第2話 特筆することもないごく一般的な下校風景

 「……ということがありました」


 その日の下校時、ハルさんを誘って一緒に帰る途中、例の話をしてみたけれど。


 「………」


 意外に鈍かった。

 いやハルさんが鈍くさいという意味じゃなくて、折角わたし的に驚天動地の人生最大イベントが起こったことを語って進ぜたというのに、すこぶる反応が悪いのだ。

 ちなみにハルさんは、小学校の頃からの同級生。何の因果かクラスもずっと一緒。陰キャでオタのあたしとは似ても似つかぬ、どこに出しても恥ずかしくない立派な「ギャル」だった。うう、小さい頃はハルちゃんカナちゃんと呼び合った中なのに。中学生の頃は名前を並べて「遥か彼方」とか周囲に呼ばれていたのに。

 あたしが引きこもり癖を拗らせて立派な百合オタになっちゃったのとは裏腹に、幼馴染みをカレシにして、薄化粧なんかもすっかり板について、心の距離も遥か彼方に行っちゃった……。


 「いやそうでねーし。大体誰がギャルよ。こぉんな品行方正な美女つかまえて」

 「心の声を読まれてたっ?!」

 「だからフツーに口に出してたっての。その微妙なオタ芸ウザイしいい加減にしなさいよ」

 「あてっ」


 すこん、と軽く頭を引っ叩かれる。棒付きキャンディを加えたまま。そんな姿もとても様になるハルさんは、茶髪のゆるふわパーマ(しかもどちらも天然)で、やっぱり誰がどう見てもギャル……。


 「だからちげーっての。人を遊び人みたいに言うなって。ていうかカナタ、あんたも口が軽いっつうか口にしていいことと悪いことくらい区別つけなよ。こんなどこで誰が聞いてるか分かんないところで、そんな他人の秘め事めいた出来事しゃべったらダメでしょーが」


 そりゃまあ、下校途中の歩きながら、では聞き耳たてる人がおるやもしれないってもんだけど、あたしの話になんか興味持つ人いないでしょ……いや、ハルさんのことなら興味持つヤツはおるだろなあ……。


 琴原春佳。見た目、先程述べた通り天然茶髪に天パがトレードマークの、美少女というよりは美女。あたしより身長が十五センチも高く、脱ぐとスゴイんです系。肌も白くてとてもきめ細かく同性ながらうらやま…惚れ惚れする。昔あったと気く、ガングロとかなんとかいう、いかにもなギャル像とはかけ離れているので、本人の主張も宜なるかな、という次第ではあるのだ。

 そんなハルさんとあたしが何故長年友だち付き合いしているのかということを話すと長くなるけれど、とにかくあたしとしては百合趣味をつまびらかに開陳しても引かない数少ない存在なのだ。いやあ、持つべきは気の置ける友人ですな!


 「それは気の置けない、っていうの。あんた本とか読む割には意外に言葉知らないわよね」

 「そうだっけ?まあそんなことどうでもいーじゃない。要はハルさんとあたしは仲が良い、ってことが分かればいーんだし」

 「あーしはそっちの趣味ないからね」

 「あたしだって自分についてはないわよー。大体ハルさんカレシいるじゃん。雪之丞、元気?」

 「んー、また爺さまにシゴかれたっつって愚痴が来てた。次の日曜はなぐさめてやっかぁ」

 「それはどーもごちそうさま」


 そりゃどういう意味だよ、と棒付きキャンディを持った方の手で小突かれた。人口香料のグレープの香りがあたしの鼻先をくすぐる。ハルさんこの味好きだなー。


 「とにかくだね、カナタ。あの二人が怪しい、なんてのは結構噂にはなってんの」


 マジですか。あたしクラスメイトのリアルな噂とかあんまり耳に入らないからなあ。妄想の方が楽しいし。


 「そんな中であんたの見たようなことがあった、なんてあったらドえらいことになるでしょうが。ただでさえ注目されがちな人らなんだから、少しは気をつかえ、少しは」

 「やけに少しのとこを強調してくれますね、ハルさんや。少しでいいのかい?」

 「別に?あーしだってあの二人がどうなろうが知ったこっちゃねーもん。基本的には。ま、妹の方はクラスメイトだし、それなりの対応はするけどさ」


 まー、ハルさんと品槻妹じゃつるむグループ違うしね。ドライになるのも無理ないか。


 「とにかくさ、見たものでカナタが何を妄想膨らまそうがカナの勝手だけど、あんま他人に迷惑かけんじゃないよ」

 「分かってるって。あたしもナマモノは専門外だし」

 「そこんとこは信用してるけどね」


 ナマモノが何者か知ってるのは、さんざんあたしがこのテの話を吹き込んだからである。いや百合っぽい話じゃなくて、オタにとっての妄想という概念の重要さを、ね。お陰で我が友人ながらオタ趣味への偏見が無くて助かる。


 ……で、あとはソッチとは関係無い話で、家への分かれ道まで時間を過ごした。

 内容は、と言えばまあ、あそこの菓子が美味しいだの校内でのしょーもない噂話(今話題の二人のことは『しょーもない』の範疇を出る)だのベンキョがどーのだのといった、他愛の無いものばかりで、どれも長続きするようなもんじゃない。

