第6話 もつべきものは百合色同級生と頼れる親友
「一応言っておくけれど、これは恋愛的な意味はまったく無いから」
わたしはお姉ちゃん一筋だからね、とにこやかに言われてしまえば腹も立たないというかむしろ二重の意味でごちそーさまでした、てなもんだけれど、ソレ男にやったら相手によっては殴られそうだなあ、って思う。
どちらにしても、昨日姉に同じようなこと言われて免疫が出来てたのと、「そんなわけないよなあ」と冷静な部分もあるので、ふんふん、と頷いてサンドイッチの次のひとくちに取りかかったんだけど、それはそれでお姫さまの意にはそぐわなかったよーで、ちょっとムッとした様子ではあった。
そんで、例によって脳内で会話をシミュレートしておき、先方が何も話さないのをいいことに咀嚼で時間を稼いでから、口をひらく。
「えーと、品槻さんがお姉さん大好きなのはとても微笑ましいというか好ましいというのがあたしの意見なんですけれど。で、それと品槻さんがあたしをこんな場所に呼び出したこととの間には、どのような関係があるので?」
「……回りくどいそのしゃべり方疲れない?まあわたしの友だちにはいないから、面白くていいけど。うん、まあそれはともかくとしてね。お姉ちゃんを折角口説き落としたのに、なんだかつれないの。昨日だって……うう、多分椎倉さん見てたなら分かると思うけどぉ……わたしがあれだけかわいく迫ってるのに、お姉ちゃんたら困った風でね。そこもとってもかわいいとは思うんだけれど、わたしはお姉ちゃんの方からもぐいぐい来て欲しいのっ。そういう気持ち分かるでしょ?」
分かる。自分には全く当てはめられないこと以外は、とてもよく。
そうなの。気持ちが通じた姉妹百合は人目を気にしつつも二人きりになったら溶けるような思いが混ざり合って一つになってっ!とろっとろになって、後ろめたさなんかぽーいってどっかに投げ捨てちゃって!そして我に返って恥じらうくらいがっ!ちょうどいいのですっ!!
……っていう意を込めてコクコクコクコクと頷いたら、ドン引きされていた。あたしはあなたの想いを真正面から全肯定したというのに、その反応は無いんじゃないですか。
「……ええっと、分かってくれたみたいだから率直に話しちゃうとね。わたしはお姉ちゃんに嫉妬してもらいたいの。それくらいにはお姉ちゃんもわたしを想ってくれてるはずだし。だから、そのためにわたしと仲良くして、お姉ちゃんを不安にしてもらいたいの。そうすればわたしを大事にしてくれるでしょう?そう思わない?」
おおう……かーわいーですねぇぇぇぇぇ………愛しいお姉ちゃんに振り向いてもらいたいがために、安パイな女を言い含めてお姉ちゃんが嫉妬するように仕向ける……いいなっ!
誰が安パイやねん、って気もしなくはないけれど、事実そうなんだから仕方ない。あと姉妹百合にはさまろうだなんて不届きはあたしが許さん!といつもなら言うところだけれど、これは逆。むしろ一番近くでしやわせな姉妹百合をがぶりつきで堪能出来る圧倒的勝利ポジション。
よござんす。やりましょう。やって尊い百合の形を世に送り出しましょう。その手伝いをして
「いいですよ」
言葉にしてはそう短く返事しただけだけれど、彼女は、
「ふふっ、よかった!」
と、また華やぐような笑顔で、両手を打ち合わせるという黄金律に則った所作も添えて、お姉ちゃんとの愛が深まることを心の底から喜ぶのだった。ああ、今にも尊死してしまいそうな、あ・た・しぃ……。
「じゃあ早速放課後からお願いね!今日はお姉ちゃんと一緒に帰るつもりなんだけど、椎倉さんもつき合ってね。あ、それと一応言っておくけれど……」
うん。まあ言いたいことは予想出来る。
「わたしはお姉ちゃんのことが好きなの。だから、椎倉さんも勘違いはしないでね。これはあくまでも、お芝居。お姉ちゃんが椎倉さんに嫉妬しないと意味がないから、リードはわたしに任せて椎倉さんはそれに合わせて。いい?」
もちろん否も応もなく、あたしは大きく頷いた。二度、三度。
そしたらやっぱり彼女は軽く引きつったような笑顔になっていたけれど、どうしてだろう。想定通りの展開になってるっていうのにね。
まあそういうわけで、今日からしばらくの間は放課後の暇つぶしには事欠かないことになりそうだった。ライブ配信の鑑賞は後回しになるけど、それは別にいっかあ。
「はああああああっっっ?!」
で、昼休みも残り十分、というタイミングで戻ったあたしは、ほぼ同時に帰ってきていたハルさんを連れ出して件の話を聞かせたんだけれど……。
「あんたはアホかあっ!!」
「あう……」
何故か叱られてしまった。
「なぜか、も何もあるかっての。カナタ、あんたそれ良いように使われてるだけ、って自覚あるの?あの二人がそういう関係なのは勝手だけどさ、なんであんたまでその勝手の尻拭いするワケ?そんな義理あるの?」
「義理は確かに無いけれどー、姉妹百合を最そばで堪能するためには払わねばならない代償なわけでー……」
「アホの子の爆誕……」
すごい勢いで呆れられてしまった。叱られて続けて呆れられるって、あたしどんだけダメな子扱いなの。いや大体二十四時間前くらいからずっとダメな子な自覚はあるけど。
「そういうことを言ってるんじゃないの。カナ?あんたはさあ、あんたが思うよりもずうっといい子なんだから、もっと自分を大事にしなよ。あんたまで自分をそう低く見る必要ないじゃん。あーしはあんたを友だちだと思ってるんだから、あーしの目が間違ってるみたいなことしないでよ、もー……」
そういう風に言われるとダメな子扱いされてるというよりは、まだ見捨てられてはいないんだなあ、って悪いことした気にはなる。
でも嫌々やってるわけでもないんだよね。そりゃあハルさんみたく、あたしの趣味とか関係無くあたしと友だちやってくれてる人にはおかしいと思われるかもしれないけど。
「ハルさんはそー言うけどさ。品槻さんたち、思ってたよりも面白い人だよ?そんな悪い感じはしないけどなあ」
「思ってたよりもいい人、とは違うワケね。まあそこんとこはあーしも否定はしないけどさあ……」
と、ここで辺りをはばかるように周囲を見回す。いや見回すって言ってもここ校舎の一番奥側の一階階段下だけど。
「……あーしが気にしてんのは、カナのご執心なあほんだら姉妹の話じゃ無くて、その取り巻き……っていうとちょっと違うか。あの二人の友だちヅラした連中のことなのよ。今のうちに言っておくけど、嫌な思いしたら早いうちにあーしに相談すること。いい?」
「えーとそれはつまり、品槻さんたちの友だちのリア充どもにいじめられたらすぐ言えよハルカさんが絞めてやる、と?」
「なーんか『しめる』のニュアンスに物騒なモンを感じるけど、そんなトコでいいよ。分かった?」
うーん。ちょっと考え過ぎな気がするけどなー。品槻姉妹、友だちをそそのかして何か悪意ある真似は出来ない程度にのんきな人らに思えるし。直接会話してないハルさんに理解して、ってのも難しーし、心配してくれてるのは分かったから、あたしは素直に頷いておいたところで、予鈴が鳴った。
「時間か。ま、あんたが変なことに巻き込まれなければそれでいいよ。雪之丞も心配してたしね」
あらま。親友のカレシにしてあたしにとっても幼馴染みにまで事情は開陳されてしまってたか。
ま、ハルさんと雪之丞の二人に心配させてしまうのも本意じゃないし、あたしも当事者になんかなりたくなく、要するに一番近いところで尊みをたっっっぷり堪能したいだけなので、ハルさんの助言についてはありがたく記憶にとどめておくことにする。
・・・・・
そして放課後。
「じゃあ、帰ろっか。椎倉さん」
予定通り、あたしの席に来てそう宣う品槻妹。一瞬教室内がざわめいた気もしたけれど、気のせいではない。まあでも、だから何なんだって話。みんなのアイドルをとったりしませんよぅ。ただ他の人よりもそっと近くでお楽しみを享受します、ってだけだし。
「あ、はい。いいですよ品槻さん」
「んー……まだなんか固いなあ。それにお姉ちゃんも一緒に帰るんだよ?『品槻さん』なんて呼んでいたらどっちか分からなくなるじゃない。『莉羽』でいいよ」
「あ、そすか……じゃあ、莉羽」
ざわり。
教室のざわめきがまた一層増えたよーな気がした。
「……さん」
ので、圧に負けて慌ててそう付け加える。ううっ、弱いなあ、あたし。
「ん。行こ。途中話もあるしね」
満足げに、と思ったけどなんかまだ若干不満もありそうな?もしかして呼び捨ての方が好みなのかなあ、と思いつつ慌てて後に続く。教室を出る瞬間、あとに残るクラスメイトたちがこの後どんな噂話するのだろーか、と気にはなったけど、結局あたしのことについては特に何も無いだろうなあ。品槻さ……莉羽が何か言われるかもだけど、きっと彼女の親しい友だちが火消ししてくれるだろうし、そっちはあたしが気にしても仕方ないか。
「どうしたの?」
「あー、まあちょっと。靴が脱げかけてたので」
先をいく莉羽に追いつき、隣に……はちょっとおこがましいと思ったので、右斜め後ろに位置をとる。あたしより少し背の低い彼女の後ろ頭。キレイに調えられたやや長めのボブは、漆黒の黒髪、というよりは光の加減かやや碧がかってる。いわゆる碧なす黒髪、というやつか。違ったっけ?
それに比べると姉の方は「ぬばたま」ってやつなのかな。漆黒の艶やかな髪、って感じの。でも昨日は暗いところでしか見てないからなあ。そのうちも少し近くで……。
「ねえ、話しにくいから隣歩いてよ」
「ふぇ?」
下校時で往来のはげしい廊下の真ん中で、お姫さまは不満そうに振り向いて仁王立ちしておられた。ご丁寧に両の腰に手を当てて。いちいち動作があざといんだよね、この子。そこがまたいーかは意見分かれるだろうけど、傍目に見てる分にはとてもよい。今段階、傍目に見ていられるよーな立場でも無いけれど。あたし。
「一刻も早くお姉ちゃんに会いたいのに、あなたと口裏合わせするためにわざわざ校門のところで待ち合わせにしたんだから!」
「え?え?………あ、ああ、そーいう……っていうか、莉羽さん?もすこし自分の立場とか考えて行動した方がー」
「え?」
そりゃあもう、ただ歩いているだけで視線がダース単位で集まる美少女なのだし。そんな子が立ち止まって「お姉ちゃんに会いたいっ!」とか力説してたらあらぬことを想像する不逞の輩には事欠かないんじゃないだろうか。そんなのお前だけだろ、という批判は聞こえないフリをする。
「……あ、ああ…そうね。ありがと。気をつける」
でもあたしの言いたいことは分かってくれたみたいで、しゅんとなってしまって「いこ?」と随分しおらしく歩みを再開する……と思ったら、また立ち止まって振り返っていた。
「……あのー」
「だから隣を歩いて、ってば。話がしづらいの!」
……そこは譲るつもりないのね。結構かわいいなー。
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