第4話 キャラがとっ散らかってますよお姉ちゃん
「あのあのあのー」
とうとう耐えきれずに自分から切り出した。ちなみにその間、あたしの手を握ったままだった品槻姉は、握ったあたしの両手ごと自分の胸元に持ち上げて、やっぱりこっちから目を離さずにうるうると潤ませていた。なんかもー、こうなるととてもよくできた芝居に思えてあたしとしてもなんていうかその。
「……シイナ、って誰……です?」
むしろ冷静になれてしまって、いつもみたくどもりもせず相手から目を逸らすこともなく、なんか淡々と指摘出来てしまった。
そしたらば。
「……?あなた、シイナ、さん……じゃないの?」
品槻姉は初めて動揺したように……いや今まではなんだったのか、っていうと今考えると計算尽くだったんではないか、と思えるくらいに、あからさまに挙動不審になりはじめた。具体的にはあたしの手を握ったまま目を逸らし、顔色が赤くなったり青くなったり、なんか脂汗みたいなてやてやしたもので顔が覆われたり。なかなか、校内一、二を争う美少女にしてはお目にかかれない有様だったと思う。
なもんだから、あたしもこう、かえって身の振り方とか来し方行く末に思いを致す余裕が生じたというか、むしろ彼女のことを生暖かい目で見守る姉のような心境……図々しくてスマン……成長を見守るファンのような心境で(これも大概だけど)見つめていたら、ようやくその視線に気がついたみたく、一瞬固まってそれから慌ててあたしの両手を放すと、耳の前から胸元に垂れた長い髪を指先に絡めるように梳いて、それでようやく落ち着いた様子に戻った。
落ち着いたというか、正面向いて居住まい正して、わざとらしく咳払いなんかして取り繕ったところを「落ち着いた」と表現するならば、だけど。
「どどどどどうしよう……私、知らない人に何てことを……」
うん、前言撤回。全然落ち着いてないや。
でも目の前の相手がこうもとっ散らかっているとかえってこっちは落ち着くというもので。
「まあまあ落ち着きなさいなお嬢さん。確かにあたしはシイナじゃないですが、お昼休みにあなたと妹さんの痴態…あわわ、艶姿を目撃したのは確かにあたし……ぐえっ」
「やっっっぱりあなただったじゃないのっ!見たこと忘れて!今すぐ忘れてぇっ!!」
「え、えぐっ……ちょ、ちょぼっとま……うぎゅぅ……」
なんなんだ一体。あたしの言ったことを聞いて顔が青くなったと思ったら今度は七割くらい涙目になって首閉めてき……うぐぅ、これほんとまずい……意識が……きゅう。
「わあっ?!ご、ごめんなさいごめんなさいシイナさん息吹き返してぇっ?!」
だからあたしはシイナじゃないですってば……。
ぱちくり。
目が覚めたら知らない天井だった、というのはいつかどこかで聞いたネタなのだけど、生憎見上げたところで見えるのは知らない双丘を暗い空だった。いやこっちの方が眼福ってものだけど。要するに品槻姉の制服を下から持ち上げる見事なふくらみだったのだし。
「……寝たふりからおはよう」
「……やっぱりバレました?」
「そりゃあね。なんだか楽しそうにニヤニヤしているんだもの」
実際楽しかったしね。こーして膝枕してもらえるだなんて考えてもみなかったし、と最後にもう一度、眼福極まり無い光景を目に焼き付けてから、身体を起こす。気を失っていたわけじゃないし、気分はすこぶるよい。いつもならあり得ないくらい、すらすらと口が動くくらいには。
……ってもね。あたし頭の中ではそこそこ言葉は行き交って、でもそれがなかなかおもてに出てこないの。もちろん、考えてること全部しゃべってたらコミュ障返上してリア充になる以前にウザがられてハブにされるの間違い無いんだけれど。
「よいしょ、と。それで、一体どーいう理由であたし首を絞めてくれたんです」
でも、なんだかこうしてみると、このひとを相手にすると不思議と落ち着いて喋れる。いきなりとんでもない場面見ちゃって、とんでもないこと言われて、更に首まで絞められたせいなんだろうか。壁みたいなのを突き崩されたというか。考えてみたらハルさんと初めて会った時も……っていうのは今はいいか。
