第3話 怒濤の勘違い
「シシシシシシシイナとか誰のことですかっ?!あたあたあたし知らないっ?!」
いや真実シイナとか誰のことなんだあたしはシグラだ、ということを表明しただけだと言うのに、なんで我ながらこんなに怪しくなるんだろう。
ところが件の美少女氏はその返答が大いに気に入られたのか、立ち上がりはしたものの腰のあたりからくの字になってるあたしを見下ろし、嫣然と微笑む。いやこんな状況でなければ素直に見惚れるくらいにものすごーいステキな笑顔。ほんとに同い年か、このひと。
「ま、そう言われるのは予想していたけれど。どう?よければそこの公園辺りで、お話ししない?」
「はははなしとか何をすゆので?……するので?」
「そんなこと決まっているでしょう?」
そう、決まっている。昼休みにあたしが見たことなのだろう。見てはいけないものを見たあたしはきっと始末されるに違いないのだ………。
「こんな状況で二人きりになりたいだなんて……そんなこと決まってるじゃない。言わせないでよ」
ああ。あああ。もう分かった。分かりました。リア充まっしぐらの校内でも有名な美少女姉妹の姉にロックオンされてしまっては校内カースト最下層のあたしに生きていく術はなし。明日からは全校生徒に後ろ指をさされて日の当たらない場所でしか生息できないナメクジ女子高生になるしかないんだぁ………グッバイ、せめて人間らしい日々。引きこもりになんかなったら母上に屋根からぶん投げられる。だから学校に通うふりをするしかないんだろうなあ……しくしく。
「この私とつきあって、いただきたいの」
はい、分かりました……どうせあたしに拒否権は無い。奴隷でもいい、人間として扱っていただけるなら、いやこの際ペットでもいいから。だから、どうか……三食昼寝付きとネット環境だけはなにとぞ、何とぞ……………え?なんて?ひいっ?!
「ふふ。驚くのも無理はないわ。だからまずは……お友達から始めてもいいの。どう?シイナさん」
嫋やかな手つきであたしのあご先に「つつつ」てな感じで指を這わせる品槻卯実女史。いや同級生に女史てのもどうなんだ、って話なんだけど、なんかそういう表現が一番似つかわしくて。ていうか、なんか芝居じみた仕草にようやく頭が通常回転し始めるあたし。
まずその、なんだ。「つきあって欲しい」?なんのこっちゃ。突き合う方か、なんてベタな話じゃあるまいな。ていうかあなたさっきまで妹さんと濡れ場を演じていらっしゃったじゃないですか。その身で他の女口説くとかどーいうつもりなんですか。あたしには校内のアイドルに口説かれる資格なんかないですよ、っと。いや資格あるならいーのか、っつーとそんなこともないんだけど。許されない恋なら純愛貫きなさいよ他の子に色目使ってどーすんの、ってそういうことでもないな。
「……あのあの、そのぅ……まず……どゆこと……です?」
まあともかく、我に帰ったあたしは少しでも展開を変えるべく話を先に促そうとしたんだが、それが余計に焦って見えるというのはどういうことだガッデム。
くそう、別に美人はハルさんで見慣れているってぇのに対人交渉能力の乏しいコミュ障てのが根本的な問題だ。自分にそのつもりがなくても挙動不審になってしまう。
「ええ。まずは、落ち着いてお話し出来るところに場所を移しましょうか」
そのこと自体には異論はないが、傍からどう見ても不審人物が連行されるところ、という様子であたしは歩いて十五秒のところにある児童公園に引き摺り込まれたのだった。なんでこんな時にこんな都合のいい場所にそんなもんがあるんだよぅ。
「まず自己紹介よね。私は品槻卯実。見てわかると思うけれど、あなたとは同級生ね」
存じ上げております。いくら稀代のコミュ障とはいえ自分が通ってる学校の一番有名人知らないほど無気力無関心でもないです……って口答えくらいできればよかったんだが、やっぱりコミュ障のあたしはガタガタ震えんばかりの勢いでコクコク頷くことしかできなかったわけで。
