、そりゃもう自分で言うのもアレなんだけど花も華やぐ四人の少女、って感じのいー感じが地上に現出したとかいう専らの噂……スマセン、調子に乗りました。

 で、弁当箱も片付いてティータイム、って段階になって、今朝卯実と相談した件を莉羽に切り出したのだ。

 別にあたしに声かけてきた男の子を敵視して莉羽がとっちめにいく必要なんて無いんだよ、って。

 そしたらもー、莉羽はヘソ曲げた。完全に、ぶんむくれた。


 「でもでもー、あたしのためにやってくれるのは嬉しいけど莉羽が男の子に会いに行くとかやっぱり心配だよ……」

 「もしかして佳那妥、男の子に言い寄られていい気になったりしてない?」

 「なるわけないって。あたし人生で一度もモテ期来たこと無いんだよ?現在進行形で」

 「私と莉羽は?」


 話がややこしくなるので姉の方は鮮やかにスルー。


 「だからってこれからも来ないとは限らないでしょ。ねー佳那妥?あなた自分がどれだけかわいいか、自覚ある?」


 そんなもんあるわけないでしょ……って、いやまあ、母と兄の見る目がちょっと違ってきたかなー、とは思うけど、それでも基本的にはしょーもないオタク娘の扱いだし、そこまで変わったとは思えない。ビデオチャットした父はなんか感激して拝跪崇拝する勢いで正直ドン引きしたけれど。

 ……って、笑い話にでもしよーかと思った時、斜め向かいの莉羽が顔と肩とを寄せてきて、声を潜めてこう言った。


 「……それとも、わたしが男の子に会いに行く、ってことで嫉妬でもしてる?」 

 「んなっ?!」


 とてもイタズラっぽく、何かを期待したかのような……なんだか、オトナっぽくも子どもっぽくもある笑顔だった。

 今までに見たことない莉羽の表情に、なんだかあたしまでドキドキする……うー、なんだこの心臓、ええい鎮まれ、鎮まれぇい!


 「……そっ、そりゃあ……その、心配だし。莉羽って人気あるし……」

 「わたしが、佳那妥のことほっといて、男の子とどうにかなっちゃうように見える?」

 「あたしのことはともかく……卯実のこと、ほっとくような莉羽じゃないでしょ?」


 きっとこの会話に聞き耳たててるだろークラスメイトに聞こえないよう、こっちからも顔を近づけて囁いた。すぐ目の前に莉羽のキラキラした眼があった……あ、まつげ長ぁ。卯実に比べるとかわいい系だけど、こーいうところはやっぱり姉と一緒で美人さんの素地あるよねえ………って。


 「なっ……か、佳那妥近い近いっ!もー……なに急に顔寄せてんのよ照れるじゃないのっ!」


 ……なんかいきなり、莉羽が顔を赤くしたかと思ったら立ち上がって文句を言われた。いやだって、そんな、卯実とどーにかなってますぅ、みたいなこと他の人に聞かれるように言えるわけないでしょーが、って言いたかったけど言えないので不満に口を尖らせたら、なんか周囲で「あひる口……あざとっ」とかいった感じの声が聞こえた。まあ確かに?うちの莉羽ちゃんはあざといところもありますけど?この子、計算してじゃなくて天然でこーなんだよなあ……そこがまたかわいいというか。

 ともかく、まあ落ち着けとハルさんがなだめたので、莉羽はまだ顔を赤くしたまま腰を下ろす。ちなみにその間、姉の方はというと。


 「……あの、なんで睨むんスか?」

 「だぁって。莉羽ばかりかまって。私のこともかまえ、佳那妥」


 かまちょになってた。こっちはこっちでギャップ萌えすゆ。ぶひひ。


 「……ていうかさ、佳那妥は私と莉羽が佳那妥のこと好きなの時々忘れる。私たちがばかみたいじゃないの、それじゃ」

 「さすがにそれは言いがかりってものだと思う」

 「もー……」


 当然ながらここら辺のやりとり全部小声。それでもそこでむくれる姉妹を見てると、ほんとーにこれでいいのかな、って思う。


 一件からもう結構経って、二月になる。

 その間、危惧された心配はだいぶ解消されて、その代わり新しい悩みの種(四条さんたちのあたしへの接し方とかいろいろ身辺に面倒事が増えたりとか)が出てきて、その中でも最大のものとなると、卯実と莉羽があたしを……ってやつだ。

 表向き、「わたしたちはあなたを待ってます。いつまでも……」みたいな空気醸し出してるけど、ほんとーにいつまでも今のまま、ってわけにいかないのは自明だし、かといってあのことをなかったことにして友だち付き合いに戻りましょう、なんて出来るわけが無い、ってのはコミュ障(というか最近は単なる人付き合い下手だと考えつつある)のあたしでも分かる。

 まーそういうわけで、ほんとーにさんぴぃ……あわわ、三人で仲良くあいしあいましょう、か、あたしのことは忘れて二人で幸せになってください、のどっちかしか選択肢がないのはもう理解してんのよ。ただ、どーしても、その……誰かに背中押してもらわないと踏ん切りが付かないっつーか、あーもー。


 「佳那妥?そんなことしてると鼻が平らになるわよ」


 顔面を机に押しつけてうんうん唸ってるあたしに、卯実がそうツッコミを入れてくれたけど止めるつもりはないようだった。



    ・・・・・



 「……そろそろカナもあーしから離れて独り立ちする気はねーの?」

 「んなこと言われても、事情を全部知ってて相談出来るのなんてハルさんしかいねーんだもんよ」


 これもすっかりお馴染みになってしまった、下校時のハルさんのお悩み相談室。

 夜にチャットルームでやりゃあいいじゃん、と言われても、あたしは馬に蹴られたくはないのだ。雪之丞となんか理解し合ってるみたいな会話してるところに、同級生の美少女姉妹にコクられて困ってます、なんて相談しても冗談にしか聞こえんし。


 「まあ何度も言ったけどさ、カナがどうしたいかをまずはっきりさせなきゃいかんだろ。その上でそのためにどうすりゃいいかって相談ならいくらでも乗るよ」


 正論だ。というか今までは一通り話を聞いてあーだこーだ言ってから最後にこれを言われてあたしが黙り込む、ってパターンなのに、今日はとうとう最初から釘を刺されてしまった。そろそろ会話のネタとしての利用も限界に近いのかもしんない。


 「……んじゃあさ。あたしがどうしたいかってのを聞くんだけど」

 「聞く?言うんじゃなくて?」

 「ハルさんの経験談に即して聞きたいんさー。あのさ、子どもの頃あたしに絡まれて、ちいちゃんとはどうだった?」

 「…………」


 絶句してた。まあハルさんに直接あの頃の話訊ねるなんて滅多にないしなー。

 歩きで登校してる生徒はそんな多数じゃないから、ここまで離れるとオナコーの生徒に行き会うようなこともなくて、どこぞで聞き耳立てられてる心配も無い。なので、思う存分思いの丈をぶちまけて欲しくて、「どだ?」って水を向けてみたのだけど。


 「どうだった……とか言われてもそんなもんおめーに言えるわけがないだろ」

 「そう?あたしはもう割と気にしてないし、雪の字にもあんま腫物に触るような真似すんな、と言われたしな」

 「あんのやろー……」


 トレンチコートの襟を立ててそこに沈み込むよーに首をすくめるハルさん。ちなみに女物じゃなくて親父さんのお古だとか。まあ男前のハルさんだから似合うんだけど。ただしわざわざ襟を立てて首をすくめたのは、照れ顔を見られたくないからだろう。大体、雪之丞がどんなつもりでそんなことを言ったか想像がついたのだろーし。


 「……だったら言うけどさ。まあチアキとは当時は親友だと思ってたし、そりゃあ二人でいるのが一番楽しいと思ってたさ。だから悪気が無いとはいえカナが混ざってこようとしてきたのは……まあ、正直ウザイとは思ってた」

 「だろね。ちいちゃんもまあそうなんだろうな」

 「そんなもんヤツに直接聞いてくれ。で、それがどうかしたのか?」

 「んー………やっぱさ、卯実と莉羽もあたしのこと同じよーに思ってたのかな、と思ってさ」


 まあ馴れ初めというか付き合い始めの事情というのは、割と……なんか利用したりされたりな関係だったし、一体どんな理由で二人があたしに、その……あーいう好意を抱くようになったのがイマイチ理解出来ないというか。


 「……おまえ、それあの二人にいったらぶっとばされるぞ?あーしから見てもアレ本気にしか見えん」

 「別に今もそう思ってるわけじゃねーべ。たださあ……」


 結局さあ、二人があたしのことを「好きー」とか言ってても、それを信じ切れないというか……なんか難しいけど、やっぱあたしが人を信じられないのって、いまだに引きずってるからなんかなあ………わぷ。


 「……おいこら。そこで泣きそうな顔とかすんな。あーしが責任感じるだろーが」

 「……別にハルさんに責任負わすつもりなんかミリもないけど」


 コートの上からでも存在感を覚えるDが、あたしの顔の左半分を覆っていた。卯実のEよりもやや小振りとはいえ、ハルさんはつんと上に向いててこお、顔を埋めるとしやわせな気分になんのよな。言うて卯実の方に顔を埋めた経験ないけど。


 「いずれ雪之丞がコレを好きにする時が来ると思うと……うう、嫉妬で夜も寝れねえ」

 「そりゃ残念だ。また今夜からカナは寝不足の生活に戻ることになるってこったな」

 「?!」


 ………な、なんか最後にとんでも爆弾発言が聞こえたよーな気がしたが、真偽についてはコワくて訊けなかったのだ。

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