「それは……その、自分の考えていた展開といきなり違うことになったら、どうしたらいいか分からなくなって……だって、本当だったら、シイナさんの弱みを掴んで私の頼みを聞いてもらいたかったのに……そういえばシイナさんじゃなかったのだっけ」
いろいろ突っ込みたいところは多いけど順番に一つずつ整理していくとこだな。
「えーと、あたしは椎倉です。二年三組の。妹さんと同じクラスで」
「そ、そう。ごめんね、間違えてしまって」
そう言ってどちらかというと華やかに笑う彼女は、美少女ってだけじゃなくて性格も随分とおよろしいのだろう。ますますあたしには後光が輝いて見える。南無南無。
「ええと、どうして拝むのかよく分からないけれど、椎倉さん?」
「あー、お話はともかくその前になんであたしがシイナだと思ったのか。その辺の説明を。いえ重要じゃないのは分かりますけれど、あたしとしては情報流出した経路が大変気になりますので。はい」
「そ、そう言われると申し訳ない気持ちになるけれど……ええと、購買でパンを販売しているおばさんに聞いて教えてもらったの」
おばちゃあぁぁぁぁぁん!コミュ障のあたしが珍しく毎日顔合わせてアイサツしてるのに名前正確に覚えられてなかったんかいっ!!
まあ無理もないけど。ちゃんと名乗ったわけじゃないし。頭の「シ」が合ってただけでもありがたいと思っておこ。
「この包みを見せて、これを買ってる人を教えてもらえないか、って……美味しいの?これ。なんだか見てると不安になってくるのだけど」
そりゃあ淡古印フォントで品名書かれてればそーいう気持ちにもなるでしょうって……いい加減味も飽きてきたし、ちゃんと名前を教えるついでに仕入れるの止めてもらお。あたしが買わなくなったら間違い無く売れ残るだろーし。
「おすすめはしないです。それと、あともう一つは……その、結局どういう意味なんです?あたしにおつきあいしてとかなんとかって」
言ったらなんですけどあたしコミュ障のひきこもり候補生ですよ?家族が容赦ないから引きこもりたくても出来ないですけど。
顔だってこう、年がら年中腫れぼったい目を晒して言うたらなんですけどドブスの類だと思うしとても学園のアイドルなんて表現がイヤミじゃなくて素直な賞賛になるよーな天上の美人さんが目を掛けるよーな存在にはほど遠いですよあたし、ってところまで文章まとめて一気に出力しようとしたら結論の酷さに我ながらヘコんで口に出来なかった。
「まあ、その件については、ね……」
でもまあ、品槻さんはそういうことが言いたいわけじゃなさそうで、ベンチの隣のところをぽんぽんと叩いて、座ったら?とでも言いたげに立ったままのあたしを見上げていた。
黙って立っていたらなんかいつまでも話し出す気配がなくて、話を聞くまでは逃がさへんでー、みたいな空気を醸し出していたので、大人しく指示された通りにする。
で、こちらを見ずに、考えながら言葉にするみたいに、静かに、ぽつぽつと話し出した。あたしとは完全に逆のタイプだこれ。いや今そんなことどうでもいいか。
「妹のことなの。その……昼休みに椎倉さんに見られた通り……妹の莉羽とはまあ……ああいう関係で。でも私はそれがいいことだとも思ってなくって、けど………莉羽のコトす……す、す…き……なのは、否定も出来ないし………………あの、どうしてそう体をくねくねさせてるの?」
すいません尊みが全身に萌えひろがっておりました……とも言えず、あたしは「あはは……」と曖昧に笑ってごまかす。
「なんだかばかにされたような気分なんだけど……」
「そんなことないッス。ささ、お話聞きたいので先にどうぞ、どうぞ」
「むー………真面目に聞いてよね?お願いだから。ええっと、だから私は莉羽のことがすき、で………でも、姉妹でそんなことダメだと思うし、だけど私から莉羽をふったりなんかできないし、だったら…………誰か他のひとと親密になってるところを見せて、私のことを諦めさせてあげられないか、って。私たちのことを覗いていたあなたなら、弱みを握った風に言いくるめれば、後ろめたいこともあるだろうし言うこと聞いてくれるかな、って………どうして頭を抱えるの?」
