第24話 あなたのために わたしのために

 「…………………………………………………ぶったことは、謝ります」


 ものっそい長考の末、四条さんは「ぶったことだけは」謝ってくれた。一緒にいたその他二人については「チッ、サーセーン反省してマース」を表情だけで表現するという器用な真似をしてくれたけど、まああたしとしてはとりあえず形だけでも莉羽と四条さんたちが元通りの関係に戻ってくれればいいので、「いえいえ」と愛想良く(後で莉羽には、なにヘラヘラしてんのよ、と不満げに言われてしまったけど)応じて、手打ちとした。



   ・・・・・



 「…ねー、ほんとにあれで良かったの?」

 「べつにいいよぉ。謝罪を無理強いしてヘソ曲げられたら面倒だもん」

 「私はやっぱり納得いかないわね……」

 「別に姉の方は現場を見たわけじゃねーだろ。カナが良いって言ってんなら別にそれでいーじゃねーか」


 で、お昼休み。

 こそこそする必要もなくなったので、ハルさんも含めて四人で、食堂の一角を占拠。

 考えてみたら、校内でも知られた美少女姉妹、見るからにギャル、あからさまな陰キャ、という四人組は見世物としてはなかなかかもしれず、さっきから視線が煩い。卯実と莉羽は気付いてないみたいだし、ハルさんは知ってて無視してるだけだろうけど。あたしは……まあ、気にしてもしゃーないか、と諦観の構え。だってこの組み合わせは卯実のたっての願いだったんだし。


 「……ところで琴原さんの方は問題ないの?先生に呼び出しされていたんじゃ?」


 A定食(今日は白身魚のフライ定食だった。美味そう)の煮物をつつきながら卯実が聞く。里芋嫌いなのかな?

 一方、かすうどん(なんで関東の高校の学食に大阪名物があるのかは知らない)とおいなりさん、って組み合わせのハルさんは、


 「朝イチで出頭してあったこと全部話したら、テキトーにお小言言われて解放された。問題ねーよ」


 だって。


 B定食(たまごサンド、ハムサンドとコンソメスープとサラダ。定食?)をパクつく莉羽は、「ふーん」と納得したようだったけど、卯実の方は「そう。ならいいけど」と、まだ心配そうだった。ていうかハルさんの心配までするとか、卯実もいーひと間違いなしだなあ。

 まあ昨日から引きずった話題となるとそれくらいで、あとは特に何ごともなく和やかに時間は過ぎた。今まであんまり絡みのなかった二人とハルさんの間での、時々ヒヤヒヤする会話の応酬が楽しかったりした。

 そしてお昼休みもそろそろ、という頃合いになると、ハルさんはあたしを引っ張って少女たちが笑いさんざめくご会食は強引にお開きになり、何か言いたそうな姉妹を置いて、昨日あたしが連れ込まれたのとはちょうど反対側の階段下にやってくる。


 「なに?やっぱ秘密会議?」

 「まーな。結局何も解決してない気はしてさ」

 「……四条さんたちのこと?」

 「も、ある。まあそれ以外は後でいいよ。とりあえずさ、あいつらは直接カナに暴力を振るった、って実績が出来ちまったからちょっかいかけるようなことはあんま無いと思うけど、それ以外が心配かな、って」

 「直接暴力はお互い様だしねえ」

 「誰のためにやったと思ってんだ、コラ」

 「分かってる。ありがと。でもあたしのためにハルさんが怪我とかしたら、あたしは怒るからね?」

 「……う、うん」


 ……なんだか気圧された風に頷いていた。なんだろ。


 「あー、まあとにかくさ。心配なのはカナもだけどあっちの二人の方かな、って」

 「卯実と莉羽?なんでまた」

 「あーしが確かなこと言える問題でもねーけど、品槻たちって見た目はいいだろ?で、性格も成績も悪くないとくる」

 「性格……?はけっこー悪いというか面白いけど」

 「そんなこと前も言ってたな……まあ今ならあーしも納得出来るけどさ。で、そういう見栄えの良いヤツらって、そういうのをアクセサリーにしたがる連中の的になりやすいんだよ。的、っていうか神輿?」

 「あー、いかにも人気ありそーな生徒をスクールカースト上位に祭り上げてそれと繋がってると自分もカースト上位にいるみたいに錯覚するアレ」

 「……お前も結構歯に衣着せないね。そこまでスラスラ言えるんなら大体あーしの言いたいことも分かるだろ?」


 分かる。残念なことに。

 要は、卯実と莉羽は学園のにんきもの、それと友だち付き合いしてるあたしたちってちょーイケてるぅ、ってことよね。

 でも今回のことで神輿から嫌われてる、って認識が生じたなら、次にやることは……。


 「そういうわけだから、四条たちと品槻たちの仲を取り持とう、っておめーのやり方は間違ってはいねーけど、肝心の品槻たちにそのつもりが無い、となると他の心配が要るわけだ………って、コワいよ、カナ」

 「そう?」


 とっと、なんか二人のことを思ったらコワい考えになってしまった。

 でも気をつけないといけないことは、まあ分かった。それで自分に何が出来るのか、というと。


 「……どうすればいいと思う?ハルさん」

 「……とりあえず静観するしか無いんじゃね?カナは今まで通りあの二人とつき合ってればいーよ」

 「そういう言い方はなくね?あたしだって役に立ちたいよ」

 「だな。ちょっと無神経だった。じゃあ、四条たちとあんま疎遠にならないように気をつかってやればいいよ。そうすりゃ連中も変な気は起こさないだろ」

 「ん、分かった」


 ここで男子とか要素に入れると話のややこしさが自乗になる。まー普通にあの二人、男子にもモテるし(姉妹百合的にはありえん話で当然興味も無いだろうけど)、多分男子を牽制するために四条さんらが接近してるってのもあるから、シンプルに、形だけでも今まで通りにすればいいんだけど……。


 「ん?どした、カナ」

 「……やっぱ、卯実と莉羽がそれするとしんどいかなあ、と思って」

 「……まあなあ」


 あたしのためを思って怒ってくれてる二人が、やっぱりあたしを小馬鹿にしてる女の子たちと、形だけとはいえ友だち付き合いするなんて、結構負担なんじゃないかな、って。いや、形だけ、なら余計にだよ。


 「そこんとこはカナがフォローするしかねーだろ。あーしもさ、不穏な動きが無いかとか探りいれとくよ」

 「めんどうかけてごめんね、ハルさん」

 「いーよ。あーしだってカナのためだと思ってやりゃ別に苦でも何でも無いし」


 ちくり。

 雪之丞に言われたことを思い出して少し、胸が痛む。

 まあいいや。今すぐでなくても、ハルさんには感謝とかいろいろまとめて返せる機会はあるだろうし。


 というわけで、生活は元にもどった。



   ・・・・・



 「ね、佳那妥はクリスマスとか年末年始はどうするの?」


 その日の放課後。いつぞや修羅場った、駅前の喫茶ペシュメテにやってきた。店員さんにまた渋い顔をされるのかと思ったら殊の外歓迎された様子だった。はっはっは、そりゃあ可愛い女の子二人も連れてきてんだから感謝されないはずがない、と若干調子にのるあたしだった。


 「んー、クリスマスは特に。年末年始はハルさんとその彼氏と一緒に初詣とかが毎年のパターンだけど」

 「あ、じゃあクリパ一緒にやらない?」


 みよーに明るい表情で莉羽が身を乗り出してきた。

 ちなみに席の配置となると、あたしが一人掛け、向かいに莉羽。の隣に、卯実。こないだ来た時と席が一緒で、姉妹が逆なだけだったりする。

 さらにちなめば、何故かあたしの隣を取り合って姉妹竜虎対決の図、が展開されそーだったのだけど、三人分の鞄をまとめてあたしの隣に置いたら、二人ともびみょーな表情になって黙り込んでいた。なんであたしの隣になんか座りたがるのか。あたしも卯実と莉羽が並んでるのを見る方が眼福というものだし、ね。


 「クリパ……えーと、一家団欒の場に部外者含めるのはどうかと……」

 「ふふっ、大丈夫よ。うちのお父さんとお母さんも佳那妥のこと気に入ってるみたいだし」

 「まあそういうことなら。じゃ、それぞれ頼んだもの、交換しよ?」

 「そうだねー。今度はけんかにならないよーにね」


 期間限定のザッハトルテは前回ハルさんが頼んでて、次はあたしも食べよと固く誓っていた逸品。

 卯実は定番のアップルパイ。紅茶と合いそう、ってほくほくしながらメニューを眺めてた。

 ケーキはどっしりしたものが欲しい、という莉羽は、意外にもチーズケーキを選んでた。それで足りるのかー、とからかっていたけれど、届いたものを見てびっくり。レアとニューヨークのハーフ&ハーフ……いやダブルだったのだ。なんでもあらかじめネットで調べておいて、これにしようと決めていたらしい。さすが甘味は女子を千里走らせる。

 で、三人とも違うものを頼んだので、今度は文字通りかしましく、互いに交換しながら賑やかに過ごす。もちろん、こないだみたく食べさせーのあーんさせーのフォークをなめ回したりーのそれを舐ったりしーの、なんて真似はしなかった。厳密には卯実がもの足りなさそうだったけど。


 そんな風に、あたしにもこんな時間が許されるんだなあ、って感じながら過ごした。

 とても、楽しかった。


 そして、何ごとも無く、冬休みを迎える。



   ・・・・・



 「いらっしゃーい、佳那妥」

 「ふふ、待ってたわ」

 「お邪魔しまーす」


 もうすっかりお馴染みになった品槻家。あたしは「くれっっっぐれも失礼の無いように!!」と多重に念を押されて母に持たされたお土産(失礼はどっちですか母上……)を卯実に渡し、いつものように上がり込んだ。


 「あ、そういえばご両親にいちおーご挨拶しておきたいんですけど。夜送っていただけるって話でしたし」


 そう、お食事もご馳走になった上にそこまでしていただくのだ。いくら無礼が服を着て歩いているという評判のあたし(兄、評。つくづく失礼な一家だまったく)でも、尽くさねばならない礼儀くらい果たさなければならない。

 ……と思っていたんだけど。


 「……ね、そろそろいいかな、お姉ちゃん」

 「……いいんじゃない?この期に及んで佳那妥もイヤとは言わないでしょ」


 え?

 なんか、とっても策士な笑みを浮かべる二人。なに?なにが起こるのっ?!


 「えへへー、佳那妥ぁ?実は、ね……?」

 「う、うん……」


 引ける腰。な、なんかヒグマに狙われた鹿みたいな気分……。


 「うちの両親、夜まで帰ってこないの。クリパは三人だけよ」

 「へ?」

 「大丈夫だよ、ちゃんと送ってってあげるから。それまでにはおとーさんもおかーさんも帰ってくるから」

 「え?え?」

 「そうよ。だから、ね?」


 二人顔を見合わせてにっこり。あたし冷や汗で背中びっしょり。


 「夜まで三人で過ごしましょうね」

 「楽しみだなー、あはっ!」


 ……………たっ、たばかったなぁぁぁぁぁぁっっっ?!

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