第30話 前からと、後からの告白

 「この考え無しのスカポンタンのドアホの先走り失敗娘のええとええと……とにかくドアホ!」

 「そこまで言わなくてもいいじゃんよぅ……」


 流石のあたしも涙目だった。いくらなんでもドアホを二回も言われるほどのことした覚え無いやい。


 その日はとにかく何ごとも無く、午前中だけの授業も終わった。まあハルさんが睨み効かせてたお陰もあるだろーけど、四条組は莉羽にもあたしにもそれ以上ちょっかいかけてくることもなくて、一応は平穏に終わった。莉羽は校内でも有名人だから、姉妹で好き合ってるー、なんて噂(事実だけど)はそれなりに人の耳には触れるだろーけど、話が荒唐無稽に過ぎるのとまああたしが原因だということと合わせて話が流れてれば、そのうちつまらん嘘話だ、ってことで忘れられると思う。何よりも二人をアイドル視してる子たちにとっては信じがたい話だろーから、積極的に噂を打ち消す方に回ってくれるハズだ……と、思いたい。そんなとこまで責任とれるかってーの。


 「ひぐっ………ひぐ……ごめ、ごめん、かなたぁ……ごめんね、ごめんね………ありがとね………うわぁぁぁぁん!!」


 んで、その当人は家に帰ってきてからずーっとあたしにしがみついて泣き通しだ。姉の方も困った顔で、妹をどうすればいいのか分からず途方に暮れている。

 そんな状況であたしだけがハルさんにお説教喰らってるってんだから、理不尽もいいとこだ。


 「理不尽もいいとこだ、じゃねえよ。たまったま上手くいったからいいものの、何か間違ってたらおめー一人が悪者だぞ?そんなんで品槻たちが喜ぶと思ってんのか?」

 「わぁってるよ。そこんとこについてはハルさんの協力の賜物だってこともなー。ありがと、ハルさん」

 「……まあ分かってるならいいけどさ」


 しかめっ面を逸らして髪を掻きむしってる。反対側の手で胡座に組んだ足首を掴んでいる格好は、とても男前である。まあ男の子だったら惚れなかっただろーけど……いや、どうなんかな?子どもの頃のことを思うと別にハルさんが男の子でもよかった気がする。

 となるとあたし普通に男の子と恋愛とかしてたんか?してたんか?……だめだ、想像つかねー。


 「……んだよ」


 あたしのかぶりつくよーな視線に気付いてか、ハルさんがとても居心地悪そうにしていた。ふむ。


 「んー、ハルさんは男前だなあ、と思ってさ……あいた」

 「言うに事欠いて男前とかイヤミか、こら。あーもー、アホらしい。あーしは帰らせてもらうからな」

 「ハルさんそれミステリーの定番のお約束……」

 「なんでダチん家から帰るのに死亡フラグ立つんだよ。んじゃな、妹もとっとと泣き止めよ。カナの制服がびしょびしょになる前にさ」

 「ありがとう、琴原さん……」

 「ん」


 あたしは手をひらひら振って、莉羽はまだあたしのお腹のあたりでぐしぐし泣いてて、卯実だけがまともな返事をしていた。それで機嫌を悪くするようなこともなく、ハルさんは鞄を片手に立ち上がって、卯実と莉羽の部屋を出て行った。コートはずっと着っぱなしだったから、最初からすぐ帰るつもりだったんだろーな。


 ……さて。


 「りうー。そろそろ泣き止んでくんないと、あたしのブラウスが水浸しになるんだけどー。あとどさくさに紛れて鼻かまないでくれるかなー」

 「え?ちょっと莉羽、それはお行儀悪いわよいくらなんでも。佳那妥、それ脱いでくれる?いえむしろ脱いで。洗濯して返すわ」


 いやいくらなんでも本当に鼻水塗りたくられてるわけじゃないけど。あと卯実もなんかあたしを脱がすトコを強調するようなこと言わないで。コワイ。

 とにかくどうしようもなくて、しばらくは好きにさせておいた。卯実は甲斐甲斐しくお茶なんか持ってきてくれたりして、今日のところは学校も午前中だけだったから、ご両親もまだ帰ってきてない中ありがとー。

 で、莉羽が静かになったので何があったかをあたしの口からもう一度説明した。めちゃめちゃに悄げてた莉羽を卯実の教室にまで連れてって、まああんなことがあった後だから一緒に帰るわけにもいかなくて、あたしとハルさんは二人の後から家に向かったから、多分莉羽の口からいくらか説明はあったと思うんだけど。


 「……それがね、莉羽からは何も聞いてないのよ。ずっと泣きそうな顔して黙ってて、私のクラスにもちょっと話は届いていたんだけど、佳那妥も含めて当人からは何も、ね」

 「うあ、噂しか聞いてないのかー。莉羽と卯実がつき合ってるー、なんて話になってたことまで伝わってたの?」

 「それも含めてね。まあ佳那妥が悪者になって、大きな話にはならなかった、ってところまで含めてだから、あまり大げさなことにはなってないと思ったんだけれど」

 「それならあたしが汚名を被った甲斐もあったってことで……あてっ」


 我が功を誇らんと胸を張ったらデコピンされた。なんで?


 「威張ることじゃないでしょ、それ。莉羽がどんな状況だったかは想像つくけど、それでも佳那妥一人が悪いことにされて誰も助けてくれない、ってことになってたかもしれないのに」

 「でも少なくともハルさんはあたしの味方してくれるよ………もちろん卯実たちも」

 「よろしい」


 ハルさんのことだけ挙げたらもんのすごい形相で睨まれた。美人が怒るとマジこわい。


 「……で、結局何があったの?」

 「んー、四条さんたちが莉羽に逆恨みして二人が姉妹でつき合ってる、なんて話をでっちあげて莉羽を詰ってた」

 「……そう。で、佳那妥は莉羽を救おうとして自分がその噂を撒いた、ってことにしたのね」

 「大体合ってる」


 まああたしの本心とかそういうのは別として、事象を羅列すれば大体そんなとこだ。

 あとついでに、多分四条さんたちのでっち上げには根拠は無いだろう、ってことと、多分根拠も無い話だからそのうち噂なんか消えてなくなるだろう、って話もした。そしたら卯実は、頭を抱えていた。


 「…………もー、なんでそんなことになるのよぉ…」


 それはそうだろーなあ。あたしだってその時の精神状態じゃないと多分そこまで想像出来なかっただろうし。


 「分かった。四条さんたちとは直接話つける」


 そして、卯実の次の行動も正直想像出来なかった。なんでそうなるの。


 「だって、莉羽を守るのは本当は姉の私の役目だもの。いいところを佳那妥に取られっぱなしじゃあ姉の名が廃るわ」

 「もうちょっと穏便に、とは言わないけど、あんまり感情的にならない方が良いと思うんだけど」

 「暴力を振るわれそうになったんでしょう?佳那妥のことだって私は守りたいわよ」

 「卯実……」


 あ……やば、なんか視界がゆるゆるする。


 「でもね、佳那妥」

 「な、なに?」


 うっかり涙が零れそうになってたあたしは、いきなり手を握られて硬直した。

 体の前には相変わらず莉羽がしがみついていていたから、両手じゃなくて右手だけだったけど、そのあたしの右手を、卯実は両手で包み込むように握り、息もかかろうかって距離で、あたしに負けず劣らず目を潤ませていた……ち、近い近い、卯実さんちかい……。


 「かなた」

 「う、うん……」


 きれーだなー、って。

 何のてらいも気取りもなくそう思った。


 「私はあなたにお礼を言わなければならないの」

 「………」


 そんなきれいな卯実の瞳から、瞬きする間も目が離せず、あたしは文字通り見入ってしまっていた。魅入られていた。


 「いつかも言ったと思うのだけれど……私と莉羽は、許されない真似をしている。どんなに純粋であっても、誰からも祝福はされない関係を結んでしまっている。両親にも、ね。でも……あなたは、違った。あなたは、私と莉羽の二人しかいなかった世界に飛び込んできてくれて、ゆるしてくれた。私と莉羽は二人でいてもいいって、言ってくれた。だから私たちにとってあなたは恩人なの」


 ……そんなぁ。ただ、自分の趣味とか欲望とか、あたしの方こそ褒められないことでしか二人に接することが出来なかったのに。

 でも、もしその縁があることを許してくれるのなら、あたしも二人の側にいて、いいのかな。


 「……いいよ、佳那妥…………違う。それだけじゃない」

 「卯実?」


 手を握ったまま、卯実は大きく深呼吸をする。

 それから、与えるべき大切なものが握った両手の中にあるように、額をそこに押し当てた。それはまるで、祈りを捧げるようにも見えた。


 「私は、あなたに伝えたいことがある」

 「う、うん」


 なんだろう。卯実がすんごく真剣……という言い方だと普段ふざけまくってるみたいだから、奇妙に思えるくらい切羽詰まってる、とでも言うのか。

 そして、面を上げて、あたしの目を真っ直ぐに見据えて、それから。


 「佳那妥。私はね……?あなたのことが……」


 「はいそこまでストップー!」


 ……何が起こるのかと思ったら、くぐもった声がお腹の辺りから聞こえた、っていうか、莉羽に決まってるんだけど。起きてたの?