 ちなみに小学生の頃は家はすぐご近所だったのだけど、中学に上がる頃にハルさんの家は少し離れたところに引っ越したため、こうして一緒に帰ることも前ほど頻繁じゃなくなった。これはハルさんにカレシが出来たことと無関係ではない…と思う。だってあの雪之丞だしなあ、とぽやんとしたあたしのもう一人染の顔を思い浮かべてハルさんと見比べ、「やっぱヤローにはもったいねーわ」と口に漏らしたところで、ちょうど家への道が分かれるところに来た。


 「ん、じゃあーしはここで」

 「はぁい。雪之丞によろしくね」

 「言われるまでもねーって。つか、別にあーしはあいつにとって勿体無いほどの女じゃねーよ」


 苦笑しながら手を振り去っていった。しっかり独り言を聞かれて、意味も誤解なく解釈されてしまったらしい。こーいうところが気の休まる相手なんだよなあ。ありがたやありがたや。

 十一月の夕暮れを背に歩いてくハルさんの背中を拝みながら、あたしも自分ちに向かう。今日はお気にの配信者のライブ配信があるのだ。GL本のラインナップが充実してる本屋に寄り道してる場合じゃない。ちなみにあたしは本屋で表紙買いすることが多いので、当たり外れで言えば結構ハズレをつかまされることも多い。が、小遣いでやりくりする高校生がこんなことではいかんと一念発起して修行した結果、ここ一年くらいは「金返せぇぇぇぇぇ!!」と怨嗟の声を上げることもほとんど無くなった……なんてことを考えていたならば。


 「……あれ?ここどこ?」


 気がついて辺りを見回す。

 いや、別に見覚えがない場所、ってことはない。何百回も歩いた道だし、見間違ったりするわけがない。光景自体は見慣れた通学路だ。秋も深まってそこまで時間が遅いわけじゃないにも関わらず、お空の色は橙より紫の方が多いなあ、と思うくらいのものだ。

 ふと、逢魔時、なんて言葉を思い出す。ハルさんはあたしのことを、本を読む割に言葉を知らない、なんて言ってくれたけれど、あたしだって知らないことはないのだ。使う場所が適切でないだけで……誰だあたし自身が不適切な存在だなどと言う奴は。


 「って、一人でボケてる場合じゃないか。帰ろ」


 まあ迷子になったわけでないし。これはあれだ。なんかこう、見慣れた場所だけど急に人の姿が見えなくなって雰囲気が違って見えるようになっただけ、って奴だ。実際、さっきまで見せた他の歩行者の姿もないのだし。人通り自体は多い場所だけど、そんなことが全くないってこともないんだろう。

 ……と、不安を振りはらうようにして歩き出したときだった。


 「ようやく一人になってくれましたね」


 あー、人が全くいない、なんてことは流石にないか。あたしの目が鈍くさいだけなんだろう、きっと。いや誰が鈍くさいだ。あたしはこれでも体育の成績は悪か無いんだぞ。身体測定は成績上位だし。ただ球技の授業でボールが回ってこないから目立たないだけで……自分で言ってて悲しくなってきた。


 「ちょっと。そこのあなた!」


 大体二人一組って制度が悪い。あんなもん誰が考え出したんだ。ハルさんもハルさんだよ。あたしが一人になるの分かりきってるのに、声かけてきた他のクラスメイトのとこに行っちゃうんだもん。


 「ちょっと!……ええと、確か……シイナさん!」


 さっきからうるさいな。誰だか知らないけどさっさと返事してやりなよシイナさん。

 あ、そうそうハルさんだけど、そんなことのあった後に「だったら自分から声かけてくりゃいーじゃん」とかってさあ……そんな真似できたら最初からやってるよぅ、ハルさん相手にじゃなくて。それができないからいまだにハルさん以外に友だちいないんじゃん。ぶぅ。


 「無視しないでくださいっ!」


 「わひゃあっ?!」


 ぐい、と肩を掴まれ、あたしは頓狂な声を出しながらすっ転んだ。仰向けに。でんぐり返ってスカートがいい感じになっていた。ちょっ?!


 「あ、ああごめんなさいごめんなさい!」


 多分あたしの肩を引っ掴んで転がしてくれた人が謝りながら体を起こしてくれた。股上の深いだっさいショーツをお披露目せずに済んだだろうか?いやこの人が見てなけりゃ他に誰も見てないだろうけど……って、え。


 「怪我はしていませんか?ええっと……シイナ、さん?」


 さっきからシイナシイナ言ってたのはあたしのことか。あたしゃシイナじゃなくて椎倉なんだけど。いやそれよりも。


 「はい」


 と、あたしに手を差し伸べて心配そうな顔をしているのは、清楚系を絵にかいたような黒髪のロングヘアーに、屈んでいても重力を感じさせずにはおれない立派な双丘をその胸部に備える、同じ制服の美少女。


 「ど、どうぼ……」


 立ち上がるだけのことにいちいちどもりながらヨタヨタという態になるのは理由が二つある。

 一つは、相手が同じ制服だけにあたしが引き立て役にしかならないだろー超絶的美少女っぷりに目が眩んで、だ。


 「よかった。ごめんなさい、急に掴んだりして。それより……先ほどぶり、ですね。シイナさん」


 ……そしてもう一つは、相手が昼休みにとっても蠱惑的でセクシャルでマーベラスなお姿を拝見した二人組のうちの姉の方、品槻卯実その人だったからなのだ。

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