第15話 お昼休みは食事を共に
冷静に考えたならばな、と指折り数える。
一日目に第三講堂でアレを目撃し、その日のうちに卯実が接触してくる。
翌日には莉羽も同じよーなことをしてきて、その夕方には品槻家にお招かれしてしまった。
さらに次の日にはなんだか理由のわからないことで莉羽を怒らせ、そのことについて相談にのってくれた卯実にあたしの趣味がバレかけ、糾弾されると思って二人の家に行ったのが、更に次の日の土曜日。
その日にあったなんやかんやはひとまず遠い彼方にぽーいっとうっちゃってしまっておいて、間に日曜を挟んで、今日、月曜日。まだ一週間経ってないんじゃん。
……んでも、あれ?なんか大事なことを忘れてるような気がするんだけど。何だっけ。
「おはよ、佳那妥。どうしたの?朝から机にあごのせて伸びて」
あ、そうだ。最初に家に遊びにいった次の日、どうして莉羽がいきなり怒り出したのか、その理由がわからなかったんだ。今さらどうでもいいことな気がするけど。それくらい、この五日間は濃ゆい日々だった。
「おはよーございます、莉羽。ちょっと思い出して気になったことがあって」
「気になったこと?……あ、ちょっと待って。鞄置いてくる」
登校してきてすぐにあたしの席に来たのか、莉羽はまだコートも脱いでいなかった。
鞄を机に引っ掛け、今日から急に冷え込むという天気予報を見たのか、莉羽にしてはやや地味な茶色のハーフコートを脱いで丁寧に畳み、それを教室の後ろにあるロッカーに仕舞う。そんなところをぼけーっと眺めていると、あたしの視線に気付いたのかこっちを見て、可愛らしくあかんべーをしていた。
遊んでる時間なんか無いと思うんだけど、って思いつつ、あたしと同じように莉羽の様子を追う視線がいくつも、教室には飛び交っていることに気付いた。相変わらずの人気者だなー、ってその人気者はそーいう視線の数々にも気付かないように、制服姿になるとそのままこちらにやってきた。
「……で、気になったことって?」
「別に大したことじゃないです。っていうかあたしに声かけてていーんですか?あちらでお友だちが莉羽に話しかけたそうにしてますケド」
「別に佳那妥に話しかけたらいけない理由にはならないんじゃない?で、どうかしたの?」
「えーと……こないだ莉羽があたしに怒って、あほー、とまで叫んだのって結局何でだったのかな、って」
いいのかな、と思いつつ、やや声を潜めてそう答える。うう、なんだか莉羽に集まってる視線の流れ弾がこっちにも突き刺さってチクチクする……気のせいだといいんだけど。
「え?わたしそんなひどいこと言ったっけ……うーん?」
一方莉羽は、そんなものにも気付かない様子で、腕組みをして首を傾げていた。まあ別にあたし的にはそんな気になるようなことでもないし、答えが出なくても、と思った時、にわかに莉羽の顔が赤くなり、ついでに両手を振り回したり左右を見回したり、急に挙動不審になったかと思うと、「わ、わたし……知らないからっ!」と、コミュ障発症した時のあたしみたいなことを言って、慌てて自分の席に戻っていった。何だったんだ。まあもうすぐ予鈴鳴るし、別にいいけど。
「あ、お姉ちゃん!待ってたよ!」
うんうん、仲良きことは美しき哉。今日も品槻さんちの姉妹は仲睦まじいことで結構結構、眼福眼福。
構内でも美少女で知られる品槻莉羽と、同い年の姉品槻卯実が二人居並ぶと、その場の空間が華やぐこと請け合い。へい、みんな知ってるかい?知らねーだろーなあ、あの二人の絆の深さをよぉ。
……なんてことを口にするわけにもいかず、莉羽の席にやってきて何か話している卯実と目が合いつつも、あたしは財布片手に購買へ向かう。
先週まで買っていたしらすホットサンドはもう仕入れないようにおばちゃんに言ってあるので、他のメニューを見繕わねば……いやそれ以前にあのさむぅい第三講堂で食事するのもこの気温だとちょっと。先週卯実が言ってたみたいにカップラーメンにでもしようか。となると購買じゃなくて食堂の自販機かなあ、とか考えつつ教室を出ようとした時だった。
「佳那妥、お昼いっしょにどう?」
「ほぇ?」
基本、ハルさん相手を除けばこの教室ではぼっちのあたしである。で、ハルさんはと言えば別にあたしにべったりではないので、昼休みを一緒にすることはあんまりない。まあ人目につかないところで動画眺めながらお昼ごはん、があたしのルーティーンだし。いやそれはいいとして、あたしを呼び止めたのは、莉羽に会いにきたであろう卯実だったりする。
「っ?!」
「………、っ、……!」
そして、妹と並んで校内で最も有名な生徒であろう品槻卯実のあたしへの申し出に、教室内の声にならないざわめきが高くなったことを知る。
そりゃまあ、あたしみたいな陰キャでコミュ障とゆー認識をされてる女が、学園のアイドル様に声をかけられていたら戸惑うだろうことは明白なんだろうけど。
「佳那妥ぁ、わたしね、お姉ちゃんと一緒にお弁当作ったんだよ。佳那妥の分も。だから、いこ?」
……困ったことにこの姉妹、自分たちの人気っぷりを自覚してないか過小評価してないか、とにかくあたしみたいな立ち位置の女に絡んだらどーいうことになるかっていうのを、あんまり理解してない節があってだな。
「……う、わ、分かった…わかりました」
でもなあ。あたしだって好き好んでコミュ障やってるわけじゃないから、こーいう風に学校でお友だちに誘われて楽しくお昼を過ごす、っていうことに、多少の抵抗はありつつも普段の自分のルーティーンを犠牲にすることがイヤというわけでもないのだ。
「よし。じゃあ……どこか静かなところにいこ?」
「そうね。あの場所は?」
「あそこ今日だとちょっと厳しくない?」
「ううん……ね、佳那妥。どこかいい場所知らない?」
「そんなものあたしに期待されてもー」
……だから名も知らぬクラスメイトたちよ(それはそれでどうなのか)。ほんのすこーしばかり、優越感に浸りながら教室を出て行くことを許してはもらえまいか……正直、二人が作ってきてくれたお弁当に釣られた部分は、あったりする。
「それで、どうしよう?」
まさか尾行されたりしてないだろーな、と後ろを振り返ると、尾行こそされてる気配は無いものの、こちらと同じく振り返ってこっちを見ている人は何度か見かけた。いわゆるすれ違うと十人中三人が振り返ってる、っていう、二人が注目されてる状態というよりは、なんであんな地味子が品槻姉妹と一緒に?、っていう視線が多かったように思うのはあたしの自意識過剰なんだろうか。
「佳那妥ってば。どこかいいとこ知らない?」
「へ?あ、ああ、お昼食べる場所……ってぇと……うーん」
なもんだから、なんか他に人がいない場所をついつい探してしまうあたしなのだった。
で、結局。
「被服科の準備室……?」
たまったま、こう人の流れが届きにくい場所にあって、鍵もかかってない部屋というのはこの学校に結構あったりして、で、寒さをしのげる部屋となると、ってことで佳那妥データベース(ねえよ、そんなモン)から抽出されたのがこの、今はもうこの学校に無い被服科の教材とかがおかれてある、旧校舎の一室だったりする。
「佳那妥ってよくこんな場所しってるね。学校の探検が趣味なの?」
「学内で一人になりたい陰キャが人のいないところを探して漂ってたらたまたま見つけただけです。卯実と莉羽が学校でイチャつきたくて誰もいない場所を探してたら、第三講堂に辿り着いたみたいなもんでしょ」
「それはいわないで……」
「あはは……」
流石に恥じ入るハレンチ姉妹。わはは、珍しく一本とってやったわい。
でもまあ、旧校舎とはいえ現役で使用されてる建物だから出入りの時に見つかりやすいのと、結局部屋の外で人の往来があるので、こっそり動画鑑賞するには向いてないからあたしも利用することは少ない。時々やってきて鍵がかかってないのを確かめるくらいだ。
あとステルス性の高い陰キャじゃなくて、ここにいますよー、って自己主張しながら歩いてるこの二人がこんなところに出入りしていたらあっという間に存在がバレて速攻で鍵をとりつけられる。
なので、迂闊に立ち入ったりしないように、と釘を刺してからお弁当の包みを解いた。
「……冷食の品評会?」
「そんなわけないでしょ。ちゃんと莉羽と手分けして作ったのよ」
「ふふん、どう?」
うそお。
三つ並べられた弁当箱は、若干のサイズの差こそあれ中身はほぼ共通。
でも品数が弁当とは思えないくらいに、半端なかった。
まず揚げ物は、多分だけどカツが二種類。ヒレ肉とチキンかな。あとちくわもある。
ウインナーというよりソーセージと呼べるサイズのが、各弁当箱に二本。いや卯実のだけ三本入ってる。その分ぎっちり。
肉だけじゃなくて魚も。ブリの照り焼き?小さいけれど茶色く焼かれた魚の身が収まっている。端っこが少し焦げてるところが手作りであるぞ、と主張しているようだ。
お野菜となると弁当だから豊富じゃないけれど、茹でたもやしには何か味付けでもしてあるのか、柑橘系の香りが蓋を開けた時に漂っていたから、ドレッシングみたいなのでもかかっているのかも。あと定番ではあるけどプチトマトとカリフラワーとひじき。あ、ポテサラ発見。
で、お弁当の定番、卵焼きも忘れずに。箸でつついたら汁がにじみ出しそうなだし巻き玉子。うまそう。じゅる。
ごはんも白い普通のごはんじゃなくて、鮭とわかめの混ぜご飯だ……なんか会話の最中に好きなご飯の話をして、混ぜご飯が好きー、とか言った覚えがあるけど、もしかしてあたしの趣味に合わせてくれたんだろうか。ちょっと感動。
「あと、今日は寒いのでこんなものも用意してみたの」
と、最後に卯実が取り出したのはスープジャー。
隣で莉羽がいそいそと準備したマグカップに注がれたジャーの中身は、温かいお味噌汁だった。冷えたごはんが味噌汁のおいうちによって口中でほろりとほぐれる様を想像し、あたしの喉は鳴る。早くメシを寄越せと。
「あはは、佳那妥がおあずけされてるわんこみたい。じゃー、食べよ?」
「そうね。ほら佳那妥」
「あっ……ひゃい……」
脳の情報処理能力が食欲に全振りされたせいか、言語出力が怪しくなっていた。大体いつも通りとも言うけれど。
とにかく、折角頂いたお昼ごはんなのである。折角の会話の機会なのに、とか後で考えるともったいないことをしたと後悔したのだけれど、卯実と莉羽のきゃっきゃした会話をおかずにお弁当を頂いたことに後悔はない。自分たちで作ったお弁当を食べて感想戦を展開する百合百合ンな姉妹とかどんな極楽だ。品槻家のキッチンで並んで弁当を作ってる二人の様子を想像したら軽くトリップしかけたわっ。
……なもんだから、食べ終わったのは黙々と食べてたあたしと、きゃっきゃうふふとさんざめいていた二人とではほぼ同時だった。
「ごちそーさまでした。大変おいしかったです」
「そう?よかったー、お姉ちゃん佳那妥美味しかったって」
「ふふっ、どういたしまして。何だったらまた明日作ってくる?」
いえ流石にそれは勿体ないというか大変申し訳ないのできっちり遠慮しておきます、と伝えたところで後片付けが終わった。
ちょうど部屋の外の人通りも絶えたのか、静かになったところだったのでこれ幸いと外に出ることにする。
「……よし、誰もいない。いーよ二人とも」
「はいはーい……ちょっとドキドキするね」
「そうね。なんだか逢い引きでもしてたみたい」
「逢い引きてなんなんですか。三人でしょーが。よいしょ、っと」
若干ガタが来てて締まりにくい扉を閉じると、たまたま今通りがかっただけですよー、みたいな顔で、階段を下ってそこにあった人の流れに紛れ込む。お昼休みも後半に入り、腹ごなしに騒ぐ生徒が多くてとても賑やかだ。目立つ二人が一緒だったけれど、特に見咎められることもなかった。
「じゃあ教室に戻って少し駄弁る?」
「そうね。私も莉羽と佳那妥の教室にお邪魔していいかしら」
「あー、あたしはちょっと別用があるので。ここで。はい」
「付き合い悪くない?」
莉羽は面白くなさそうだったけど、これで三人揃って教室に入ったりしたらまた視線が刺さりそうでコワい。そんな度胸のないあたしは別行動で、目立たないよーに教室に戻るのがベターなのだ。もちろん二人にはそんなこと言えやしないけど。
だから、じゃあまた放課後にね、と手を振り先に戻っていく二人。その時は少し不満そうで、でも前を向いたらすぐに並んで楽しそうに話し始めたから、きっとこれでいいのだ。
顔を見合わせて笑いあう姉妹の背中をもう一度見送って、あたしはスマホのDiscordのチャットを立ち上げる。ハルさんに、『品槻さんたちとお昼食べたよー』とだけ送信して、少し遠回りして教室に戻ることにした。楽しい昼休みだったな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます