第25話 リリクリ!

 「別にとって食べたりしないよぉ。ただゲームして、お料理食べて、いろいろしよ?ってだけだもん」

 「その『いろいろ』って何するつもりっ?!」

 「……『いろいろ』は『いろいろ』でしょ?」


 なんか卯実の言う「いろいろ」が「えろえろ」に聞こえるあたしははいぱーえっちなんだろうか。

 まあまあ、と背中を押されながら二人の部屋に連れていかれるあたしが抱いていたのは、真っ当な危惧ではなく取り越し苦労だったと思いたい。だって最近二人があたしを見る目がなんかマジっぽいんだもん。


 「さ、始めよ?あ、新しいゲーム買っておいたよー、っていってもモノポリーだけど。三人でやっても楽しいものなのかなあ」

 「あー、あたしやったことないからルール分かんない。莉羽、教えてよ」

 「莉羽に教わるとヘンなテクばかり伝授されるわよ。まず私に習っておきなさいよ、佳那妥」

 「別にイカサマなんかしてないじゃーん!」

 「そう?お父さん、もう二度と莉羽とはモノポリーやりたくない、って泣かしてたじゃない」

 「あれはお父さんが弱すぎるだけ」


 あはは、と笑いながら支度を解く。まあこれならヘンな空気にはならなくて済みそう。

 持ってきたコントローラを鞄から出して、早速品槻家の機体に繋ぐ。


 「あ、待ってて、飲み物持ってこないと……」

 「いいわよ、後で。まずは一戦やりましょ。何からする?」

 「とりあえずこないだのリベンジで」

 「オーケイ。ふふふ、莉羽?今度こそ目にもの見せてあげるわよ!」

 「かかってきなさい、お姉ちゃん、佳那妥!」


 返り討ちに遭いました。




 「琴原さんの彼氏さんてどんな人なの?」

 「あー、あたしとハルさんの共通の幼馴染み?みたいな」

 「うっわ、ベタだベタ!」

 「いいじゃない。女の子はそーいうものに憧れるものよ」

 「で、家が合気道の道場やってて、身長が百九十センチあって」


 こぉんなにあるの、と頭の上に手をかざしてみせたら、二人とも目を丸くしていた。


 「佳那妥はその……雪之丞くん、だっけ?とも仲良いの?」

 「昔はまあ、それなりに。でもあたしはあーいう事情だったんで、男の子に興味持ったりとかは全然無く。今はふつーに友だちのカレシとして時々Discordのボイチャで駄弁ったり……だから二人が考えてるようなことないからっ!」

 「……だぁって、佳那妥かわいいし」

 「……ねー」


 いや、学園のアイドル姉妹に言われてもねー。




 で、そんな風にいー感じで盛り上がって、クリスマスのご馳走なんかもいただいて。

 ケーキの一つでも出ようか、って雰囲気になった時に、それは起こった。




 「あ、あのぅ……ホントに……やるの?」


 二人の部屋の壁際に追い詰められ、あたしは両手の平を胸の前にかざして「ちょぉっと待って!」ってポーズでへたり込んでいる。

 品槻しすたぁずは、そんなあたしを見て、得物を追い詰める狼の如き視線と、なんか鼻息荒くしてコレ学校の子たちが見たら幻滅間違い無いんじゃなかろーかっ、て顔で迫って来る。


 「やるったら、やる。もうガマンできないもん!」

 「……そうね。こお、私たちの中で疼くモノがあるもの。佳那妥を自分たちの好きにせよ、っていう」

 「その声下した神を連れてこいっ!説教してやるっ!」


 あたしの心からの慟哭など気にするもんかと、二人は両手をわきわきさせながら迫って来る。ああ、もうだめだ……おかーさん、おにーちゃん。あとついでに単身赴任中のおとーさん。佳那妥は今日……オトナの階段を登ります……。


 「なにくらいで雰囲気出してるの、佳那妥」


 ……えーと、何だかあたしに化粧をして遊ぶ……実習しよう、って話になっていた。いつの間にか。いつの間に、っていうかまだ化粧したことない、って会話の流れの中でもらしたらそういう展開になったんだけど。


 「十七にもなって化粧したことないなんてちょっと異常だよ。ほら、髪上げて。シュシュ持ってる?」

 「もってない……」

 「ダメだよ、女の子のたしなみなんだからそれくらい常備しないと」

 「具体的にどんな場面で使うか見当つかなくて……」

 「えーと……うどんを食べる時とか?」


 女子力が食欲に駆逐される莉羽さんだった。

 仕方ないので卯実に貸してもらったヘアピンでてきとーに前髪を上げる。うう……なんかおでこを他人にさらすのって恥ずかしい……。


 「よしよし……ふぅん、佳那妥って肌はキレーだね。何か手入れしてる?」

 「お母さんと共用の化粧水くらい……」

 「ダメよ、佳那妥。年齢で肌の状態も変わるんだからちゃんと自分に合った化粧水買わないと。今度一緒に探しに行こう?」

 「お姉ちゃん、こないだデパートの化粧品コーナーで言われたことそのまま言ってるじゃん」

 「正しいことを伝授して何が悪いのかしら」


 なんか目を瞑って上を見上げていると、姉妹揃って勝手なことを言い合ってた。


 「えーと、どうでもいいけど何か始めるなら早くして?」

 「ふふっ、佳那妥がおねだりなんてめずらしー。いいよぉ、じゃあ……」

 「いちいち不穏な言い方しないで欲しいなあ……あうっ?!」


 ぴしゃ、という音とともに冷たい感覚が額から頬に当てられる。いや化粧水を塗られてるのは分かるんだけど。


 「……ねー、お姉ちゃん。こないだね、お母さんが化粧してるところをじーっと見てたお父さんがさあ、『プラモデルの色塗ってるみたい』って言ったらお母さん怒り出しちゃって」

 「それは怒るに決まってるでしょ。っていうか、そのせいでお父さんのおかずだけヘンに貧相な日があったのね。納得したわ」

 「でもおじさんの気持ちも分からないでもないかも。こーして何か塗られてると確かに塗装されてるよーな気分……」

 「うるさいわね。文句言ってるとキスするわよ」

 「………」

 「どーして佳那妥そこで静かになるの?お姉ちゃんにキスされたくないの?」


 そもそもあたしまだそーいうのしたことないのに、初キスが同性の女の子っていうのは……卯実ならアリかも、とか思ってるうちに、なんか目元がくすぐったくなったり、目蓋の前に手がかかって暗くなったり、何やってるのかなあ、と思って薄く目を開けてみたら、二人が顔を並べてじーっと見下ろしていたり……。


 「うーん……なんかさあ、やっぱり佳那妥ってかわいいよね。きれー、って言うよりかわいい」

 「そうね。目元でかなり損してるけど、顔の形とか鼻とか唇とか、造りがいいもの」

 「小顔で割としゅっとしてるのにほっぺたやわらかいもんねー……あはは、ほらお姉ちゃん佳那妥のほっぺやわらかーい!スライムみたい!」

 「あにょ、せめてお餅とかにして」


 どっちかといえばおニクの薄いあたしの頬をつまんで喜んでる莉羽だった。スライムてなんだよ。


 「莉羽、ファンデが落ちるからやめてってば。……と、まあこんなもんかな、とりあえず」


 終わりか。意外と早かったけど、と目を開けたら顔の前に既に手鏡が用意されていた。


 「どう?」


 うーん……二人とも感想を聞きたいのか、なんかわくわくてかてかしながら鏡の両隣でこっちを見てる。えと、こういう時って確か常套句があったような……あ、あれか。


 「これって……あたし?」


 がくっ。

 揃ってずっこけていた。ハズしたかしら。


 「なんかよく分かんないけど、佳那妥がしょーもないことを言ったことだけは分かった」

 「気に入らなかった?」

 「そーいうわけでは。ただ、二人が好きなあたしの顔ってこーいうのなのかなー、と思って」


 どうなんだろう。腫れぼったい目をぱっちりさせようとしたのか、なんか目の端の方にラインが入ったり、目元のクマを隠そうとしてやや厚めに粉っぽいのが塗されたり。

 お陰であんまり手をかけてない他の部位とのアンバランスさが際立ってるとゆーか。


 「ううん……納得の出来、ってわけじゃないもの。莉羽、何か良い案無い?」

 「といってもねー、所詮化粧初心者の高校生にびっくりするようなテクなんかあるわけが無くて」

 「まあそれはそうだけど。佳那妥は何か希望ある?」

 「二人に任せた方がいいかな、って。どうせあたしに化粧の知識なんか無いし」

 「とはいってもこっちも素人には違いないしねえ。お母さんが帰ってきたら聞いてみようか、っていうか佳那妥のお母さんって化粧のやり方教えてくれないの?」

 「ウチの母もあんま化粧しない方だからなあ……そのくせ四十越えてるくせに二十代の肌だし……って、こないだ自慢してた」

 「佳那妥のお母さんって何者?」


 知りません。家事は割とてきとーだし子育ても普段は放任主義だけど、スイッチ入った時だけは妙に完璧人間だしなあ、あの人、ってことを言ったら、二人とも首をひねっていた。

 まあ我が母ながらよく分からん人だしね。


 とにかく、化粧を落とし、まあこの問題は後日またやりましょ、ということになった。化粧のやり方とかも勉強した方がいいのかなあ。ハルさんも派手に見えて化粧っ気は薄いし。まあそれは雪之丞の好みらしーけど。

 で、何となくケーキの時間になり、キッチンで過ごした後にまた二人の部屋に引っ込んだ。ご両親が帰って来るのはまだ先みたい。


 「……ま、とにかく佳那妥は目元だけなんとかすればすんごい美少女なのは理解出来たわね」


 えー……まだ化粧の話続けるの?


