姉妹百合にはさまる女は罪!
河藤十無
第1話 ホット・ガールズ
「お姉ちゃん………だいすき…」
「………だめ、やっぱり、だめ………んっ」
「…………ン、お姉ちゃん、だめだよそんなこと言ったら……もうここのところ、こんなになってる………っ」
「っ……それは……でも……私だけじゃない……だめだよ、こんなの………」
「いいの……だめになろうよ、お姉ちゃん……いっしょに、だめに……ね?お姉ちゃん………」
「……………」
「ん……」
「すき……」
いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!……あ、お昼ごはんがこぼれ落ちるところだった。しかしさっき見つけたこの動画、琴線に触れまくって素晴らしいな。保存しとこ。
あたしはあほみたいにぼけーっと開いた口からおっこちかけたサンドイッチを救助すると、スマホをポケットに収めてカビ臭い講堂の入口を開け……るまでもなかった。誰か閉め忘れたのかな?まあいいや。とりあえずお邪魔しまぁす、と。
この学校で数少ない、昼休みでも人気のない陰キャの
もちろんあたしだって食べ盛りの少年少女の一員だという自覚はある。実際今の今でも、購買の裏メニュー「釜揚げしらすのホットサンドwithからしマヨネーズ」をかじりながら昼なお薄暗い倉庫の中をうごめいているのだから。
ものを食べながら何をしているのか、だって?この時間、この場所でしか消化出来ないものが確かにこの世にはあるのだから仕方がないじゃない。主に家で再生出来ないアレとかコレとか………いや待って待って。別にいかがわしいものを観ようとしているわけじゃない。ただそのー、家族にアレされると親兄弟の目がアレになってあたしの人生アレ?ってなるじゃない。
いやだからいかがわしいものじゃないってばっ。あたしだって芳紀十七歳のじょしこおせえの一人。世間的にいかがわしーとされるものへの興味くらい人並みにはあるし、親だってそーいう理解はある。あるはず。あると思う。多分。
だけど、その、そーいう理解の範疇外というものだって世の中にはあってね………女の子が百合もののボイロ動画専門に観ているとか知られたらやっぱりいろいろと。自覚があるからって容認されると思えるわけでもないのよね。
だから家でもなく、学校でも人の来ない場所で昼休みのささやかな一人遊びとして、こうして滅多に使われない第三講堂の舞台裏倉庫、なんて穴場にほぼほぼ毎日よよーにへこへこと潜り込んでいるんだけれど……誰よ、友だちいないからだろとか言うのは。そんなわけあるに決まってますが何か?ただ一人の親友はカレシが出来てからというもの付き合い悪くて毎日死にそうになってますが何か?惚気てこないのがせめてもの慰めっつうか気をつかわれてるみたいで余計に惨めになるっちゅうんじゃああああああっっっ!………はあ、はあ。
あ、いやそれはどうでもいいの。とにかく今はささやかな趣味的行為の習慣を遂行するためにね、こうして錆びた机の脚の間をレッツストーキン!……ただ四つん這いになって這ってるだけだってば。埃まみれになるのも厭わず。いや厭うてはいるか。いくらなんでも月曜にクリーニングから戻って来た制服を埃まみれにして帰ったら母に鉄拳制裁をお見舞いされる。なんで文系インドア派なのに無駄に武闘派なんだろううちの母親。
というわけだったので、いつもよりかなり慎重に、自然と静かぁに、ピラミッドの奥地へ向かう。
そしていつもなら、だ。
これから冬に向かおうという季節、こぉんな寒い場所に訪れる輩などますます減っていき、周囲の警戒に困難を生じるイヤホンなんか使わずとも存分にスマホ片手に「デュフフ」と我ながら気色悪い笑い声をあげることだって可能になるというのに。
「………」
「ん…………っ、……ちゃん……」
どうしてこんな薄寒い時期の薄ら寒いと場所にあたし以外の人の気配があるのか。このひきこもりに堕するにまだどうにか踏みとどまっているだけが取り柄のあたしが、唯一自分を解放出来る最後の砦に不法侵入している不逞の輩は何者だ。しかも二人。二人?まさか誰もいないし来ないのをいいことに盛っちゃってるんじゃないだろうな。若い男女が。けしからん。顔のわかる写真の一枚でも撮って「へっへっへ。これをばらまかれたくないんなら……分かっているな?」と悪役ムーブでもしてみよまいか。いやコミュ障には無理な話か。そんな真似したところで誰も信じてくれるわけがない。あたしコミュ障だし。