 「………りーう?寝たふりしてるだなんてズルいわよ」

 「ズルいのはお姉ちゃんの方じゃん」


 両脚をバタバタさせながら不満を隠さない様子の莉羽だった。何してるの?


 「ズルいって、何が?」

 「淑女協定違反」

 「………何のことかしら?」

 「言うのはわたしが先って勝負して決めたじゃん!」

 「だから何のことか分からないわ。顔を上げて言えば思い出すかもしれないけど」

 「ぐっ……」


 あー、分かった。散々泣きはらして、あんまりお姉ちゃんに見られたくない顔になってるんだ。いつぞやのあたしみたいに、目がとんでもないことになってるんだろーなー。


 「うーっ、佳那妥も笑うなーっ!」

 「笑ってないよぉ。ただ莉羽がかわいーなー、って思って」

 「……一年も歳の差ないじゃん。年上ぶるなー!」


 ここまでを、ずっとあたしのお腹に顔を埋めたまま言い切った莉羽だったりする。そろそろご尊顔を拝したいのですけれどね?


 「……っていうか、淑女協定ってナニ?なんだかあたしに不穏な響きなんだけど」

 「ふむ。それはね………莉羽、いい?」

 「だめ。分かった。わたしが先にする」


 じりじりとあたしから離れて、でも俯いたまま体を起こす。顔はやっぱり見られたくないらしい。そのいじましさに免じて、あたしの方からはハンカチを、卯実の方からは……。


 「……あのー、卯実さん?泣き顔をアルコール入りのウェットティッシュなんかで拭いたらえらいことになりますよ?」

 「あ、あらそうなの?仕方ないわねー……じゃあこれで。はい」

 「あるんじゃん!お姉ちゃんのいじわる!」


 と、お茶を運んできたお盆に湯飲みと一緒に乗せられていたおしぼりを卯実が差し出すと、莉羽の方はすんごくぶーたれながらそれを奪って自分の顔をごしごしと拭いた。ついでにあたしのハンカチも奪い取って同じよーにごしごしやってたけど意味があるんだろうか。

 それはともかく、それで十分とは言えないだろうけどそうするしかないみたいな勢いで、莉羽は顔を上げ、もんんんのすごく真剣な、それこそついさっき卯実がしてたのと同じくらい真剣な顔になって、あ、やっぱり姉妹なんだなあこの二人、ってぼんやり思ってるあたしの両手を姉から奪い取ると。


 「好きなのっ、佳那妥のことっ!!」


 ……と、咆吼するような勢いで言ってのけたのだった……………………は?


 「お姉ちゃんと同じくらい……えっと、そういう意味じゃなくてでも多分同じ意味でっ、わたし佳那妥のことが好きっ!大好き!」

 「え、ちょ、ちょー待って待って。なんか勢いすんごいけど分かってる、大丈夫分かってる!あたしも莉羽のこと好きだよ?大事に思ってるから落ち着いてっ!」

 「分かってない!佳那妥ぜんぜん分かってないよっ!わたしの好きはね、わたしがお姉ちゃんを好きなのとおんなじくらい、佳那妥のことが好きって意味なの!」

 「え、えええ………ど、どゆこと?」


 仰け反って離れないと顔が、というより鼻がくっつきそうな距離で、莉羽が猛っていた。荒ぶっていた。叫んでいた。


 「うっ、卯実ぃ?!莉羽が、莉羽が………へ?」


 そして、これ姉になんとかしてもらわないとっ、と思ってその姿を左右に探したら、姿が見えなかった。


 「佳那妥」

 「ひゃっ?!」


 と思ったら、後ろにいた。あまつさえ肩から前に腕を回して抱きついてきた。まるで、自分のにおいをあたしに染み付けるように、固く腕に力を入れていた。そして背中にあたる感触に一瞬まったりして気の抜けたあたしの耳元に熱い吐息がかかった。なんかとてもとても、色っぽかった。


 「あっ、あの卯実……?その、背中が割と……きもちいーんですけどそれはそれとして莉羽がなんかとんでもないこと言ってますけどっ?!あ、姉としてこれはどーなのとかって問題にする場面なのでわ……」

 「私も、よ」

 「は、はい?」

 「私も、佳那妥のことが好き。私が莉羽を好きなのと同じくらい、莉羽が私を好きなのと同じくらい。そして、莉羽が佳那妥を好きなのよりもずうっと、私は佳那妥のことが好き。大好き。愛してる。生涯ずぅっと一緒にいたいと思えるくらいに、大好き」


 「はっ、はい……………?」


 なんか、重かった。

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