第26話 正しいクリスマスの過ごし方(多分)
自分がプレゼントしたアロマのオイルが立てる香りの中で、二つのベッドに挟まれるように敷かれた布団にくるまり、微睡むともいかずなかなか寝付けないでいた。せっかく眠りが深くなる、って効果のあるオイルだったのになあ。それともちゃんと寝てしまえば深い眠りに浸れるのかな。
「……佳那妥、起きてる?」
「ねてるー」
「おきてるじゃん」
狭くはない部屋に二人分のベッドと学習机、それから共用の棚とかたんすとかテレビとか、結構いろんなものが配置されてる姉妹の部屋では、品槻姉妹とあたしが高さの違う川の字に並んで横になっていた。早い話がお泊まりすることになったんだけど。
話をすると長く……はならず、なんかあたしの目付きが悪いのは単なる寝不足のせいだっ!……と主張する卯実と莉羽の主張に従って泊めてもらうことになったわけなんだけど。
まあそれに付随して、あたしん家に許可を得るために各家庭の主婦が「うちの至らない娘をよろしくお願いします」「いえいえ佳那妥さんにはいつも娘が二人ともよくしていただいて」「いえいえいえうちの方こそあほで考え無しで向こう見ずのあんぽんたんな娘で本当に本当に申し訳ない」云々といったやりとりが交わされたことも、想像に難くない。要するにうちの母親の言については完全にあたしの想像なんだけど、あまり外れてない自信はある。
で、意図せず姉妹百合に挟まれて寝ることになったんだけれども、当然ながらこんな状況でぐーぐー寝られるほど神経太くないんだってばっ。
「佳那妥が寝られないんじゃあ意味無いわね、この企画」
「だねぇ。ちゃんと十時間寝るんだよ?佳那妥ぁ」
「十時間も連続で寝るなんて赤ん坊の頃以来だと思う……」
そんなに寝て意味あるのかなあ。あたし的にはそんな時間あったら趣味に費やしてた方が有意義に思えるんだけど。
なんだか寝苦しくて右にころん、左にころん。その度に借り物のパジャマ(卯実と莉羽が、どっちがあたしに自分のパジャマを着せるかでけんかになりかけてた)から、持ち主のにおいが沸き立つようでなんだか緊張する。ちなみにどっちのパジャマを借りることになったかについては、感想を述べるなと真っ赤な顔をして釘を刺してた持ち主に配慮して明かさないことにする。くんかくんか。
「ちょ……か、佳那妥?私のパジャマの匂いかいだりしてない……わよね?」
隠しても意味無かったり。
「お姉ちゃん、せっかく会心の勝利であたしから佳那妥にパジャマ着せる権勝ち取ったのに、恥ずかしがってたら意味無いじゃん。佳那妥ぁ、なんなら今からわたしのパジャマ着る?今なら温もり付きだよ!」
「そんな権利賭けてマリカー勝負したの世界で初めてだろーなぁ……」
「あは、それじゃ今度は佳那妥のファーストキス奪う権利でも賭けてみる?」
「ちょっ……莉羽ぅ、そんな……負けないからねっ!」
「二人ともあたしを寝かせたいのか寝かせたくないのかどっちなの?」
そんなこと言われたらどきどきして寝られなくなるもの……って、ちょっと前ならそんな気にもならずに、さらっと流してたのになあ。あたし、やっぱり二人のこと前よりもずうっと好きになってる。世界にも貴重な百合姉妹の間に挟まるなんて許されざる罪だと思ってたのになあ……うんにゃ、挟まるというより、側にいたい。それくらいなら許されてもいいんじゃないかなあ……今みたいに、二人ともあたしを気にせず視線も言葉も交わせるけど、ちょっと見下ろせばあたしのことが見えるくらいの位置にいられたら、いいなあ…………。
「佳那妥ぁ…寝た?」
「……ふふ、寝ちゃったみたい。かわいい寝顔ね」
「……おねーちゃん、写真ぷりーず」
「だぁめ。起こしたらかわいそうでしょ?」
「……だね」
夢のなかで、二人が微睡むような笑顔であたしを見守ってくれているように、思えた。
・・・・・
「誰やこれ……」
そして目覚めた時、手鏡の中にいたのは新種のクリーチャーだった。
「あ、あはは……な、なんか前より腫れぼったくなっちゃったね……」
流石の莉羽もドン引きだった。
普段得られるはずもない大量の睡眠を一時に摂取させられたあたしの目元は、かつてないほど肥大化して、要するにただでさえアレな顔が更にソレなことに……っ。一体どーしてこうなったっ。
