第十八話 ディアナにドレスと祝福の指輪を
北通りの商店街。
この辺りにあるのは他の通りにある様な個人商店じゃなくて、大商会の運営する大型の高級店舗ばかりだ。はっきり言えば、俺なんかは一生関わり合いになる事が無い店、いや、流石にディアナとの結婚式に着るスーツやウエディングドレスは買いに来る可能性はあったのか。
この世界に過去に流れて来た異世界人の中には日本人がいたみたいで、女神アイリスを崇める神社なんかもあるんだよな……。だから醤油なんかがある訳だし……。
ウエディングドレスを着る洋風の結婚式だけじゃなくて、白無垢を着て和風の結婚式なんて事も可能なんだよね。どっちにしろ教会や神社で結婚式を挙げるには、ディアナを説得しないといけないんだけどさ。
「ゴッフレード商会か……。まさかここを利用する事になるとはね」
「大きなお店ですね……。入り口に警備兵までいますよ」
「そりゃいるだろうな。ここは迷宮都市フォーメイズ三大商会の一つで、この街にある大型店舗のうちのひとつだから」
ここで扱っているのは服がメイン……、というか正確には服を仕立てる前の反物だね。
上の階に行くと靴とか宝石類も扱ってるけどさ。
ダンジョン産の宝石や装飾品も扱ってるけど、そのまま売ってる場合と今風に作り直してるケースがある。
価値が高いのはダンジョンで手に入れたそのままの状態で売っている場合なんだとか。長い歴史の中で失われている技術もあるみたいで、指輪とかにものすっごく細かいギミックが仕込まれたものもあるって聞いた。
「いったん着替えて来たけど、俺の場合この服でもギリギリだな」
「そんな素敵な服なのにですか?」
「格がね……、これも流れてる服の中じゃマシな方なんだけどさ」
流れてるってのは古着屋に流されてどのくらい人の手を渡ったかって話だね。
売られている服ってモノは、こういった店で貴族が仕立てるのがまずスタート。大商会の役員レベルの人間には服を仕立ててる人も多いけど、大商会の中には貴族もいるしね。
その後、この辺りで大き目な店舗を構えるような一流の古着屋で買うのが割と大手の商会の従業員辺り。貴族も売る時にはそういった店で売んだよね。
そこから南エリア辺りで店を構える古着専門店で買うのが、ちょっと小銭を持つ市民や冒険者の中でも稼ぎの良いごく一部。俺が買っているのもこの辺りの店だ。
更に売りに出されて、雑貨屋と兼業な店舗辺りで買うのが一般冒険者と、若干稼ぎの悪い人達。服を買うのはこの層が一番多いって言われてるね。
だいたいそこで着潰されるんだけど、何の因果かそれを着れるかどうかギリギリの状態で売られているのが露店だ。体に合わせてある程度の大きさを合わせられるくらいで、試着なんて当然できない。
ボタンが無かったり所々破れている場合も多いので、その辺りを何とかする技術も必要だけど、この世界の人間って割とそのあたりの技術を持ってるんだよね。
そして最終的にぼろ布になって、デカい箱にぶち込まれて売られているのが最終段階。
孤児院なんかの職員は、この辺りのぼろ布を搔き集めて服に仕立て直すそうだ。寄付が少なくて、服に回す予算なんて本当に無いらしいから……。
「私が元居た世界ですと、ライカさんが今着ているような服を貴族が着ていました」
「この状態の服を?」
「はい。と言いますか、その状態よりもう少しくたびれたような服です」
マジか!!
というか、食うのがギリギリの世界で服なんかに割く余裕はないんだろうな。
貴族がそのレベルだと、一般人とかどんな服を着ているんだろう?
ちょっと怖いな。
「出会った時のディアナって、かなりいい服だったよね?」
「あの服は式典とかで着る様な服でしたので……。色々と身に着けてたじゃないですか」
「そういえばそうだね……」
聖女だし、式典の時には貴族よりいい服を着てたのか。
貴族も大変だっただろうな……。ほとんど女性だけだって話だし、ドレス姿の人ばかりだったんだろうけどさ。
「とりあえず行こうか。流石に止められる事は無いと思うけど」
「止められたりするんですか?」
「あまりにも酷い格好だとね。俺たちは大丈夫さ」
「あの……。少しよろしいですか?」
止められたよ!!
しかも俺のセリフと被るタイミングでさ!!
おいおい、この格好だと大丈夫だろ? っと、ここは冷静を装って丁寧に対応しないとな。
「はい、なんでしょうか?」
「失礼だとは思いますが、もしかしてお二人はライカ様とディアナ様でしょうか?」
「どうして私たちの名を……」
「やはりそうでしたか!! 救国の英雄として有名なお二人に、当商会を訪ねていただけるとは光栄です!!」
そっちか!! いや~、そうだよな。この格好で止められる訳ないじゃん。ちょっと嫌な汗が出ちゃったよ。
今着てる服はディアナと付き合い始めてから、割と大きい店舗で買ったんだぞ。みすぼらしい恰好をして彼女に恥をかかせないように、商会の人間が着る様な結構お高めの服だしな。
「領都で厄介事があるみたいでしてね。俺にスーツと彼女にドレスを数着仕立てて貰いたいんですが」
「晩餐会と式典用のスーツやドレスですね。ゴッフレード商会の名に懸けまして、最高の物をお仕立ていたします」
「お願いします」
耳が早いというか、おそらく冒険者ギルドに使者が行った時点で待ち構えていたんだろうな。
実はこの近くにエウフェミア商会って似たような規模の大商会があって、そこがゴッフレード商会をライバル視してるって話はよく聞く。
俺が貴族になれば先に声をかけたゴッフレード商会はその慧眼を認められるだろうし、今の俺といい関係でいられるのも悪い話じゃないしな。
っと、専用の店員が俺とディアナに三人ずつ付いて、それぞれを専用のフロアに案内してくれるみたいだ。
「それじゃあ、また後でね」
「わかりました」
「……当店では、ウエディングドレスの仕立ても受け付けております」
「そこが難しいんですよ。何とか式までに説得しますけど」
ディアナが別の階に行った後で店員が提案してきたんだけど、一番肝心なところはそこなんだよな……。
この世界だと基本的にウエディングドレスは男側が金を出すのが常識だ。
一生に一度の晴れ舞台に着る服を用意できない男ほどみじめな奴はいない。この世界では死別以外での離婚率って本当に低いからね。
「ああ、宗教的なアレですか」
「そこなんですよね。女神アイリス以外の女神様を信仰する教会もありますし」
「この国でですと無いですよね?」
「そうらしいですね。でも、他にも女神様がいるんですよ」
流石に女神プリムローズを信仰する教会は無いけど、他の女神を信仰する教会は存在する。女神アイリスのと仲のいい女神アプリコット様の教会がそれだ。
農家なんかでは意外にこの女神様の方を信仰している場合の方が多かったりする。俺もそうだしね。
「ああ、女神アプリコット様ですか。冒険者の人には意外に人気ですよね」
「冒険者は元農家の三男とかが多いですから。その影響でしょう」
「農耕の女神様でしたっけ?」
「農家に信仰されてる事が多いだけで、それ以外にも色々と加護を与えてくださる女神様ですよ」
この世界をほとんど放置している女神アイリスより、割と頻繁に信託をくださる女神アプリコット様の方がよっぽど女神をしているんじゃないかと思う。
ディアナが信仰している女神様は、その女神アプリコット様ですらないんだけどさ。
流石にこの世界に女神プリムローズの教会なんてないしな。
「教会が使えないとなると、大きなレストランかどこかでの式ですか?」
「説得に失敗したらそうします。でも、ウエディングドレスはお願いすると思いますよ」
「その時は最高のドレスをご用意します」
「ありがとう。……下着の方のシャツは、もう少し目立たない色の方がよくないですか?」
「そうですね。この色でもそこまで透けてこないと思いますが、もう一段階白いシャツを選びます」
真っ白に漂白されている生糸は高いし、それを使っているシャツはやっぱり高い。
だから白に近い状態の物が段階的に何色も用意されているんだけど、俺がお願いしたのは一番白いシャツだ。
何と元の世界ではコンビニとかで数百円で売られている様な白いシャツが、この世界だと一枚五千ゴルダ!!
もう一段くすんでいる糸を使ったシャツは半額の二千五百ゴルダ。着心地はほぼ変わらないけど、白いワイシャツを着た時に若干灰色が透けるんだよね。
「細かい事を言ってごめんな。今回は相手が侯爵様だし、少しでも不安要素は消しておきたかったんだ……」
「あの、ライカ様は本当に冒険者ですよね?」
「そうですよ。店は持っていませんが、料理人でもありますけどね。一応メインは冒険者になるんだよな~。多分、これからも……」
料理をするのは好きだし、誰かに美味しい物を食べて貰うのはもっと好きだ。
だからこの世界でも冒険者をしていない時に資金稼ぎの手段として、バイトで当時はそこまで流行ってなかった
ん~、俺って冒険者に見えないのかな?
