第十六話 失って気付く、本当に大切な力



 あれからどの位経ったんだ? 俺は……、まだ完全には意識を取り戻せてはいない。


 温かい何かが、まだ半分夢の世界にいる俺の頬を打ち続けていた。


 なんだこれ?


 こうして温かい何かを感じるって事は、前世の様に力尽きたって訳じゃなさそうだね。


【マスター!! よかった。全力でブレスの回復機能を行使しましたが、もうダメかと何度も思いました】


 今回は何とか生き残ったみたいだな。


 魔族タナトスネイル。本当に強敵だったし、俺が戦ってきた敵のなかでも本気で上から数えた方が早い敵だったぜ。


 俺が居なけりゃ、今回はマジで大惨事だったかもしれないな。


 さてと、そろそろ目を覚ますか。


「ん……」


「ライカさん!! よかったぁっ……。ギルマスさん、ライカさんが目を覚ましました!!」


「おおっ。魔族討伐の英雄を失わずに済んだか」


「縁起でも無いぜ。……俺は、助かったんだな」


 どのくらい寝ていたかは知らないけど、俺は馬車の中でディアナに看病されていたようだ。普通の馬車でももう少し早い筈だから、俺を気遣って速度を落としてくれているのか。万が一の時の為に教会に向かっているんだろうし、その辺りの速度を本当にギリギリまで計算して……。


「それで、被害はどの位なんだ?」


「まだわからん。とりあえず犠牲者は全員教会に運び込むが、教会に溜まった奇跡次第で助けられる人間の数が変わるそうだ」


「もしもライカさんに万が一の事があれば、最優先で蘇生させるって話だったんですよ」


「全員助けられる訳じゃないのか」


「あれだけ戦闘に特化した魔族が出現して、この位の犠牲者で済んだのは奇跡なんだぞ。もし仮に迷宮都市フォーメイズに攻め込まれていたら、本気でどのくらいの規模で犠牲者が出ていたか見当もつかん」


 正直、魔族タナトスネイルを倒す手段が殆ど存在しないからな。あいつはスピードタイプなのに、防御力と攻撃力も馬鹿みたいに高い。あの防御力を貫通させて致命傷を与える事が不可能に近い敵だ。街中だと、高威力な大技も使えないしな。


 事情を理解した後のあいつは鬼気迫るような攻撃は仕掛けてこなかったが、状況を理解して理性的に戦ってくれていたからなのかもしれない。


 にしても、強かったよな……。


【この世界でもかなり上位の敵なのは間違いないですね。本来のマスターですと問題無いのですが】


 そりゃ、バーニングブレイブに変身できてれば、通常技だけでも倒しきれる相手だよ。


 そもそも、ブレイブに変身できたら、この世界で俺に勝てる奴なんていない。


【それもそうですけどね……】


 今回ほど力を欲した事は無いし、おそらくそれはディアナも同じだろう。


 聖女の力があれば俺の傷を癒せただろうし、聖属性の攻撃魔法だってホーリーフェアリーより数段上の魔法が使えた筈。もしかしたらディアナだけであいつを倒せてたのかもしれないしな。


「なんにせよ、倒せてよかったです。……サミュエル王国関係はどうです?」


「あそこはまだ静観だな。裏で糸を引いていたんだろうが、あれだけの能力を持つ魔族がまさか倒されるとは思ってないだろ」


「封印できない状態でしたし、本気でヤバかったですね」


 魔族タナトスネイル撃破の情報を流せば、しばらくちょっかい出してくることは無いだろう。


 あれだけの魔族を倒せる冒険者がいるって事は、他国にとっては結構な脅威だからな。


 もし仮にそいつが戦場に出て来た時、僅か一人と油断して大損害を出す事も珍しくないからね。


 この世界では、過去に何度もあった事だ。


「今回の件は本当に感謝している。ライカが居なければ、本気でどうなっていたか」


「紙一重でしたけどね」


「その分、報酬は期待してくれ。冒険者ギルドから出す報酬もあるが、間違いなく伯爵様や侯爵様からも報酬が出るぞ」


「もしかしたら国からも出るかもしれませんよ。王都に引っ越さないかとか言われそうですね」


 王都の居住権って、貴族にもなかなかでないんだぞ。


 とはいえ、王都周辺にもダンジョンはあるけど、ここ程ちょうどいいダンジョンは無いし、冒険者として活動しにくいんだよね。


 だから王都に引っ越す事は無いけど、一度くらいは観光に行くのもありかもしれない。


「そろそろ街に着く。悪いが色々ありすぎて、報酬をすぐに出せないんだが……」


「かまいませんよ。そこまで切羽詰まった生活はしていませんので」


「助かる。宿はいつものあそこだろ?」


「はい。なにかあったら、もてなし亭に連絡を頂ければ……」


 流石に冒険者としての活動も、数日休みにしていいだろ。


 ここで問題になるのが、その期間中ずっとディアナと同室にするかどうかだ。


 気持ちは良いんだけどさ、そんな真似をすると行動不能になりそうなくらい、ガッツリ搾り取られそうな気がするんだよね……。


「あ、分かってると思うが、しばらく外出は控えてくれよ」


「そこまでですか?」


「領主様から使者が来た時、お前が不在でしたじゃ格好がつかんだろ」


「どっちの領主様ですか?」


 ここでややこしいのが、この状況だと領主様って呼ばれる人間が二人存在するところかな。


 ひとりはこの迷宮都市フォーメイズとその周りの領地を治めている、直接の領主でもあるマルキーニ伯爵。そしてそのマルキーニ伯爵の父親で、この街を含める更に広い範囲を治めているベルトロット侯爵。同じエッツィオ家の人間だけど、権力や資産は当然父親であるベルトロット侯爵の方が上だ。


 今回の件はサミュエル王国が絡んできそうだし、そうなるとより力を持つベルトロット侯爵が処理しそうな気がするんだよね……。


「問題があるのは、ベルトロット侯爵の使者だろうな」


「なるほど。領都に呼ばれたりしますかね?」


「分からんが、十分に可能性はあるぞ。マルキーニ伯爵様の使者は、おそらくうちに来るだろう」


 迷宮都市フォーメイズも大都市だけど、領都ウィステリアはもっと大きくて美しい都市だ。


 広大な藤棚がある森を切り開いたのが始まりらしく、今も美しい藤棚が中央の広場に広がっていると聞く。


 領地が栄えているから当然領都も物凄く発展していて、王都より住みやすいとまで言われていたりする。


 この迷宮都市フォーメイズも全部揃って暮らしやすい良い街なんだけどね。物が溢れているこの街は、全体的に物価が安いのがいい。


「ありがとうございます。まさか宿の前まで馬車を走らせてくれるとは思いませんでした」


「冒険者ギルドはすぐそこだからな。途中に寄る位なんでもないさ」


「今日はありがとうございました」


「おう。ディアナもご苦労さん。あの魔法も役に立ったみたいだな」


 あの光魔法はマジで慧眼だった。


 メキドであの程度しかダメージを与えられない魔族に対して、あそこまで効果を発揮するとは思わなかったよ。


 あのダメージが無ければ、最後の攻撃でトドメをさせなかった可能性まであるし。


「そりゃもう、大活躍でしたよ」


「はははっ、倉庫でカビをはやしているよりマシだったか。それじゃあな」


 ギルマスたちはそのまま冒険者ギルドに向かったが、俺達はもてなし亭で休ませて貰いますか。


 いや、今日はマジで疲れた。


◇◇◇


 宿に着いたのは昼の三時前で、当然この時間だと昼飯を食べるには少し遅いし晩飯には早すぎる。


 年中泊まっているからチェックインなんて何時でもできるし、晩飯まで部屋でくつろぐ事にした。


 ちなみに今日はシャワー付きで、ディアナと同じ部屋だ。


「疲れた……。マジで今日はそれしか口から出てこないな」


「そうですね……。ライカさん、私は今日聖女の力を失っている事を、心から悔やみました」


「確かに聖女の力があれば、魔族と戦いやすかっただろうしね。攻撃魔法もあったんだろ?」


「そうですけど、そうじゃないんです。私が失っているのは人を癒す力……。その力を失っている事の重さを、本当に今の今まで理解していなかったんです」


 そうだろうね。


 俺も変身できないって事の意味を理解するまで、結構な時間を必要としたからな。


 変身できなくっても元の世界の知識はあるし、ブレスの力で能力が五割増しなんで別にそこまで必要ないじゃん。そう思っていた時まであった。


 それに気が付くにはこの手から大切な物が零れ落ち、二度とこの手の中に戻ってこないと理解した時なんだ。


 その点ディアナは幸運さ。俺はこうして生きているし、何も失わずに済んでるからね。


「あの戦いの中。目の前でライカさんが傷付いているのに、私は何もできませんでした。それだけじゃありません、聖女の力があれば多くの人を苦しみから救う事だってできたんです」


「目の前で誰かが傷付いているのに、自分ではどうする事もできない。過去にその悔しさを味わっているから俺も理解できるよ」


「ライカさんもですか……。そうですよね、本当に苦しい時間でした」


 自分が持っていた力がどれほど大きかったのか。


 それは持っている時じゃなくて、失った時に初めて実感できる。


 だけど失った力はもう戻ってこない。だから今ある力でやるしかないじゃないか。


「傷を治す事はできないかもしれない、それでも今持つ力だけでも人は癒せるし、人を救う事だってできるよ」


「どうやって、ですか?」


「傷を癒すだけだったら回復薬を使ってもいいし、他にも何か方法があるかもしれない。聖女の回復魔法は凄かったんだろうけど、無い物を求めても意味なんてないんだ」


 イタイイタイ、自分の言葉ながら俺に刺さりまくるぜ。


 そう簡単に失った力……、俺で言えばブレイブの力を諦められたら苦労しないっての。


「ライカさんは本当に強いですね」


「強くなんかないさ。俺も失った力を今でも欲しているし、あの力があればって何度も考えたもんさ」


「そっか……。本当に私たちって同じような境遇なんですね。私は異世界転移で、ライカさんは異世界転生ですが……」


「本当にな。そしてその結果、俺はブレイブへの変身能力を失い、ディアナは聖女の持つ強大な魔法の力を失った」


 元の世界にいれば俺はこのブレスを直す事が出来ただろうし、ディアナも女神プリムローズの力を自在に行使する事が出来ただろう。


 失ってその大きさを知った事も、お互いにその力が無くて悔しい思いをした事も本当によく似てるんだよな。


【ディアナさんからすれば、結構強力な回復魔法が使えるマスターの魔法の力が相当に輝いているのでしょうね】


 ああ、それはあるかもな。


 って言っても、俺が使えるのは本当に幾つかの回復魔法だけだし、四肢の欠損や大きな怪我なんかは治せないぞ。


【……もし仮に、ディアナさんが変身できて、ブレイブの力を一部でも行使できたとしたらどう思いますか?】


 そういう事か。


 確かに、羨ましと思うだろうな。


「それでも、ライカさんはあんなに凄い力を使えますし、回復魔法だって使えます」


「あの技は、この世界で変身できずに何度も悔しい思いをした俺が、せめて一撃必殺に近い威力を持つ技を手に入れる為に編み出しただけさ。あれだって覚えるのにかなり苦労したんだぜ」


 ヴリルと魔法の融合と魔力の制御。あの技が暴走すれば自らの命を焼き尽くすし、力加減を誤っても最終的に俺の命まで燃やし尽くす危険な技だ。


 前世で力を使い果たしたバーニングクラッシュとそこまで変わらない、命がけの危険な技なのさ。


【あれだけ出力をあげなければ、何とか制御できるのですが……】


 それだと魔族タナトスネイルを倒せなかったし、結局十分な威力にならないだろう?


 何のリスクも無い超強力な技なんて存在しないさ。


【本当に、マスターは変わりませんよね。どれだけ自らの命を危険に晒しても、誰かを守る為の力を行使する事に躊躇しない所が】


 それがヒーローだからな。


 で無けりゃ、あんな技編み出さないさ。


 あの技がこの世界における俺の本当の奥の手だ。いろいろダメージも酷いけど、今回も何とかなったみたいだしな……。


「私も……、回復魔法が使えるようになりますか?」


「それは分からない。でも、回復薬を使った回復術みたいなものはあるらしいし、人を癒す方法は他にも必ずあるさ」


「私は何も知りませんでした。というより、二ヶ月以上この世界にいるのに知ろうともしていませんでした」


「西のダンジョンで隠し部屋を攻略する分には必要ないからね。本当に必要な事は、本当に必要な場面に直面しないと気付かないものさ」


 それでもディアナはあの戦いで、本当に必要な力に気がつけた。幸運な事にね。


「その術を覚えていれば、多くの命を救えたかもしれないのにですか?」


「奴らも冒険者だ。命懸けはいつもの事だよ」


 あの戦いで失った命は多いだろうけど、それを悔やむ事はあの戦いで命を落とした冒険者を冒涜ぼうとくする行為に過ぎない。


 彼らは冒険者として全力を尽くしたんだ。命を落としたけれど、その勇気は称えるべきだからね。


「それが冒険者なんですね……」


「それが冒険者なのさ。俺がヒーローでディアナが聖女であるように、彼らにも冒険者としての誇りと矜持がある」


 だから俺達が救えなかったとか守れなかっただとか、上から目線で言うのは間違っているのさ。


 それでも、俺はヒーローとしてみんなを守りたいんだけどな。


「足りない物は、今から手に入れればいいさ」


「そうですね……。回復薬を使った回復術について調べてみます」


「そろそろ晩飯の時間だし、調べものは明日でもいいんじゃないか?」


「わかりました。明日から調べるとしますね」


 冒険者ギルドから何か聞いていたのか、この日のもてなし亭の晩飯は何故かかなり豪華だったぜ。


 周りの冒険者も、何故か俺達に労いの言葉をかけて来たしな。


◇◇◇


 昼の戦いの傷を癒す為、この日はゆっくりと休んで……、そう思っていた俺だが、完全に火が付いたディアナに休ませては貰えなかった。


 この日の夜、昼の戦いよりも厳しい防衛戦が俺を待ち構えていた事は覚えておこう……。


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