第5話 あざとさマックスの妹ちゃん

 「なんだよ、随分と寝不足ぶっこいたみてーじゃん、妹」


 翌朝、やや遅めに目がさめてシャブシャブしてる目をこすりながら歯を磨いていると、要らんこと言いの兄が現れて余計なことを言ってきた。

 あたしは返事をするのもめんどーだったので、首から上だけを四十五度回してじろりと一瞥したんだけど、それだけであたしの機嫌がアレなのを理解したのだろう、兄は何も言わず洗面所を去って行った。

 それを確認して歯磨きに戻る。鏡に映る我が顔は、まあ自分で言うのもアレなんだけど……ぶっさいくだなあ。

 パーツの形が悪いと言われたことは無いけれど、あたしはとにかく目付きが悪い、いつも腫れぼったい顔をしている、目の下のクマがひどくて印象最悪、と顔について褒められた覚えがない。少なくとも同じ世代が思春期に突入して以降は。コレについてはあのハルさんですら褒めるとこ無いもんなー。気をつかって「ぶちゃいく」とも言わないのがせめてもの救い、というものなんだろう。しょんぼり。


 「……って、なんであたしがこんなにブルーにならなけりゃならないの。全部あの女が悪いんだっ!」

 「あの女?佳那妥、喧嘩でもしたの?」


 と、同じようなシチュエーションで今度は母の声。

 流石にこっちに兄と同じ対応をするとヤバめなのでちゃんと振り返ってごあいさつ。


 「いえ、夢に出てきたアナスタシアが悪いんです」

 「……またゲームで夜更かししたの?あなた。朝食とってる時間もないくらい遅く起きてくるくらいならゲームなんかしてないで早く寝なさいな」

 「い、いえす・まむ」


 ごあいさつ、というか朝もはよから説教された。




 食パン咥えながら家を出る、なんて古典的な真似を許してくれる家ではないので、代わりにミカンを丸ごと口に放りこんで家を出た。

 実際のんびりしてたら遅刻するような時間なので、慌ててはいる。徒歩で登校出来る高校なのが救いというものだ。近所のそこそこ優秀な進学校に入学出来る程度の頭に産んでくれた親には感謝。


 さて、どーしてこんな寝不足なのかというと、母に叱られたよーにゲームで夜更かししていたからではなく、もちろん品槻姉に言われたあれやこれやが頭から離れず寝付けなかったからだ。

 まず一つ。擬装だか工作だかのためとはいえ、あんだけの美少女に「好きなの。つきあって」とか言われて今さらながら動揺してしまったこと。あたしは自分についてはそーいう関係になりたいとかは特に考えていないので、本来なら「ふーん」で済ますべきところであるのに、くやしーことに一瞬でもドギマギしたというかその時は本気にしてなかったのになんでか布団に入ってから思い出して赤面する羽目になってしまったのだ。ちくしょー。

 で、二つめ。上記出来事が全部、ずぇんぶ妹のための申し出でいくら逢い引きの場を覗き見した弱みがあるとはいってもなんだって世間一般的にはリア充まっしぐらな品槻卯実に翻弄される羽目にならなきゃならんのだ、ってことだ。よく考えたらだな、こいつなら弱み握っていい顔してりゃいうこときくんじゃね?……って扱いをされたことになるのだ。我ながら被害妄想が過ぎる気もするけど。

 そして三つめ。昼休みに見て記憶というより視覚野と聴覚野に焼き付けたあの光景を、何度も何度も何度も反すうして布団の中ではぁはぁ言ってたからなのだ。あああ、散々翻弄してくれた相手なのにっ。だからこそ煮えたぎるこの思いっ。くやしいでも感じちゃうとはこのことか(多分違う)。

 ……いや別にひとり上手してたわけじゃなくて、思い出すだけでも十分興奮出来ますから、あたし。

 そんな誰にするわけでもないいいわけを考えつつ、予鈴が鳴る直前の教室に滑り込む。


 「はよー。どしたの朝から景気悪い顔して」

 「いろいろありまして。ハルさん、放課後また相談、いい?」

 「あ、わりーね。雪之丞の見舞いにいかないといけないんだ」

 「……どしたの?」

 「例によって爺さまにやられて起き上がれないって泣き言を、ね」

 「ふーん。お大事にー」


 で、ハルさんと朝の旧交を温め(後でそう言ったら意味が違うと怒られた)、自分の席に着いたなら。


 「………?」


 はて。

 どこかから何かしらまとわりつく……じゃないな、これは。射貫くよーな視線を感じる。そんなもん感じたり感じなかったりするのかコミュ障が、と言われるかもしれないけれど、陰キャのコミュ障だからこそ感じるのだよ、こういうものは。だって普段そーいうの無いんだもん。常がゼロな状態が突然1になったら気付くに決まってる。

