第31話 おうじょうぎわのわるいおんな
待って待って待って。まず整理してみよ。
卯実は莉羽が好き。良き。
莉羽は卯実が好き。ますます良き。
莉羽は佳那妥が好き。は?
卯実は佳那妥が好き。ますます分からん?!
なんで?何で?ナンデ?
言うたらなんだけど、怠惰で見た目もアレ……でもないらしいとは最近のもっぱらの評判だけど、人見知り激しくてコミュ障で……最近コミュ障は払拭されてる気がするけど、百合趣味で妄想癖あって……最近現実の方が妄想追い越してる気がするけど、とにかく!
「そそそ、そそっ、それはあかんて!百合に挟まったらあかんのは人類普遍の正義!卯実と莉羽が愛し合う最強!でもそれを別れさせたらあたしが死ぬ!浮気、ダメ。ぜったい!」
「え?何言ってるの佳那妥。わたし、お姉ちゃんと同じくらい佳那妥のことが好きなんだけど」
「私もよ。言ったじゃない、莉羽が好き、でも佳那妥も好き。何も問題無いと思うわ」
そーいう問題じゃな……いやそういう問題か?あれ?別に二人が愛し合ったままなら別にいいのか?そこにあたしが加わって二人の愛が三人の愛になる分には全然大丈夫!………なわけあるかーい!
「おーありですっ!大体なんですか二人とも。お互い好き合ってるっちゅーのに相謀って新しい愛人を求めようとか百合の道に反するッッッ!大逆無道もここに極まれり!」
「佳那妥はイヤなの?私たちのことが嫌いなの?」
「い、いや嫌いかと言われりゃ好きだけど。でもそういうのとは違くて!許されざるを許すことなど我が大望に反するとゆーてんです!」
「もー、ごちゃごちゃうるさいなあ。好きならいーじゃん。佳那妥?」
「ひゃっ、ひゃい?」
あたしの両手を包み込むように握っていた莉羽は、その手を放して代わりにあたしの頬を、両側から挟み込むように触れた。
「本当にイヤなら、断ってね?わたし、無理矢理はいやだから」
「無理矢理?って、あの莉羽、何をするつも……」
「好きだよ、佳那妥」
その一言で脳をシビレさせるような言葉と共にゆっくりと顔を近づけながら、莉羽は目を瞑った。いくらあたしがニブちんでもこれは何か分かる。つまるところアレをしようというのだ「きす」というやつをええまああたし今まで物語の中で散々っぱら見たり読んだりしましたし憧れくらいはありましたけどどーせあたしにゃ縁のねーもんだと思ってましたから妄想だけは力一杯してましてねお陰でヘンに拗らせてこおもっといー感じな雰囲気の中でいー感じに高め合うみたいないーことだと思ってたのに一体なんなんだこのどさくさ紛れに女の子に迫られて「ふぁーすときす」とやらを経験する状況っていいや莉羽に不満なんかないですけどねっ学園のアイドルさまにキスされるとか百合愛好家にとってはもう死んでもいいくらいのシチュじゃないですかもうあたし今日を限りに死んでもいいくr
ふにゅっ。
……文字にすると、そんな感じだった。弾力性のあるなんか異物が、唇に触れたくらいんしか思えなかった。別に大したことなかった気がした。思ってたほど昂ぶるようなものもなかった。「どんな感じなんかなー」と自分の枕にキスした時とそんな変わんない気がした。
のだけれど。
「ん、佳那妥ぁ……」
「?!」
触れるだけのキスの
鼻孔に差し込む莉羽の匂いが濃い。頬の産毛の一本一本が覚える莉羽の手の平の感触。普段なら絶対に感じたりしない莉羽の鼻の息が途轍も無く敏感になった自分の唇にかかる。熱い。それだけじゃない。あたしは目を開いたままだったから、ピントも合わないような距離に莉羽の白い肌があって、影になってるからそれ以上の色は分かんないけど触れるか触れないかみたいなところにあるその肌からは、彼女の熱い体温があたしの顔面に押し寄せてくるみたいだった。
要は、体験しないと分からないもんんんんのすごい存在感が、そこにあったのだ。他人との距離がゼロになるってこういうことなのか、って、頭で理解するよりも先に心が納得させられた。すごい。きす、すごい。こんなこと、莉羽と卯実は何度も何度も何度もしてたんだ。それも場合によってはあたしの目の前で……こっ、こんなことあたしの目の前でっ?!
それがどんだけ重大なことなのか。思い知ってすぐに頭が沸騰した。とんでもねえ……とんでもねーよ二人ともっ?!
「ふうっ」
そんな混乱、大混乱は、一仕事しましたー、みたいに莉羽が顔を離しても続いていた。なんだこれ。なんだったんだこれ。あたしに一体何が起こったというのかっ。
「それで……どう?」
脳内シナプスが産まれてこの方ありえなかった速度でフル回転してる中、顔を離した莉羽がどこか切なそうにそう言った。声だけじゃなくて表情も。悲しいような嬉しいような。でも紅潮してるとこだけは、ただぼーぜんとしてるあたしと一緒だったに違いない。
それにしても。なんだこれ。なんだこの色気。あたしの目はつい今し方あたしの同じトコに触れてた部分を注視してる。ぶっちゃけもう一度したい。触れたい。むしゃぶりつきたい。滅茶苦茶にしたくて、滅茶苦茶にされたい。
だめ。でも、それはだめ。莉羽にそれを許しちゃいけない。それをしていいのは姉の卯実だけ。あたしがしていいことじゃ………ひゃうっ?!
「今度は、私の番。ん」
「ふゅンっ?!」
その間ずうっとあたしの肩にかかっていた腕を解き、右手を使って強引に自分の方にあたしの顔を向かせると、莉羽のようにいちいち確認なんかしたりせず、容赦ない勢いで、自分の唇をあたしの唇に押しつけてきた……卯実が。
もしかしたら妹とあたしが触れてるところを見て何か思うところがあったのかもしれない。莉羽との時のようにただ触れているだけじゃなくて、押しつけて、ぐにぐにと唇の形が変わるくらいに力を入れて、そんで興奮でもしたのか「ふん、ふん」て鼻息と、時々隙間の出来る口元から空気が漏れて、そんでそれだけじゃ辛抱できないのか、自分の唇であたしの口を押し開くようにして、それでなんだかぼうっとしてきたあたしの口の中に、唾液を流し込んできたのだ。
「?!」
きちゃない、とか思うよりも先に、あたしのシビれっぱなしの脳はその感触を「淫靡なもの」として認識したんだろう。脳から脊髄をビビビってすんごい電撃めいた感覚が腰の下んとこまで貫いて、下半身に力が入らなくなる……んや、それだけじゃなくて、足と足の間になんだかぬらりとしたものが這いよる。気持ち悪いのか気持ちいいのかよく分かんないあっとー的な感覚……。
「……んっ」
……そこに身を委ねてしまえ、と本能めいたナニかがあたしを覆い始める寸前、唇は離れて、あたしのトロンとした目に映ったのは、なんだか怖い顔をした卯実だったりする。
そして行為はそれで終わらなかった。
あたしの前に腰を下ろしてた莉羽と。
あたしの頭の右から顔を覗かしていた卯実が。
とても切なげに顔を見合わせると、あたしにした時よりもずうっと慣れた風に顔を近づけて、唇を重ねていた。
ほんの数秒前、数十秒前までそれぞれにあたしの唇を覆っていた二人のそれは、今度はあたしではなく二人だけの行為として、深く接触していた……いや、接触していたどころの話じゃない。くっついたかと思えば離れたり、離れたかに見えて口の中にある二人のモノが絡んだままだったり。
いつぞや目隠しをされて音だけを聞かされた時の行為そのものが、間近に、あたしの眼前で行われていた。
吐息と唾液の交わる音。とても淫らででも尊くて、えっちだとかすけべだとか、そんな通り一遍のうっすい表現で示せるものじゃなくて、とても、とてつもなくエロスな眺めだったのだ。
そんな二人の姿から目なんか離せるわけがない。あたしは文字通り、気体と液体の行き交う音を伴った「行為」そのものをじーっと見つめ、時折横目でこちらを見る二人が「どう?」と見せつけるように笑ってるように思えて、ただただ時間が過ぎることも忘れて魅入るしか、出来なかったんだ。
……どれくらい時間が経ったんだろ。
真っ赤な顔が二つ、互いから視線を逸らさずにようやく離れた。ずうっと繋がっていた部分は淫猥な糸が渡されたままで、それがどれだけ激しい行為だったのかを主張しているみたいだった。
「……どう?佳那妥」
ほけーっとしてたあたしは、不意にかけられた声で我に返り、なんだか急にオトナになってしまったみたいな莉羽に顔を向けられていることに気付いて、ようやく……その、濡れてしまってることに気がついたのだ。
「ふふっ、わたしはね。佳那妥に優しくキスをして、そしてそのままおねーちゃんともこうしていつもの濃いのをすることだって出来るんだよ」
……ううっ、腰から下がしびれて動くことが出来ないよぅ……。
「初めては莉羽に譲ったけれど……でもその分私は強くいってしまったかな。ごめんね、佳那妥。あなたが莉羽に啄まれてるのを見て、私すごく……ん」
頬に唇を当てられる。莉羽と卯実の唾液がまざったもので、あたしの頬が湿らされていた。
それと同時に後ろにいた卯実の両手が再びあたしのお腹の前に回され、一方はそこから上を。もう一方はそこから下を襲おうとする。それに気付いてようやく、我に返った。
「まぁ……………って!待って待って待って待って待ってぇっ!!………あ、あた、あたあたあたし……とんでもないことをっ!」
がばっと二人から身を剥がし、そんでもって土下座した。文字通り、ジャンピング土下座だった。
ああ、ああ……あああああああああああっっっ!!
なんちゅーことをしてしまったのだあたしというやつわっ!!
「佳那妥?別にあなたは謝るようなこと何もしてないと思うんだけれど」
「そーだよ。わたしとお姉ちゃんが、佳那妥にしたいことを勝手にしたんだから」
そぎゃんこついわれても。
伏せた顔に脂汗をだらだら流しながら、あたしはこの犯した大罪をどー償うのか考える。いや誰に対する大罪かとか言われても。とにかく「いくない」ことをしたという念だけはどうしても払拭出来ず、面を上げることが出来ないのだ。
「ねー、それよりも佳那妥ぁ?どうする?」
「ど……どう、とわ?」
「そんなの決まってるでしょ?私と莉羽の、佳那妥が大好き、って気持ちを受け入れてくれるかどうか、なんだけど。イエスとしか言わせないけれどね」
お、おう……頭の上から卯実のいたずらっぽい声が聞こえる。それだけで「末永くよろしくおねがいいたします」と土下座から三つ指ついてのごあいさつ、に移行してしまいたくなる。
だっ、だめだ。こんなんあたしに許されていーことじゃない。
どうしてか分からないけど泣きたくなる気持ちを必死で堪えて、あたしはガバッと頭を上げる。二人がぎょっとした顔になっていた。
「とにかくっ!……その、どうしたらいいのか分かんないので今日のところわこれでっまた明日よろしくおねがいしますっっっ!!」
それだけをものすごい早口で述べ、部屋の隅っこに置いてあった自分の鞄とコートをかっ攫うと、あたしは後ろを振り返りもせずに一目散に部屋の外に向かってダッシュ!
「かなたー」
そして廊下に出たところで、なんだかのんびりした感じの声で呼び止められた。莉羽だった。
立ち止まって恐る恐る振り返ると、莉羽はなんだかとても慈愛に満ちた笑みを顔に浮かべ、「またね」と小さく手を振っていたのだ。
その隣にいた卯実も、手こそ振ってはいなかったけれどこくんと頷いて、妹と同じくあたしのどこかに染み入る笑みを浮かべ、それでなんだか満たされた気持ちになったあたしは……。
「佳那妥ぁ、よかったらぱんつ貸してあげよっか?」
「失礼しますっ!!」
……失礼極まる姉妹を置いて、猛烈な勢いでお暇したのだった…………いや実際歩きにくくて仕方なかったんだけどっ。
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