「貴族様って訳じゃないですよね?」
「まだね。なんだか
「いえ。そうではなくて、ライカ様の言葉遣いや身の熟しは冒険者よりも貴族様に近いものですので。貴族様以外で、ライカ様の年齢でそこまで礼儀正しい方なんていません」
「なるほど。俺が粗暴な奴は嫌いだからな……」
「そういう事ですか。本当にライカ様は冒険者に見えませんよ」
冒険者の中には粗暴な奴も多い。
身一つで財宝を手にしようって奴らだ、そのくらいの気概が無いとやってられないからね。
だけど物事には限度があるし、そういう奴らが運よくグレックスに入れた時は真っ先にその辺りを修正される。
パーティ崩壊の原因にもなるし、そんな冒険者が多いとグレックスの格を落とすからな。
「スーツ三着と靴を含めた小物のフルセットで五十万ゴルダか。まさかこんなレベルの服を頼む日が来るとは思わなかったよ」
「大商会の役員でも、ここまでの服を頼まれる事は滅多にありませんよ」
「そうなんですか?」
「よく売れているのは、もうワンランク落ちる服ですね。仕立てる生地次第ですが」
古着屋みたいな吊り物じゃないから、服を仕立てる時に重要なのは最初に選ぶ生地なんだよね。
この辺りは羊も飼ってるし、他の街より生地は安い方だって話は聞いている。
マジックバッグを使った輸送が確立してるこの世界でも、意外にこの差が馬鹿にならないんだよね……。
とりあえず、これで服は何とかなるかな?
「いい服をありがとう。本当に一週間で仕立てあがるの?」
「ゴッフレード商会の名に懸けて、その期間でも最高の状態で仕上げて見せます」
「ありがとう。本気で間に合うかどうかが心配だったんだ」
移動した後、向こうで数日の待機期間がある。向こうにもいろいろ準備があるのに、着きました~その日に式典ですなんてありえないからね。
その日数を引くと、ひと月後でも本当にギリギリだ。
お、ディアナも終わったみたいだね。ちょうどよかった。
「ライカさん、お待たせしました」
「ディアナもドレスの採寸が終わったんだね。向こうで見るのが楽しみだよ」
「こんな素敵なドレスを買える日が来るなんて思いませんでした……。本当に、よかったです」
「女神様の思し召しだね」
どうしてこの世界に飛ばされる人物にディアナが選ばれたのかは知らないけど、俺はディアナを選んでくれた女神プリムローズに心から感謝したい位だ。
ディアナにしても地獄のような世界から抜け出せた訳で、本当に幸運だったみたいだし……。
ん? 指輪か……。この規模の店だったら、そりゃ指輪も売ってるよね。というか、あの店員たち、わざとこの場所を選んだな……。
「ディアナはペアリングとか欲しいと思う?」
「ペアリングって、前の所でしたらほぼあり得ませんでしたね」
「そりゃそうだけど、こっちにはこんな指輪もあるんだけど。どうかな?」
祝福の指輪。
元の世界の婚約指輪に近い存在で、結婚したり付き合ってる人がトラブル防止に身に着ける事が多い。どっちかと言えば、結婚指輪に近いのかな?
冒険者でも身に着けてる人がそこそこいたりする。
「祝福の指輪ですね。お二人はそういった関係で?」
「はい。いい機会なんで買っておこうと思うんですが」
「わわわ、私なんかに本当にいいんですか?」
「俺はディアナがいいんだ。まだ式を挙げる段階じゃないけど、受け取って貰えるかな?」
結婚式を挙げずに祝福の指輪を送りあって済ませる人も多い世界だしな。これを送れば、実質結婚したような関係になる。
店員は慣れた手つきで、俺達の左手中指の指のサイズを図っていく。
この世界だと、何故か左手の中指なんだよね……。
「これはシンプルなデザインだけど、あまり派手だと冒険者活動中に邪魔になるといけないから」
「そんなこと、気に……。あれ?」
ディアナの瞳から大粒の涙が零れ落ちる。優しくそっと抱きしめたら、ディアナはそのまましばらく泣いていた。
大袈裟だな。まだ式を挙げた訳じゃないのに。
「おめでとうございます」
「ありがとう、ディアナもういいかな?」
「ありがとうございました。もう、大丈夫です」
祝福の指輪の値段はペアで五万ゴルダ。
安くは無いけど、送ってよかったなって心から思っている。
「それじゃあ、十二日後に取りに来ますので」
「はい、お待ちしておりますね」
俺のスーツは一週間だけど、ディアナのドレスは十日掛かるってさ。
余裕をもって十二日後に俺のスーツと一緒に引き取りに行くって話にして貰った。
これで服の問題は解決だ。後は向こうで何も起こらなきゃいいんだけどね。
◇◇◇
この日の夜、俺はディアナのマジモードを体験する事になった。
原因は当然この祝福の指輪なんだけど、今までのアレでもかなり手加減してくれてたんだって実感したよ。
おかしいな。俺もこの二ヶ月でかなり経験値を積んだ筈なのに、結局ディアナのいいようにされて終わりましたとさ。
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