 「だって素材はいいもの。佳那妥を美少女としてプロデュースするのが今の私の夢よ。とりあえず目を魅せる方法考えましょ」

 「欠点を糊塗すればなんとかなる、っていうのは……せめて長所を伸ばす方向で」

 「え、それでいいの?実はね、わたしけっこーヤバかったんだぁ……」

 「な、なにが……?」


 三人で輪になって、中心にジュースを乗せたお盆が鎮座してる。ケーキも食べたからお菓子は遠慮……じゃなくて、そのお盆を乗り越えようかって勢いで、莉羽が身を乗り出してあたしの顔をのぞき込んでいた。


 「あの時ね。佳那妥にネクタイで目隠ししたでしょ」

 「よりにもよってその話題今出すことないでしょっ?!あと莉羽表情がアブナイしっ!!」


 なんか湯上がりみたいな上気した顔になってる。コレ、いつぞやの空気になりそうであたしとしては……うぐぐ。


 「危ない、って何よぉ。わたしをあぶなくしたのは佳那妥の方でしょ。だってさぁ……目隠しされて大人しくなった佳那妥って………なんかとってもえろかったんだもん」

 「え、えろ……?あ、あのあたしそーいう評価のされかたされたの産まれて初めてなん……デスけど……」

 「………」


 無言で顔を近づけてくる莉羽。じりじりとお尻をすって後ずさるあたし。ジュースが倒れてしまわないようお盆を引っ込めて妹の進路を確保する卯実。いやちょっと待てぇぇぇぇぇ結託するなそこの姉妹っ!!


 「……かぁいかったなぁ……あの佳那妥はぁ。なんかね、こお、見えないのをいーことにめちゃくちゃにしたくなった」

 「あら。私をほっといてそんなことするつもりだったの?」

 「んー、でもその時は佳那妥に嫉妬させるつもりだったから、お姉ちゃん優先したけど」

 「ていうかそれ犯罪だからっ!どーせーでも不同意は犯罪成立するからっ!」

 「でもちゃんと最後までいかせれば犯罪にはならないって聞いたことあるよ?」

 「そんな薄い本でしか通用しない理屈に人生賭けないで!」

 「薄い本?それえっちなやつ?」

 「なんでそんなトコは鋭いのこの子っ?!」


 まあまあ、それくらいにしておきなさいな、って一応お姉ちゃんらしく妹を制止してくれたおかげで冗談で済んだけど。あーびっくりした。


 「……ううっ、メリー・クリスマスじゃなくて危うくリリー・クリスマスになるところだったよぅ……」

 「あら上手ね」


 うっさいわ。

 ちなみにLilyは百合の花のことである。


 「ていうか今晩クリスマスイブでしょ。聖なる夜でしょ。もーちょっと静謐で清らかに過ごそうとか思わないの二人とも。ぼんのー全開じゃない。もしかして除夜の鐘までしこたま煩悩溜め込むつもりなの?」

 「別にそんなつもりは無いけど、佳那妥が可愛すぎるのが悪いんだー」

 「そんなてきとー極まり無い褒め言葉でごまかされるあたしじゃござーせん。とにかく、クリスマスなんだから軌道修正っ!はいプレゼント二人にっ!」


 部屋の隅に置かれてたカバンを持ってきて中身を取り出す。

 なんか不満そうな莉羽と、興味のありそうな卯実の前に、プレゼント用に赤い包装紙で飾られた箱を置いた。

 どうせならもう少しお友だちムード盛り上げてから渡したかったけど、このままだといつまでもそうはならなさそうなので、百合桃色に染まりかけた空気を払拭することにする。


 「はいアロマセット!セットのオイルはあたしチョイス!効能は落ち着きが出る、眠りが深くなる、です!二人で使って!」

 「そんな叩き付けるように出されたらありがたみが薄れるわよ、佳那妥。でもありがとう。落ち着きが出る、って効能はちょっと引っかかるけど」

 「だねー。わたしもお姉ちゃんも冷静のお手本みたいな女じゃない」


 暴走して友だちの前で濡れ場作る姉妹が冷静とはヘソが茶を沸かすわい、とか言ったらまた話が繰り返されそうなので黙っておく。

 ちなみにクリプレはあたしの方から二人に贈るだけにとどめといた。今日お呼ばれしたのと、二人があたしを友だちだと思ってくれるのが最高のクリプレだ、って適当言って感動させておいたから。若干罪悪感はあったけど。


 「それにしても、眠りが深くなる、ね……佳那妥っていつも何時頃に寝るの?」


 早速包みを開き、オイルをセットするディフューザーをどこに置こうかあれこれ試しながら、卯実が聞いてくる。ちなみに莉羽は設置を姉に任せて取説を読んでいた。


 「何時と言われても特に決まっては。まあ夜は動画配信見たりゲームしたり本読んだりしてるから、二時か、遅くても三時には寝てると思うけど……」

 「「っ?!………それだーーーーーっ!!」」


 え?え?なに?何ごと?


 木目調デザインのディフューザーを抱えた卯実と、寝そべって説明書を読んでた莉羽が体を起こして、こっちを指さしそう叫んでいた。

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