いやだって。あまりにも思考が最短距離突っ走り過ぎて。ちょくじょーてきというか、妹大事が過ぎて他のことに頭が回らなくなってるというか。
そもそもなんで妹さんに諦めさせようとして男の子じゃなくて同性のあたしにコナかけるのこのひと。頭がピンクじゃなくて百合色に染まりきってるんじゃなかろーか。そういうの、いいと思います!………じゃなくて。
「そのー、要するに妹さんとくっつきたいけどくっついたらいけないと思って、あたしを当て馬にしようと?」
「それって意味違わなくない?確か牝馬が興奮しやすいようにする雄の馬のことだったと思うんだけど」
そうだっけ?でもその意味で当て馬にされるならそれはそれでいーかも。だって、一番近いところで姉妹百合を愛でることが出来るということだからっ。
「まあそれはどっちでもいいです。で、あたしが品槻さんと一緒にいれば、妹さんは品槻さんのことを諦めるということです?」
「……と思うんだけれど」
改めて言葉にすると自信が持てなくなるっぽい。そりゃそーだろう。あたしだって「なんでそうなるの」と思ったから頭抱えていたんだし。
でもそういうことなら。
「ね、ねえ、どうかしら。協力してくれれば……その、要するに莉羽が私とのことを考え直して、あの子がちゃんとした恋愛してくれるようになればいいのだし。そのために協力してくれると……だってこんなこと他の人にお願い出来ることじゃないし……」
次第に心細そうに、声が小さくなっていく。
そんな様子で情熱的な妹にグイグイいかれる姉、というのもあたし的にはバッチこーい、てなものだけど、あたし的に一番大事なことは、だな。
「お断りします」
「………え?」
固まっていた。
あたしの隣に座って、割と必死に近い形相でこっちを見ながら喋っていた口がそのままの形で、時間が止まっていた。
「あたしとしては……むしろ望むところ、てなもんです。校内でも有名な美少女姉妹が、百合に身を窶し禁じられた恋に身を焦がす………最高のごはんです。国宝です。世界遺産です。大体ですねー、妹さんにあそこまで迫られて一度でも許してしまった身でそりゃないんじゃないすか。ホントーに妹さんのことを思っていたなら、自分がどうあれあそこではキッパリ断って身を引くべきでしょ。受け入れてしまったなら………引くことはできないっ!それが百合の道ってもんでしょーがっっっ!!」
だから、頭の中で用意した台詞も、最初から最後まで言えた。言い切った。普段からこーならコミュ障返上出来るのになあ。あたしってば考えてるうちに相手が口開いて会話が勝手に進むんだもん。
「……………えーと」
気がついたら立ち上がって指突き付けていたあたしを、品槻さんはゴマ粒みたいな目になって見上げていた。ついでに口はDを横にしたみたいな形になっていた。美少女が台無しである。そうしたのはあたしだけど。
「……………ゆりのみち、って………なに?」
気になるのはそこでいーのか。いやそれを説いたって仕方ない気がする。多分、妹の方は知らんけど姉の方は女の子同士の恋愛的な概念というかエンタメというものの造詣や素養は全く無さそうだし。
「や、それは妹さんにでも聞いて下さい。体で教えてあげるっ!とか言われてもあたし的にはごちそうさまな展開ですし。じゃっ」
と、立ち上がって帰る準備を……あ、鞄どこやったっけ。
あったあった。ベンチの裏側に置いてあった。別にそれほど高い鞄でもなんでもないけど、珍しく兄に買ってもらったもので、大事にしてないと恨めしい目で見られるのが鬱陶しいのだ。
よし、別に汚れてるわけじゃないし。問題無い。
あたしはスタスタと公園の出口に向かい、一応振り向いて確かめると、品槻さんはこちらを見て右手を胸の高さあたりに掲げ、そんでバイバイみたいに振っていた。大丈夫かな、あのひと。まあ別にこの辺はおかしなのも出ないみたいだし、問題無いとは思うけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます