第十七話 領都から届いた厄介事



 魔族タナトスネイルとの戦いから、既に半月経過した。


 奴が各グレックスや冒険者ギルドに残した爪痕は大きく、何処も失った戦力と人員の補充に躍起になっている。


 鉄壁と剛腕にも誘いの声が何度も来たそうだが、あいつらもソロに慣れているのでいまさらグレックスで他の冒険者と活動なんてまっぴらごめんって事らしい。


 問題になった報酬だけど、参加者全員に領主マルキーニ伯爵から十分な報酬が支払われ、魔族タナトスネイルを撃破した俺達には追加の報酬まで出た位だ。ここまでは予想の範囲内だったんだけど、ベルトロット侯爵から更に追加の報酬が出るって事になって一気に面倒な事態に発展してくれた。


「冒険者ギルドからも報酬が出たし、これだけで十分だったんだけどな」


「厄災級の魔族を冒険者が倒したって事が問題なんだろう。冒険者は根無し草だし、この国に留まって欲しいって事なのさ」


「それで、領都ウィステリアで追加報酬の授与と歓迎の晩餐会か……。そういえば、鉄壁と剛腕の二人は逃げたそうじゃないか」


「あの二人に晩餐会のマナーが覚えられると思うか? それに、魅惑みわく星天せいてん亭で働いていた実績のあるお前やディアナさんはともかく、鉄壁と剛腕の二人はこういったお堅い食事会が苦手だからな」


 そりゃ無理だろうけどさ。ベルトロット侯爵様との晩餐会なんて、いくら俺達が主役の一人だとしてもある程度のマナーは求められるだろうしね。あの二人が出された料理を、行儀良くナイフとフォークで食べるとは思わない。


 という訳で、あの二人はあの時ほとんど役に立てなかったとか言い出して、ダンジョンに籠って修行中なんだよな。


 本当の理由はどう考えても、めんどくさい晩餐会に出たくないからなんだけど。


「魔族を倒したお前はよほどの事が無い限り無礼打ちなんてないだろうが、あの二人はついうっかりでいろいろやらかしちまいそうだからな」


「無礼打ちって……」


「一応、忠告されているだけだ。厄災級の魔族を討伐した勇者にそんな事をすることは無いんだが、冒険者の中にはたまにトンデモナイ馬鹿がいるだろ?」


「冒険者ギルドのギルマスが言う事じゃないですよね?」


「冒険者ギルドのマスターをやってるから言える事だ。俺が毎日どのくらいボンクラを見てると思う?」


 そこはまあ、同情するけどね……。


 簡単な計算ができないどころか、自分の名前を書けない駆け出し冒険者も多いからさ。


 地方で農民やってるとほとんど必要ない知識だし、四男とかになると自分の名前以外は殆ど親から教えても貰えないしな。


「という事は、領都に向かうのは私とライカさんだけですか?」


「そうなるな。……お前ら、公式な場で着られる様な一張羅いっちょうらなんて持ってないよな?」


 流石に侯爵様の晩餐会に参加できる様なスーツなんて持ってる訳ないだろ。以前買ったスーツでも今回は何も言われないだろうけど、流石にあれを着るのはキツイな。


「何年も前に買った物ですし、スーツのサイズが合いませんね。ディアナは?」


「私だって、貴族の晩餐会に着ていくような服は持っていないですよ」


「だよなぁ……。今から用意するにはギリギリか」


 というか、晩餐会の予定日っていつだよ。


 せめて半月前……、あの魔族を倒した直後に言ってくれれば間に合ったのに。


「それで、俺達はいつ領都に行けばいいんですか?」


「……割と大き目の規模らしくて、準備が終わるのが八月頭だという話だ。実際に領都に向かうのは八月半ばになるな」


 今日は七月十五日。


 ひと月後じゃないか。


「十分間に合うじゃないですか。このせ……この辺りでドレスとか新調するのにどの位かかるんですか?」


「使う素材次第だが、半月もあれば十分だろう」


 ディアナが思わずこの世界とか言いかけたな。転生した俺と違って、たま~にこの世界って言葉が口から出るんだよね。


 というか、間に合うじゃん。


 しかも余裕で。


「ギリギリどころか、余裕で間に合う気がするんだけど」


「オーダーメイドの場合ギリギリだよ。ドレスやスーツを受け取ってから領都に向かうとして、直ぐに領都に着くと思うか?」


「そうか、移動時間を考慮に入れてなかった!! せめて高速馬車くらい用意してくれますよね?」


「向こうも流石にメンツがあるからな。移動用の高速馬車と向こうで滞在する宿は最高級の物を用意するという話だな。移動に使う高速馬車は貴族用じゃなくて、あくまで一般用の最高級馬車だが」


 他の功績だったらともかく、魔族討伐だからそこまで無碍には扱ってこないか。 


 あの二人も逃げずに参加すりゃいいのに。……いや、やっぱり無いか。俺だって行かなくていいんだったら、行きたくないしな。


「えっと、ここから領都まで高速馬車で三日でしたっけ?」


「朝早く出ればそんな感じだな。昼に出発した場合、天候次第で四日だ」


「乗り心地は良いですけど、結構暇ですよね……」


「馬車移動の宿命だ。暇だからと言ってやる事もないだろう」


 そこなんだよな。


 元の世界みたいにスマホでソシャゲって訳にはいかないし、時間を潰す手段がない。


 ディアナと話をするのもいいけど、ついうっかり漏らすとまずい話題もあるしな。


「特別に用意された馬車で移動なんて、王侯貴族みたいですね……」


「もしかしたら、ライカはその貴族になるかもしれんがな」


「俺がですか?」


「ベルトロット侯爵にとっちゃ、若くて力を持つライカは召し抱えたい人材だろう。あのクラスの魔族を倒せる冒険者なんて、世界中を探してもそこまでいないぞ」


 買い被りもいい所だ。


 鉄壁と剛腕の二人、それにディアナの援護があればこそ何とかとどめを刺す事が出来たが、俺一人じゃどう頑張ってもあの魔族を倒せなっただろう。


【そうですね。初撃にバーニングスパイラルを撃ち込んでいた場合、倒せた可能性は三割以下です。それ以外のタイミングでバーニングスパイラルを撃ち込めたのは、あの魔族をあそこまで弱体化させたあの瞬間ぐらいですね】


 分析ありがとう。


 三割か……。あの魔族は防御力も高かったし、撃ち終わった後で俺がヘロヘロになるから逆に俺の方がピンチだっただろうな。


 こうしてみると俺はまだまだ弱い。ブレイブの力が使えない以上、もう少し何とかしなきゃいけないか。


 それにしても貴族か……。


「貴族だなんて、凄いじゃないですか」


「冒険者から貴族に叙爵じょしゃくされる事は割とあるんだ。だいたいは一代限りの準騎士爵か騎士爵で、そこから更に功績をあげて子に引き継げる準男爵に陞爵しょうしゃくする者は本当に稀だがな」


「貴族なんて柄じゃないんですけどね。そうなるとレストランのシェフって将来設計は……」


「諦めろ。冒険者は続けられるが、自分の店を出すのは難しい。オーナーって事だったら可能だぞ」


 騎士爵って確か多くは領地を領主から貰えない代わりに、年幾らのお金を貰う法衣貴族だよな?


 運が良ければ領地を貰えるらしけど、この辺りの国だとまず領地は貰えないらしいし。


 どれだけ国土が広くても、領地として与えられる土地には限りがあるからね。僻地の荒れ地でいいんだったら、土地自体は割と幾らでもあるらしけどさ。


「オーナーですか。それも悪くないんですけどね」


「レシピを渡して、それを食って貰うくらいしかないだろうな。騎士爵の給金は最高で年十万ゴルダくらいだから、いい副収入になるぞ」


「意外に安いですよね……」


「お前は冒険者で相当稼いでるからそう思うだけだ。騎士爵まではそこまで配下を雇わなくてもいいし、貴族としての付き合いも少ないから意外に楽らしいぞ」


 それにしたって、年収十万ゴルダって日本円にして百万円だぞ。


 この世界だと年に十三万ゴルダあれば割と裕福な暮らしができる事を考えたら、年十万の報酬は多い方なのか?


 今の俺は大体月に二十四万ゴルダ稼いで、それをディアナと折半しているから一人頭十二万ゴルダの収入だ。この時点で騎士爵の年収を越えてるけどな。


 年に百五十六万ゴルダの収入になるから、騎士爵を貰って貴族をするより冒険者の方が遥かに儲かるんだけどね。


【それは地下十階を攻略するようになったからです。以前もあまり変わりませんでしたが】


 二人で分けて無かったからね。


 こうして改めて確認すると、俺って結構稼いでるよな……。


【結構どころか、冒険者の中でもかなり上位です。やはり隠し部屋の宝箱の収入が大きいですね】


 店を始める為の開業資金を集めなきゃいけなかったからな。


 マジックバッグ内に貯め込んでいる開店資金は、無駄になりそうなのがつらい所だけど……。


「お前は稼いでるから冒険者の方がいいと思っているんだろうが、貴族と俺達平民の間には超えられない壁がある。貴族になれるんだったら、なっておいた方がいいぞ」


「やっぱりそうですか?」


「ああ。悲しいがそれが現実だ。普通は平民から兵士になるのだって大変なんだぞ」


 衛兵の募集は毎月やっているけど、テストが難しくて合格率はかなり悪いらしい。


 問題は筆記テスト。受験者は全員ある程度の勉強をしてくるんだけど、ちょっと難しい計算問題が出されたら合格率が激減するって話だ。


「兵士の給料は安い。移住食が提供されるとはいえ、給料は月に約百ゴルダだぞ」


「百ゴルダですか? そんな額で人が集まるのは凄いですね」


「田舎の農家の三男坊だと嫁の来てなんてないが、給料が安くても兵士は意外にモテるんだ。戦場で武勲をたてたり貴族に目に留まると、兵士から騎士爵に大出世なんて事もあるしな」


 その大出世とやらは、冒険者から騎士爵になるパターンと変わらない程度らしいけどね。


 田舎の農家で長男以外だと結婚なんて出来ないからな~。次男より下は分けて貰うと土地というか畑もないし。


 だから三男とか四男が子供のうちに冒険者になって、次男辺りは長男が結婚したと後で兵士とかに志願するって事だね。給料が安くても我慢できるのは、そんな理由があるからだ。


 そんな事よりも、急がなきゃならない事があるよな?


「この後は急いで仕立て屋だな。服は予備も含めて三着くらいは用意した方がいいぞ」


「そうですね。その位は必要ですか」


「さらっと言いますけど、晩餐会に着ていくドレスですよ。三着も……」


「買えるだろう? 今回の討伐報酬、冒険者ギルドとマルキーニ伯爵様から出ている分だけでも、お前らは五百万ゴルダ受け取ってるだろ?」


 驚く事に、俺達四人には合計でそれだけの報酬が出た。


 このまま冒険者を辞めてもいいくらいの額だけど、微妙な額に設定してあるのは引退させない為だろうな。


 ドレスやスーツがいくらするかは知らないけど、三着くらいは余裕で買える筈だ。


「そういえば私、こんなに稼いでいたんですね……」


「つつましい生活をするんだったら、もう冒険者を辞めても暮らしていけるぞ」


「そんな生活に興味は無いけど、店を出せる位には稼げてたんだよな……。もし仮に侯爵様が俺を貴族として召し抱えようとしているとして、それはレストランのオーナーとしてだと思います?」


「求められるのは冒険者としての腕だろうな。引退なんてできる訳も無いか」


 今回の件が無ければ、ディアナの返答しだいじゃ店を開いてもよかったんだよ。


 流石に貴族に目を付けられたら、冒険者を辞めるとは言えない。


 しかも相手は侯爵様だ。その侯爵が俺の戦う力を求めてるのに、引退してレストランを開きますとか言い出せる訳ないじゃん。


「あの、本当に貴族になれるんですか?」


叙爵じょしゃくされるとしても、おそらくライカだけだな。ディアナやあの二人まで叙爵じょしゃくされる事は無い」


「やっぱりあの魔族にトドメを刺したかどうかが大きいですか?」


「決定打はそこだな。冒険者の中じゃ、あの技をマネしようって奴まで出てきたくらいだ。誰一人再現できなかったがな」


【そりゃそうですよね~。それに、普通の人間があの威力であの技を放ったら死にますよ】


 俺の奥の手だからな。


 だけど、あの技でも本来のブレイブの技の十分の一……。いや、百分の一にも及ばない。


 変身できない俺が使えるのは、しょせん紛い物の必殺技でしかないのさ。


「あんな技でもそう簡単に真似なんてできませんからね」


「あんな技? あれだけの威力がありながらか?」


「今の俺には切り札ですが、本来はそこまでの技じゃないですよ」


 あの技を生み出すのに参考にしたのは、バーニングブレイブの使うの一つだしな。


 元々必殺技ですらありゃしないんだ。


【生身の人間でブレイブの技が使える人の話なんて、聞いた事がありませんが?】


 そういえばいない気がするな……。


 変身前のブレイブでもいない気がする。


ヴリル神力プラーナの負担が大きすぎますので、ブレイブの技を生身で使うなんてまず不可能です。もし居るとすれば、その人もう人間ではありませんね】


 人を超えた存在に進化してるって事か……。


 という事は、俺はあれ以上威力のある技を使う事はできない?


【バーニングスパイラルでも本当にギリギリの威力です。あれ以上の技の行使は許可できません!!】


 了解。


 俺もバーニングクラッシュを使うのはちょっと怖いしな。


【仕方がない事かと……】


 あの技を使わざるを得ない状況だったとはいえ、前回はあの技を使って力尽きたからな。


 やっぱり俺の力不足を思い知らされたみたいで辛いからさ。


 俺に十分な力があれば死なずに済んだし、俺が死んだ事で悲しんだ人を出さずに済んだんだから……。


 と、そんな事よりディアナのドレスだよ。


 早い所買いに行かないとな。


「それじゃあ、正確な日時が分かったら教えてください」


「わかった。出発は余裕をもって行うから、服は出来るだけ早く仕立てて貰え」


「わかりました」


 さてと、仕立て屋という事になると北の通りか。座の雑貨屋がある通りには流石に晩餐会に着ていくレベルのドレスを仕立てる店は無いからな。


 大きい店で頼めば靴とか装飾品も揃うだろ。




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