それはともかくとして、止せばいいのに好奇心にかられて四つん這いを続行する。大体写真なんか撮れるわけないし。シャッター音とかいう余計な音が鳴ってバレるっつーの。ほんっと、今どきのスマホってこういうところ気が利かない……ってハルさんに愚痴ったら、カナみたいなのがいるから音出るようになってんだろ、って呆れてた。どういう意味だろ。
それはともかくとして(二回目)。
最初は掠れ気味の声がどっかから聞こえてくる……って具合だったものが、音源に接近するにつれてその正体も見えてくる。
倉庫の窓にはカーテンがかかっていて、けれど薄いものだから外の光はちゃんと入っていてこっちから見ると逆光になる。とはいえ、その正体判別するにはちょうどいい按配だ。
どれどれ。昼休みの学校で濡れ場を作っている困ったヤツは一体誰よ?と、にじりよりつつ、机の脚の間からその様子を覗いたならば。
(………うそぉん……)
思わずため息がもれた。もれてしまった。そっこーで口に手を当て、それ以上声が洩れないようにする。こんなん見つかったらお終い……いや、もったいない。
だってそこに見えたのは。紺の上着にグレーのチェックのスカート。が二人分。今あたしがいる位置からは、スカートからのぞく、細くて白いきれーなおみ足が合計四本。つまり、女子生徒が二人。
思わず息を呑む。なんだかただならぬ雰囲気だ。
だって、向かい合ってると思われる二組の足は、近付いたかと思ったらもっと近付いて。そんでそれを躊躇うように動きを止めていったん離れる。でもそれを後悔するみたく、寸前よりも更に近付いたり。で、またちょっと離れて近付いたり。そんなことを繰り返す。
その様だけでもあんよの上にある女の子二人がどんな関係なのかを妄想させるのに十分だってのに。
あたしは自分をこうも静かにコーフンさせてくれる神さま……けしからんヤカラの正体を確かめてやろうと、ゆっくりゆっくり……ゆぅっくり、手足を繰って、位置を移す。こんな時に机の脚にぶつかって音を立てるほどあたしはドジではないのだ。いやドジという自覚はあるけど、この時ばかりは生まれてこのかた無かったくらいに、もしかしたら高校受験の時よりもはるかに真摯に、慎重に、身体を動かした。
そしたら、見つけた。見ることが、できた。それは、極上の演者だった。
だってその二人は校内で知らない者の居ない、品槻姉妹。姉と妹が年子で同じ二年生、っていうだけでも珍しいのだけど、タイプは異なれど揃いも揃ってどちらも美少女。超、のつく。あるいはその前に、もひとつおまけに「すこぶるつきの」を付け加えてもいい。すこぶるつきの超美少女。うわぁ、世界遺産じゃん。
で、世界遺産の姉は、
そして妹、
そう、妹の品槻莉羽とは同じクラスなのだ。二年になってから一度も会話したことないけど。遠くから眺めてるだけで、おなかいっぱいぃぃ……。
「……ね、お姉ちゃん……いいでしょ?」
あいや、そうじゃない。今机と椅子の脚の重なる向こうに見えるのは、身長差約十センチと思しき二つの人影がぴっとりと一つになってる光景だ。分かりやすく言えば、二人の少女が抱き合っている姿だ。
それだけでもあたし的には鼻血ブーもんだっていうのに、多分きっとこっちを見てないといいなあ、って感じのその二人の横顔はいー感じに紅潮している。そして至近で見つめ合っている。これは、誰がどう見ても……。
(ごくり……)
思わず生唾を飲み込む、音。当然あたし自身のもの。期待と困惑とそれから想像でしかなかったものが今目の前にあるっていう、非現実感。
日常よさようなら。ドラマチックな日々よこんにちは。それがあたし自身のことじゃないのはちっとも残念じゃない。だって百合は遠くから愛でるもの。遠くにあって思うもの。でも目の前にあるものをもっと近くで見たいと思うのは人情ってもんじゃない?
(……もーちょい。もーちょっと、そのささやくよーな愛の睦事がこの耳に入って脳髄に染み入ってあたしの人生最後の時を彩るくらいには近付きたいっ!!……じりじり。じりじり)
四つん這いからほとんど匍匐前進に。とりあえず埃まみれの制服で帰って母におしりをふとん叩きでフルスイングされる覚悟は完了した。
「お姉ちゃん………」
「莉羽………」
互いに名前を呼び合う姉妹が間近に感じる吐息は蕩けるように熱いに違いない。
それからひしと抱き合う二人。きっとお互いのことしか意識にないだろう。もっと近付いても気づかれない。気付かれない。だからもっと。もっとあたしに百合色の夢をっっっ!!
「お姉ちゃん………だいすき…」
よっしゃきたぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!
最&高のタイミングでっ!!
マイ視界にその様子を捉えると同時にッ!!
妹の真っ直ぐで濡れた視線が姉を貫く姿を!!
あたしは手に入れることがッ!!
出来たぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!&!!
「……………り、う……」
あああああぁぁぁぁぁ…………おや?姉の様子が?
ヘンですな。ここは妹の熱にとろかされた姉が己が情動にせかされるがままに妹と一つにならんばかりに強く強く強く掻き抱いて、そして熱い熱い熱いべぇぜを交わす場面なのでは?
いっそ飛び出して背中蹴飛ばしてあげようか、といらんお世話を焼こうと思ったあたしだったけれど、人類史上最高に尊い場面に居合わせたオーディエンスとしてそれは決して許されないこと。だから血の涙を呑んでそれは諦めた。
代わりに寸毫の間もこの場面を見逃すまいと、眼球がミイラになるくらいの勢いで遠目を絞る。
「莉羽………私も………だめ、やっぱり、だめ………んっ」
なんでやっ。そこはもう……いけっ!いくんだっっ!!
「…………ン、お姉ちゃん、だめだよそんなこと言ったら……わたしにはお姉ちゃんしかいないんだから……っ」
そうだっ!妹にはお姉ちゃんしかいない。お姉ちゃんにも妹しかいない。だから二人は比翼の連理!
「でも……莉羽がいるとやっぱり私、だめになる…………ふぅン………」
「いいよ……いっしょにだめになろ?お姉ちゃん………だいすき………」
なれっ!ダメに………なれっ!!………って冷静に考えたらこの場で一番駄目な人間はわたしのような気もするけれど、今はそんなことより鼓膜のナノメートルの動きすら逃さぬよう全身神経耳にカモォン!!
「莉羽……莉羽……りうぅ……………」
溶岩より熱そうな妹の熱気に呑まれたか、姉はもう固形をとるのも困難みたいなぐにゃんぐにゃんのゆるんゆるんで妹を力無く抱きとめ、そしてそして………。
「ん……」
「すき……」
掠れた声が二つに重なり、濡れた唇も同じように二つに重なった。
そんな光景を見て。仰げば尊しが脳内に鳴り響く中、わたしは。
(いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!)
……と、ガッツポーズをキめていた。
いやだってだって。こんな尊いものがこの地上にあるのだって!
わたしに教えてくれた神さま………ありがとうっっっ!!
全ての地下地上天上の神々と聖者と天使とあとあとえとえとなんかえらい人たち全てに感謝を込めてッッッ!!………あああ、もうわたしは思い残すことはないぃぃぃ………ごちそうさまでした。
あとはもう野暮ってもんでしょ。気付かれないように、後ずさる。
こんなん見ちゃったら当分オカズには困らな……あわわ、そうじゃなくて妄想には困らないからねっ。
お二人さん、お幸せにぃぃぃ………と、ほどよく後退したところで、四つん這いに戻ってまわれみg
ガタッ。
「誰?!」
あ。しまった。
最後の最後でやってしまったわたし。慌てて反転して、脱兎のように駆け出す。四つん這いのまま。きっと傍から見たらエクソシストに出てくるクリーチャーのようだったに違いない、後から思ったのだけれど。我ながらキモいことこの上ない。
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