「それで、有体に聞くけれど。あなた、見たわよね?」
狭い公園の片隅の、これを取り壊さないのはよほど市役所の予算が逼迫してるんじゃなかろうかと妄想するような崩れかけのコンクリート製のベンチにあたしを腰掛けさせた品槻卯実は、自分は立ったままさながら新米検事が初めて法廷で仕事する時みたいな勢いで、あたしに指突きつけ言った。ビシィッ、てな感じで。
だがあたしだって愛読書がジョジョの奇妙な冒険の第三部の父親を持つ娘。ここで迂闊に「見てません!」とか言って疑念を深めるような真似はしない。ただ相手にボロを出させるだけだ。
さあ、こんな時に備えて練りに練った反論を、声高く誇りを持って、唱えるのだ。
「みみみ見たってななな何をっ?!しょっ、証拠とか、あ、あるんですかっ?!」
…………オワタ。余計に怪しくなった。なんであたしはこうなのかっ。思えば小学校四年生の頃、クラスで共同制作した学校の模型を誰もいない教室に侵入してきたカラスがぶっ壊した時も、誰がやりましたか!とヒステリックに喚く先生の怒号で静まり返った教室をなんとかしたくて、なけなしの勇気を振り絞って「カラスがやりましたっ!あたし見ましたっ!」……と言やあいいものを、「かりゃすがやりまし……やぴましたぁっわたし見まし………なんでもありませぇん」………ってやっちゃって、自分が犯人扱いされた覚えがなあ……まああん時はハルさんが「カナタがするわけねえっ!!」とかばってくれたので有耶無耶になったけれど。あん時のハルさんかっこよかったなあ……じゃなくてね。この事態がヤバくなると妄想に逃避する癖なんとかならないのか、あたし。
「証拠?」
だが、品槻姉はというと、意外なことを聞かれたみたいに可愛く小首を傾げ(実際容姿から印象するよーな優雅ムーブなどどっかにやったみたな、かわいい仕草だった)、あまつさえ右手の人差し指をおとがいに当てたりするあざとさもトッピングして。計算づくか……恐ろしい子っ。
「証拠というと……このようなものを持ち出せば満足するのかしら?」
……だが。ほんとーに何度も繰り返すけど、だが。品槻卯実が制服上着のポケットから取り出したものは、まさに「証拠」としてあたしのあごを地面近くまで落としめるものに、相違なかったのだった。
「これが落とされていたのだけど。あなたのでしょう?」
彼女の右手人差し指と親指に挟まれヒラヒラしているもの。それに確かにあたしは見覚えが、ある。
透明なビニール袋。サイズはハンカチくらい。概ね正方形。
そして偏った位置にプリントされた文字は、こう。
「釜揚げしらすのホットサンドwithからしマヨネーズ」……そう。つまり、あたしのお昼ご飯の包み紙、そのものというわけだった……よくよく考えるとその品名、書体が淡古印で印字されているんだが、なんで食品の商品名をそんなおどろおどろしい書体で印刷するんだろう?
「これがあそこに落ちていたわ。これ、あなたのでしょう?」
……と、またもや現実逃避トリップかましてたあたしを現実に引き戻す、冷ややかながらもどこか楽しげな、品槻姉の声。
ふっ。だけどそんなことで今さら慌てふためくあたしじゃない。理詰めで証拠とやらを突き崩す交渉力を見せてやる。コミュ障なりに。
「ししし知りませんよっ?!そっ、それがあたしのものだっていう証拠がないんじゃっ、証拠にならないですよねっ!」
……コミュ障なりにがんばったよ、あたし。
「そうなの?購買に問い合わせたところ、このパンは毎日一つだけしか仕入れておらず、それもほとんどあなたが買っていく、そして今日もあなたが買っていったと、購買のパン屋の証言も得たのだけれど」
だがそんな努力も、間髪入れず受けた反撃によって、アワレ無意味な妄言と化す。
おおおおおばちゃぁぁぁぁぁんっっっ!コジンジョーホーって言葉の意味知ってますかっっっ!!
……あたしは恩知らずにも、「こんなパン売れっこないよ」としぶるおばちゃんに無理言って仕入れてもらってることなど忘れ、検察側についた購買のおばちゃんを恨んだ。
今度こそ終わった……あたしはうなだれ、品槻卯実の前に頭を垂れ、両手を差し出す。
「………はい。あたしがやりました……どうか公正なお裁きを……」
手錠でもお縄でもなんでもかけてください、って気分だったあたしだけれど、いつまで経っても手首には金属の冷たい感触も、荒縄のざらついた肌触りも訪れることはなかった。
はて?と思って見上げると、そこにはこちらを見下ろす品槻卯実の顔があった。いー加減日も暮れていたので細かい表情までは分からないけれど、少なくとも下劣な犯罪者を断罪した、って感じの雰囲気じゃなさそうだった。
えーと。
「あ、あの……?」
恐る恐る声をかけると、困ったような怒ったような、なんだか妙な顔。ちょうど公園の中の街灯が点灯したとこだったので、さっきよりは顔はよく見える。ていうか寒い。早く帰りたい。配信が始まっちゃうよぅ。
「……あ…ええ、ごめんなさい。別に見ていたことを糾弾したいわけじゃないの。少し話をしてもいいかしら?」
……ライブは諦めるかあ。それにここで「いやです」と言える立場でもないし。
あたしは大人しくお尻をずらし、彼女が腰掛けるスペースをつくる。つめたい。こんなとこに座って腰を冷やしたりしないのかしら、と思ったけれど、特に気にもかけないみたく、静かに腰掛けた。そんなところまで楚々としているところが、本当に隙が無い。でもこんな冷たいところに座って腰が冷えたりしないのかしら。あたしは今さらだけど。
「………」
なんてことを心配してはみたものの、隣に座った品槻卯実は、どう話を切り出したらいいものか、みたく膝の上に置いた両手を組んだり握ったりして落ち着きのない様子を見せている。
一方、あたしは時間が経つにつれて落ち着きを失っていく……だってそりゃそうでしょ。自分のウソを曝いてさあ話を聞いてもらおうか、で始まったのがずっと静かなまんまじゃ。
というわけなので、あたしは一人でもじもじしたり。
「………」
座ったままシャドーボクシングの真似事をしてみたり。
「……………」
いーかげん寒くなってきたので立ち上がって創作ラジオ体操第三を踊ってみたり。
「………………………」
……あ、あのー。お話あるならそろそろ始めてもらえません?ていうか寒いんですけど。そろそろお家に帰ると温かい夕食が用意されてる時刻なんですけど。うちの兄は最近彼女にフラれたとかで家に帰って来るのが早いんですけど。かろうじて引きこもってない娘より四大生の兄の方が親の期待大きくて夕食時に家にいないとそろそろ存在感が物理的に抹消されそうなんですけど。
「……………」
ってことを言えればいーんだけれど、やっぱりあたしはハルさんと家族の前以外ではどう言葉を継げばいいのかも分からない、つまんないコミュ障女でしかないわけで。
終いにはため息なんかついてしまって、先ほどまでのあたしを糾弾していた意気軒昂とした様子なんかどっかに行っちゃたみたいで。
仕方ないから、また彼女の隣に座ったら、腿の上に置いてスカートごとごしごしと擦っていた手を急に握られて。そしたら、
「ひょえっ?!」
当然こんな素っ頓狂な声も出ようってもんでしょ。
でも、彼女にはそれがツボにはまったみたいで、ぷっ、と吹き出したあとでくすくすと上品に笑い出していたのだった。
ふむん。美少女の笑顔が見られたなら道化に徹した甲斐もあったというものでしょう……なんて切り返しが出来るようならコミュ障なんかやってない。
あたしは手を握られたままガチガチに固まって、結局彼女の方から切り出すまで、何も行動を起こすことが出来なかったわけで。
「そうね。してはいけないことをしていたのは私の方。だから、あなたには何も後ろめたいことはない。これは強制でもなんでもなくて、お願いなの」
身を乗り出してくる彼女。心なしか瞳も潤んでいたりなんかしちゃったり。うう、刺激が強すぎる……。
じりじりと横にずれていくあたし。逃がすまいと考えているかどうかは分からないけれど、追いすがってくる彼女。
とうとうベンチの端にまで追い詰められた時、あたしの顔から一瞬たりとも目を逸らそうとしていなかった彼女は、ついに言った。言ってしまった。
「さっきも言ったけれど……私とつき合って……交際して欲しいの」
ぽひゅん。
改めてこー言われて、あたしは脳天から湯気でも出たんじゃないかって勢いで、赤面した。
一体何が起ころうとしてるんだ。世界はどうした。地球は終わるのか。
暗転しそーな自分の意識を必死で繋ぎ止めてるあたしに、彼女はこう告げた。
「お願い。好き、…………なの。シイナ、さん………」
………いやちょっとまて。シイナって誰だよ。そろそろ。
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