 それにね、陰キャは悪意には敏感なのだよ。死活問題だし。小学生の頃は……やめよう。死にたくなる。

 さて。


 「………(がばっ!)」


 ……うーん。突然振り向いたら慌てて反応したのが怪しいやつだ!……ってのをやってみたけれど特に反応は無かった。すぐ後ろの席の男子生徒がひきつってただけだ。まさかこの子のわけないし。

 一体なんだったんだろ。



   ・・・・・



 その正体が分かったのは昼休みのことだった。意外と早い。


 「ね、椎倉さん。ちょっとつき合ってくれない?」


 購買のおばちゃんに昨日の件で直談判に行こうと立ち上がりかけたところに声をかけられたのだ。

 あん?誰よ?と思って見上げると、机の傍に良くも悪くも目立つ存在の女子生徒が立っていた……って、この状況で勿体ぶっても意味無いか。


 「………えと、品槻……さん?」

 「うん。品槻莉羽。話するのは初めてよね?」


 えー。同じクラスになってもう半年以上経つんですが。それで「初めまして」みたいなこと言われるあたしって何なんだ。いや相手にとっても同じことなんだけど、あっちはあたしと会話なんかしなくても特にダメージ無いだろうしなあ。それはさておき。

 姉の品槻卯実が昨日のうちに接触を図ってきたところを見ると、妹の方もあたしに関して同じ情報を握っていても不思議はない。ていうか目撃者を探して口封じ……まではせずとも、探すところまでは一緒にやっていたんだろう、きっと。

 で、この件は自分に任せろと姉は言い、昨夜その首尾について話し合った結果、妹の方もこうして探りを入れにきた、ってところか。


 「………品槻さんが?」

 「………えー……止めた方がよくない?」


 ……でも出来れば教室なんて場所で声をかけてくるのはやめておいて欲しかった。あたしにとってばちくそアウェーじゃん。

 学園のアイドルの一挙手一投足に注目する雀どものざわめきに、あたしは不安になってハルさんの姿を探す。が、いなかった。そういや授業終わってすぐに出て行ったしなあ。また雪之丞のトコに電話でもかけにいったんだろう。止められるわけない。


 「少し騒がしいみたいだし、外で話そ?」


 そしてハルさんが戻ってくるのを待ってくれるつもりもなさそうだった。

 昨日の場所で、ね?とわざわざ身を屈めて耳元に、小声で告げていた彼女は、まああたしが何者なのか分かった上で声をかけてきたんだろう。

 逃げ場なし。しゃーない。多分姉と同じくあたしの名前間違って覚えてるだろーし、そっちを突いてコミュ障なりにペース取り戻しちゃる……って、最初っから「椎倉さん」て呼んでんじゃん。分かってんなら姉の勘違い訂正しておいて欲しかったなあ。


 「あ、あのっ、品槻……ひゃん?あた、あたしまだお昼ごはんとかまだっ、まだで……」


 主導権取り戻せそうにないと分かった途端、いつもの滑舌の悪い自分の戻る。ううっ、昨日は割と絶好調だったのに。

 そして昼食の確保を理由に逃れようとしたあたしの策は。


 「ね、それコレのことでしょ?先に買っておいてあげたから、心配しなくていいよっ」


 と、どこからか取り出したのやら、いつものしらす入りサンドイッチの前にあえなく玉砕したのだった。

 しかもやたら朗らかに告げていた。腹黒いことなんか何も考えてませんっ、てな具合の天真爛漫さに無邪気な笑顔をトッピングして。いや腹黒いところなんかないですよー、って宣言してる段階で完全にアウトなんだけどさあ。

 仕方ない。あたしは観念して御白洲に引き出される罪人のよーに、静かに項垂れながら彼女の後に続く。「昨日の場所」が第三講堂のことを指すのは明白なので、いちいち向かってる方法を確認することもないけれど、ツラかったのはあたしの前を歩いてる品槻妹を見ると明るく声をかけてた彼女の友人知人の皆々様方が、すぐ後ろにいるあたしに気がつくとビクッとなるか怪訝な雰囲気を醸し出すかの、必ずどちらかだった。えとスミマセン別にあなた方の大切なお友だちに危害を加えるつもりなんかなくてー、と弁解しようと言葉を整理しているうちに、そんな人たちは忙しそうに去って行くので弁解する間も無かったりするけど。


 さて、なんならお昼休みのお誘いを何度も断りつつ(当たり前の話だが品槻妹が!である)、昼なお暗い第三講堂にやってくる。鍵が開いてないのはいつものことなので、慎重に辺りをうかがいつつ……なんて迂遠な真似をしていたのはあたしだけで、下手したらストーカーが後をつけてもおかしかない品槻妹の方は、さっさと扉を開けて中に入っていってしまった。

 あたしは慌てて、でもいつも通りに行動の外を見回し、誰もいないことを確認してから中に入って扉をそっと閉めた。この差は一体なんなんだろう。頭が痛くなってくる。

 でも彼女は特に気にすることもなく、山と積まれた机や椅子の間を縫って講堂の奥に向かう。場所としては、昨日彼女とその姉が抱き合っていた辺り。要するに、一番奥の方だ。


 「ここなら誰も来ないよね。はい、お昼。わたしの奢りだから」

 「……どうもありがとうございます」


 お姫さまの下賜品をありがたく頂戴し、一瞬迷ってから包みを開ける。別に毒でも入ってんじゃないか、って心配になったわけじゃなくて、ただ単に「飲み物もないのにこれはなあ」と思っただけだ。一応購買で買う時はコーヒー牛乳と一緒というのが定番なんだけど。そういう気の回らないところがお姫さまのお姫さまたる由縁か、って一応おごってくれる、っていうものにケチつけるのも育ちが悪いみたいだったから、あたしは大人しくマヨネーズの味の方が濃いサンドイッチをもしゃもしゃと貪った。


 「それ、美味しいの?」


 そんなあたしの様子を見ていた、ホコリっぽい机の上に腰掛けていた品槻妹が不思議そうな顔と声でそんなことを聞いてくる。あたしは別に大好物というわけでもないサンドイッチと彼女の顔を見比べ、口の中にあったものを飲み込んでから、言った。


 「……美味しいか美味しくないかで言ったら、主観的にはあんまり。これが好きって人もいるかもですけど、購買のおばちゃんが好き好んで仕入れてるわけでもないトコ見ると、まあフツーの人が食べて美味しいとは思わないんじゃないかな、って」

 「ふぅん。でも椎倉さんはほとんど毎日買ってるのよね。どうして?」

 「これ一つでじゅーぶんカロリー摂取出来るので。あとシラスだから栄養価高いし」


 ちなみにここまで全然つっかえずに言えたのは、質問されてから飲み込むまで少し間があったからだ。その間答えを考えて、ついでに切り返しも予想して答えを考えて。

 あたしが人並みの会話をするには、事ほど左様に手間がかかるのだ。どうだ参ったか。


 「めんどーなこと考えてるのね、椎倉さんって。食べるものなんて美味しいのが一番だと思うんだけど」

 「………」


 ……なんて威張りたくても、こーして想定外の質問が来るとまた答えを考えないといけない。面倒なことだ。だから家族とかハルさん以外との会話が成り立たないんだよぅ、あたしは。


 「(にこにこ)」


 しかもだ。机の前に置いた椅子の上に上履きを履いた両脚をのせ、そこに肘を預けて小振りな美少女フェイスを両手でささえる、あざといポーズのまま悪気無さそげにそう言われてしまうと、返事の構築もままならなくなってしまう。ぐぬぅ、この学園のアイドルなんてベタな表現の似合う女の子と、それに負けず劣らずふつくしい彼女の姉が昨日この場で口づけを交わしていたなんて想像すると……。


 「昨日のこと考えたでしょ」

 「?!」


 そんなにか。そんなに簡単に見透かされてしまうのかあたしってヤツは。


 「それはまあいいの。で、それを踏まえた上でお願いしたいんだけれど」


 動揺しまくって脳内会議ですら「あー……」とか「うー……」とか意見が出てこない中、品槻莉羽はやっぱり誰をも魅了するよーなあざとい笑顔で、こんなことを言ってのけた。


 「わたしとつき合って。椎倉佳那妥さんっ」


 語尾にハートでもついていそうな調子で、だった。

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