「ほらほら、蒸しタオル持ってきたからしばらく目にあてておいて。大丈夫、佳那妥。クマは取れたからあとは腫れが引けば本来の姿を取り戻せるから……ぷっ」
部屋に戻って来た卯実は、あたしのしょぼしょぼする目を向けられて吹き出し顔をそむけていた。それはまあ莉羽みたくどん引きされるよりはいーけど、乙女の顔を見て吹き出すとかあんまりじゃなかろうか……いや確かにないけど。乙女の自覚……わっ。
「いーからそこに寝てしばらくタオル当てておきなよ、佳那妥。お姉ちゃん、朝ごはんはそれ?」
「その辺は抜かりなし。ちゃんと持ってきたわよ」
引きずられるようにして莉羽のベッドに倒れ込むと、まだ熱々の蒸しタオルを目に当てられた。とても気持ちいい。
すると、なんか食器のかちゃかちゃ鳴る音と、コーヒーのいい匂いがした。それに加えて空腹を刺激するバターの香り……あ。
「あはっ、佳那妥のお腹は自己主張が激しいねぇ」
「莉羽、佳那妥のつかったお布団隅に寄せておいて。佳那妥?少し落ち着いたら朝食にしましょう」
「はぁい……」
ええい、この麗しい朝の空気を読まないマイストマックめ。寝起きの美少女二人を前にして空腹を訴えるとわ。
ちなみに朝食はヨーグルトとクロワッサンとサラダだった。グッ!
「……あは、なかなかいい感じに仕上がったんじゃない?」
「そうね。しゅっとしてるのにぱっちりしてる。ふふっ、かわいいわよ佳那妥」
朝食が済んだら顔を洗って歯を磨いて髪をセットして着替えて。あとおばさんに軽く女子高生メイクしてもらったら二人にお披露目。好評だった。
「おばさんの化粧が上手だったからだよー。二人にほめられるほどじゃないって」
「おー、佳那妥が照れてる」
「問題無いわよ。校内で評判の美少女姉妹が保証するわ」
自分でそれ言ってイヤミにならない辺り、卯実もいー性格してる。
でも……うん、なんか自分で見ても起きてすぐ鏡を見たときのぜつぼー感なんか何処に行った、みたいな感じだと思う。
改めて手鏡片手に、上向いたり右左向いたり上目遣いになったり。なるほどー、今までの自分の人相の悪いのって目の印象が悪かったからなのか。コレだけ見てると中身百合オタのコミュ障の引きこもり候補生とは思えない………いややっぱり自分の中身知ってるからそれは無いわ、って。
「………あのー、そうにやにやした顔で見られてると落ち着かないんだけど、二人とも」
「だあって、ねえ、お姉ちゃん?」
「うん。そうして自分の顔に見入ってる佳那妥ってとってもかわいいわ」
「自分の顔に見入ってるって……ただナル入ってるだけじゃないの?あたしのはめずらしーからジロジロ見てるだけだってば」
「あはは、でも気に入ったみたいでよかったね。なんだったら一緒に出かけてみない?」
「ええ……二人の引き立て役にしかならないだろーからやめとくよ……」
「そんなことないと思うわよ。きっと、注目浴びるわ」
せけんのちゅうもくをあびる………やっぱりあたしにはどーかと思う。でも卯実と莉羽がいろいろ考えてくれてあれこれやってくれたのは普通に嬉しい。だったら、二人のしたいようにするのも悪くないのかも……と、思ったあたしの脳裏に、こないだの四条さんの件がフラッシュバックする。だめだ、また一緒にお出かけしたりして目撃なんかされたら、二人が傷つく。
「佳那妥?」
莉羽はそれじゃあ早速出かけよーか、と支度を始めたりなんかしてたけれど、卯実の方はうつむいたあたしの様子を妙だと思ったのか、正面からあたしの肩を掴んで心配そうにのぞき込んでいる。
「どうかした?顔色悪いけど……具合でも悪いの?」
「あ……う、うん。ちょっと……あの、ごめん、今日は帰るよ」
「……そう?まあ無理強いはしないけど……それならもう少し休んでいかない?」
「えーっ、出かけないのー?」
ハンガーからコートを外してもう出かける気満々だった莉羽はあからさまに不満顔だったけれど、卯実のたしなめるような眉をしかめた顔と、どうしても表情の晴れないあたしの顔の間で視線を往復させて、結局「仕方ないかあ」とコートを元に戻し、ゲーム機の準備をし始めた……って、あれ、あたし帰った方がいいんじゃ……。
「なぁんかさ、今の佳那妥を一人にしない方が良い気がして。だからもう少し遊んでいこ?いいよね、お姉ちゃん」
「もちろん。お昼ごはん準備してくれるようにお母さんにお願いしてくるわ……あ、待って、私たちで作ってお父さんとお母さんに振る舞おうか?」
「あは、それいいね!佳那妥も何か作ろ?」
「えええ……あたし料理とかちょお苦手なんデスけど……」
泣き言を言ったら、姉妹の目が怪しく光って顔を見合わせ、更には大きく頷いてすらいた。
「だったら私たちがたっぷり仕込んであげるわ」
「だね。ふふふふ……椎倉家のおせち料理は佳那妥が全部作るレベルにしてあげる!」
え、ちょ………最後に包丁握ったのが中学一年の頃のあたしに何をさせる気っ?!しかも料理のためじゃなくて届いた通販の段ボール開けるために使っただけだしっ!(そして当然母親にボコられた)
「あー。あたしお腹痛いので帰りますね。それでは良いお年を~また来年会いましょう~……」
「逃がすわけないでしょ、ばか佳那妥!」
「料理は愛情よ。私たちに美味しいもの食べさせるつもりで作れば何も問題ないわ」
「むしろ二人のあたしへの愛が尽きないかそっちの方が心配なのにっ?!」
「それは大丈夫。汲めども尽きせぬ佳那妥への愛があるから。私たちには」
あ、愛が……愛が、重い…………っ。
「はいじゃあ料理の『さしすせそ』、言ってみよう!」
「え、ええっと……ハ、ハーブ、ベルベーヌ、ラベンダー、セージ、セボリー………?」
「……真面目にやる気ある?」
だって料理にはスパイスが大事だって。うちのスパイスマニアの父が。
「ほらほら、包丁使う時は反対側の手はニャンコの手、って言ったでしょ?」
「……にゃ、にゃぁぁぁん…………」
「…………くっ、佳那妥かわええ!」
左手を顔の前に持っていって鳴いたら莉羽が萌えていた。あたしにも誰かを萌えさせることが出来るのは今世紀最大の発見だった。
「だからなんで野菜炒めの盛り付けに焼き魚用の長皿使うの?料理に合わせて器は選ばないといけないの。分かる?」
「え、ええっと……り、料理界に新風を巻き起こすアバンギャルドでアナーキーな盛り付けの爆誕……とか?」
「そういうのは基礎が出来てから仰い。今の佳那妥ではただの寝言よ。やり直し!」
卯実が鬼だった。
「…………三十五点」
「……辛すぎない?」
「むしろ甘過ぎよ。あのね、佳那妥。後で煮詰まって味が濃くなることを考えながら味付けしないと。これは砂糖入れすぎね」
甘過ぎってそっちの意味かー。にしても料理の素人にお豆の煮物作らせるとかハードル高すぎない?
「んー、でもこっちの肉じゃがはまあまあ上手くいったんじゃない?」
「旨味調味料の配分だけはなんか絶妙なのよね……いかにも現代の料理人っぽいわ」
「全然褒められた感がない……」
「少なくともお姉ちゃんは褒めてはいないと思うよ?」
……というわけで、お昼どころか夕方近くまでかかってなんやかんや作らされた。でもすごく楽しかったとは思う。
間に合わせでお昼ごはんを作ってくれたおばさんにも感謝。至らない生徒が長時間キッチンを占領してごめんなさい。
あとずっと娘たち(プラスそのオマケ)がエプロン着けてかしましくやってるところをずっと微笑ましく見守ってたけど「いい加減にしなさい」とおばさんに追い出されてしまったおじさん、家まで送って頂きありがとうございました。
作った料理は分けてもらって家に持って帰ってうちの夕食にしたけれど、母と兄が狼狽して父に電話していたのにはムカついた。「佳那妥が……佳那妥が………」って顔面蒼白になっていた母親には、珍しく一矢報いたと喜べばいいのか、それともあたしが料理したのがそんなに恐ろしいことかと文句言えばいいのか、よく分かんない。
そして結局、クリスマスと呼べる二日間をほとんどずぅっと卯実と莉羽の二人と過ごしたことになる。二人にだってデートするくらいの予定はあっただろうに、あたしなんかのために時間使わせてよかったのかなあ。まあおじさんに送ってもらった時に、一緒に車に乗ってきたくらいだから、楽しいとは思ってもらえたんだろうなあ。
年明けまで会えなくなるけど、またね、二人とも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます