第十一話 ディアナと過ごす何気ない一日



 この世界の暦は面白い。元の世界と似ているようで微妙に違う所とかさ。


 六十秒で一分だし、六十分で一時間。そして一日が二十四時間って所が元の世界と一致している。


 一週間が七日で、ひと月四週固定。それを一年十三か月だから一年三百六十四日。元居た世界と一日しか変わらない上にうるう年も存在しない。


 転生する時に聞いたんだけど、なんでも女神様達の間でこの暦が流行ってるらしくて、自分が管理する世界を創れる時はこの設定で世界を創るそうだ。創るって時点で凄いよな……。流石は神様。


「今日は六月の第二週。土曜日だから明日は多くの店がお休みなんだ」


「休養日がこんなにあるんですね……。この赤い印は何ですか?」


「年に何日か国とか貴族領によって記念日とかでお休みの日があるんだ。えっと一月一日から三日。七月七日。十二月の二十八日辺りはどの国も祝日になってるって話は聞いてる。七月七日は元々日曜で休みだけどね」


 正月と大晦日とこの世界を管理する女神アイリスの誕生日だったかな?


 どこの国にも女神アイリス教の教会はあるし、この迷宮都市フォーメイズにもあるぞ。


 暦の上でも七日は元々日曜でお休みだけど、次の八日もお休みにしているみたいだね。その代わり本来お休みの七日には教会とかで大規模なお祭りとかをしてたりするし。


「祝日もお店はお休みですか?」


「だいたい休みだね。冒険者ギルドだけは年中無休だけど。後は魔法使いギルドかな? 魔法使いギルドは表向き日曜と祝日は休んでるけど、あそこは訪ねていくと大体誰かいるんだよね。魔法研究棟では常時十人単位で何かしてるらしい」


「冒険者ギルドはお正月も開いてるんですか?」


「大昔の話だけど、正月に巨大な地竜が出現した事があってさ。領主様は王都で祝賀会に出席していた上に雪で交通が遮断されるって事があって、冒険者ギルドも休んでてそれはもう甚大な被害が……」


 大小合わせて五十近い町や村が壊滅。


 領都も壊滅して再建するのに何十年もかかったとか。


 あの時、せめて冒険者ギルドが動いて近隣の冒険者を統率して迎撃にあたっていたら、あそこまでの被害は出なかっただろうって話だ。


 以来、冒険者ギルドだけは年中無休になったんだよな。


 当時は領主様不在の中で衛兵とかも頑張ったんだけど、流石に相手が悪すぎた……。優秀な指揮官の存在ってのはデカいから……。


「竜種は恐いですよね」


「元の世界にもいたの?」


「いましたよ~。厄災の象徴と言いますか、動く災害ですよね」


 個体数は少ないし遭遇頻度もホントに稀だけど、遭遇すると確実に大きな被害を出すのが竜種だ。


 この辺りで出現したって話は聞かないけど、北のダンジョンの最下層のボスは龍種なんじゃないかと噂されている。あそこは別名【力】のダンジョンだからさ。


 そんな事より、本筋は店の話だったか?


「この世界にはマジックバッグがあるから、食料品なんかは余裕がある時に買っておくのが常識なんだけど、それでも日用雑貨でついうっかり買い忘れとかもあるじゃない。その時は困るんだよね」


「あ~、わかります。かと言って予備をたくさん買っておくとか、無駄遣いはしたくありませんし……」


「そこだよね。だから正月なんかはその買い忘れた人をターゲットにした雑貨を扱う屋台が、大通りとかに幾つも出たりもするんだよ~」


「屋台はいいんですか?」


「店を開けるなとは言われてないからね。その代わり値段は良くて倍、酷い時には五倍近い事もある」


 特に高いのが塩なんかの絶対に必要な物。


 買い忘れる方が悪いんだけどさ、これみよがしにあんな値段をつけられると笑うしかないよな。


 売られている物の多くは調味料とか食糧といった無いと困る物なんだけど、中には毛布とか大きな布の様な物を売ってる店もあるんだよね。


 この辺りは冬でもそこまで寒くないけど、だからと言って毛布が無くても寝れる様な気温じゃないからさ。


「正月から売ってくれるんですから仕方がないですね。年の初め位はゆっくりしたいですから……。この辺りに年始のお祈りとかは無いんですか?」


「女神アイリスに一年の健康を祈ったりはするよ。冒険者はあまり気にしないけどさ。俺は女神アイリス教会で女神アプリコット様にお祈りするんだけど」


 俺は魅惑みわく星天せいてん亭で働き始めて余裕が出来た後は、一応毎年教会にお布施をするようにしている。


 ……来年の正月は少し多めでもいいかもしれないな。


「私は女神プリムローズ様以外の教会で祈る訳にはいきませんので」


「そりゃそうか。ん? そうなると色々と……」


 将来的な問題だけど、この世界である程度の地位があると結婚式を挙げる。


 その時、利用するのは当然のことながら女神アイリスの教会なんだよな……。農村なんかでは女神アプリコット様を信仰してる事も多いし、俺もそうだったけどさ。この辺りには女神アプリコット様の教会は無いから、代わりに女神アイリスの教会にお参りしてる。同じ事をしてる信者は多いし、あの二人の女神は仲がいいらしいから……。


 そんな事より、問題はディアナだよ!!


 今すぐ結婚する訳じゃないし、その時までに説得すればいいのか? でも、聖女とか言ってたし難しいだろうね……。


「どうかしましたか?」


「女神アイリスにお布施を持って行くのは、ひとりで行くしかないのかなと」


「私は教会の前で待っていますよ」


「そうだね。その時はできるだけ早く戻るようにするから……。半年先の話だけどね」


 ディアナがこの世界に来て、そろそろ二ヶ月か。


 西のダンジョン行く回数は大体週二から週三。今までよりもダンジョンに潜らず、ディアナに迷宮都市フォーメイズを案内したりいろんな場所に遊びに行ったりしている割には懐に余裕がある。


 隠し部屋の探索を地下十階にしたのも大きいんだけど、見つけた財宝なんかを二人で分けているのに今までよりも遥かに実入りがいいんだよね。


 ディアナの運がいい?


【その可能性は高いと思われます。ディアナさんは女神プリムローズの加護を得ていますので、魔法の行使はできなくても様々な力を得ているのではないでしょうか】


 やっぱりそうだよな……。


 俺もギャンブルはしないけど、賭場に行ったら凄い事になりそうだ。


 賭け事なんて馬鹿馬鹿しいから行かないけどさ。


「そういえばライカさんは他のダンジョンにはいかないんですか?」


「あ~。そこまで危険じゃない狩り場って意外に少ないんだ。西のダンジョンは別名智のダンジョンって呼ばれてて、あのギミックを何とかする頭があれば意外に楽に稼げる場所なのさ」


「ライカさんって、普通に戦っても強いですよね?」


「俺の力は誰かを倒す為の力じゃ無くて、誰かを守る為の力だからさ。例え魔物であってもあまり無益な殺生はしたくないんだ。ダンジョンの魔物を生きてるって言うのもなんだけど」


 厳密にいえばダンジョン内で出現する魔物は、ダンジョン内の魔素で形成された魔物の姿をした何かにしか過ぎない。


 だから奴らは食事もしなけりゃ生殖行動もしないんだ。


 ダンジョンは唯一安全なオークやゴブリンが出現する場所って言われてるからね。


「優しいんですね」


「そんなことは無いさ。殺す必要がある時は躊躇しないし、その時は容赦なく急所を狙うよ」


 誰かが傷付きそうな時や、悪には手加減をしなければ容赦もしない。


 絶対にな。


【やはりマスターはブレイブですね】


 そうなの?


【はい。ブレイブの皆様は間違いなく同じ事を口にすると思います。皆様、悪には絶対に容赦しませんので】


 もし仮に手心を加えて逃がした時、その後に出した被害は俺が出したも同然だ。


 そんな後悔はしたくないからね。


「ちょっと怖い顔です……」


「ああゴメン。たまにこんな顔をする時もあるのさ」


「いえ。私に敵意は感じませんでしたし、優しくて怖い顔だったのでついみとれていました。出会って二ヶ月くらいですが、本当にライカさんは優しくて強い方です」


 そういわれると照れるじゃないか。


 ディアナってあの時は凄くて容赦ないけど、それ以外の時には本当に俺を立ててくれるし気遣いも凄いんだよね。


 ……あの時も結構無理矢理立てる所は変わらないか。


「ありがとう。今日は久しぶりに街の散策だけど、気になるお店とかあった?」


「この二ヶ月で何とか南エリアにある店は一通り回れたんじゃないかとおもいますが、前の世界には無いお店も多くて……」


「俺も付き合って回ってるけど、本当に何もない世界だったんだね」


「聖女って身分のお陰で食べていく分にはそこまで困っていませんでしたが、教会の外の世界は酷い有様でしたから……。出会った時に頂いたスコーン。あれすら生涯に一度も口にできない人もいた世界ですよ」


 ディアナの世界が衰退した理由。最終的に人類が破滅に向かう為の引き金を引いたそうだけど、その先に待っていたのは魔族とのいろんな意味で勝利者と救いの無い戦いだったそうだ。


 全ての田畑は魔物や魔獣に荒らし尽くされ、漁に出れば魔物や魔族に船を沈められ、残された武器の乏しい人類では山野の動物すら滅多に狩れない。おかげでどんどん食糧事情は悪くなったそうだ。


 人類は魔族に比べて遥かに魔力が少ないから、魔法の威力も全然違うし魔法を使った戦いですらボロ負け。滅亡した国も出ていたらしい。


 其の後、起死回生を狙って人類側が使った魔素を著しく減退させる魔導兵器により禍々しき魔素も減少し、お互いに決め手を欠ける状態で何十年も戦い続けているって話だ。


 狭い場所で密集飼いの可能な一部の家畜の肉は一部の上層階級に位置する人間が独占し、それ以外の人間は本気で木の皮を口に含んで飢えを忍んでいる様な状況らしい。


 心が荒れ果てて信仰がかなり廃れ、その結果各地で女神プリムローズの教会も多くが廃墟と化しているそうだ。人類に信仰されないから当然の様に半分見放している状態らしく、傷を癒す奇跡も聖女クラスでないと使えないという話だ。


 そんな世界でディアナはずっと頑張ってきたのか……。


「困ってないって、以前言ってた様な食生活だよね?」


「そうですよ。あの世界では毎日何かを口にできるだけでも幸福な方です」


「本当に酷い世界だ」


 ディアナも聖女の力を使って女神プリムローズに何度か救いを願ったそうだけど、それでも女神プリムローズは救いの手を差し出したりしないそうだ。


 かわいそうだけで救いの手を差し出すほど神は軽い存在じゃなく、例えそのまま人類が滅んでも新しくやり直せばいい程度の感覚でしかないそうだ。


 その状況を人類が自分の力だけで覆し、世界に信仰と女神プリムローズを讃える祈りが満ちればその時は力を貸してくれるらしい。


 女神プリムローズは神様の中ではまだ優しい方って話なのにな。


「自ら間違った道を選び、自ら状況を悪化させ、そして最終的に滅びへと向かっている……。この流れの何処に女神プリムローズ様が救いの手を差し伸べる必要があると思いますか?」


「自分でやらかしときながら、困ったから助けろは通用しないって事か。そりゃそうだよな……」


「慈悲深い女神プリムローズ様は、あの状況を見守るだけで心が痛んでいると思います」


 そりゃそうか。


 自業自得とはいえ慈愛の女神が、そんな状況の人類を助けてやりたいと思わない訳ないもんな。


 おそらく、何とかする為のヒントは神託や何かで出しているんだろうけど、人類側が気が付いていないのか、それともそれを知って上で無視しているのか……。


「そういえば不思議に思ってたんだけど、ディアナって食べる前に『いただきます』っていうし、食べた後に『ごちそうさまでした』っていうよね?」


「はい。元の世界では食べられる事に感謝するって意味で、その祈りは欠かしませんでした」


「小麦が貴重なのに食べ物の中にうどんがあったそうだけど、俺から言えば結構変わってる点も多いんだよね……」


「流石にうどんを食べられるほど余裕はありませんでした。この世界に来てうどんを食べた時は感動しましたが」


 その話を聞いて俺がうどんを打って、もてなし亭の食堂で食べて貰ったんだよね。


 鰹節は俺が似たような魚で作った鰹節っぽい何かなんだけど、出汁を取るには十分代用できる。味付けに使う醤油は既にあるしね。


 出したのは海老を二匹乗せた天ぷらうどんだったけど、あの時のディアナの反応は忘れ無いし、あの日の夜はマジで一滴残らず絞り尽くされるかと思ったくらいだ……。なんでも、ディアナが元の世界で本当に食べたかったメニューのひとつらしい。


 他の客もうどんを食いたいっていうから試しに出したら超好評で、もてなし亭の新しい名物料理が誕生した瞬間でもあった。


 出しているのは普通のうどんだけど、追加注文で揚げ物を乗せられる方式が人気の秘密だ。


「麺料理と言えば、ディアナはパスタも好きだよね?」


「大好きですよ~。パスタも色々あっておいしいですよね。うどんと同じ麺料理なのにあんなに違いがあるなんて……」


「もてなし亭と魅惑みわく星天せいてん亭は特にパスタの種類が多いからね。他の店で出て来るのは、精々ペペロンチーノとミートソース位だけど」


 この世界にパスタを持ち込んだのは俺だし、もてなし亭と魅惑みわく星天せいてん亭には俺が苦労して再現したパスタマシーンまである。


【私のデータベースから設計図を起こした訳ですけどね】


 その事は感謝してる。材料の確保は死ぬほど苦労したけど。


 そのおかげでパスタは王都まで普及してるし、魅惑みわく星天せいてん亭はパスタ発祥の名店としても国中で有名なんだよな。


 真似をする店は多いけど、同じレベルのパスタ料理を出す店は殆ど無いって話だ。ソースのレベルが全然違うからな……。


「他の店ですと、カルボナーラは無いんですか?」


「まず無いね。利益率が高いからペペロンチーノを主力商品にしてる店が多いのは間違いないよ」


 この迷宮都市フォーメイズでは唐辛子とニンニクが安いからね。


 そうなると他のパスタとは圧倒的に材料費が違う。それに、種類を増やすと仕込みが大変だし、幾らマジックバッグがあるといってもいつまでも売れない料理を置いておく訳にはいかないからな。


 同じパスタ系なのに売れないって事はさ、何か問題があって美味しくないって事だし……。


「こんなに料理が溢れているなんて、本当に夢の様な街といいますか。以前も言いましたが、天国があるとしたらこんな世界なんでしょうね」


「まだ食べて貰ってないメニューが山ほどあるんだけど、多分これからもかなり驚くとおもうよ」


「え? まだあるんですか?」


「ディアナがこの街に来てまだ二ヶ月だからね。そりゃ、まだ食べてない料理の方が多いさ」


 この世界ではマジックバッグがあるから、旬以外の食材も意外に手に入る。


 だけど逆にマジックバッグがあるから冷蔵冷凍技術が発達していないし、燻製とかの保存食なんかも意外に発展していないんだよね。

 

 ウインナーやベーコンも俺が作り方を普及させたし、アイスクリームなんかのデザートはまだ教えていないからこの世界には存在すらしない。


 迷宮都市フォーメイズに辿り着くまでに結構な数の街を訪ねたけど、その辺りの料理は見かけた事すらないしな。


「今から楽しみです」


「この世界はいろいろ発展してる部分はあるのに、かなりいびつな形で進化してるからね」


「いびつな形ですか?」


「冷暖房完備してる世界なんて俺の元にいた世界くらいだと思ったけど、ディアナの元居た世界もここまで快適だった?」


「そういえば!! こんなに日差しがきついのに、部屋の中は過ごし易いです」


 脅威の技術、魔導エアコン。


 いったい誰が考えたのか知らないけど、室温を一定に保つ物凄く高性能な魔導具。


 魔法で室温を調整するから室外機が存在しないし、その為に壁に穴を開けなくてもいいから元の世界のエアコンより優れている部分すらある。


「先人に感謝というか、生きていくのに便利な世界なのは間違いないよ」


「本当に……。私は本当に幸運です」


 今日はもてなし亭のフリースペースっぽい所で一日過ごしたけど、こんな日があってもいいよね。借りてる客室は掃除をするそうだから使えないから仕方がない……。


 ディアナといろんな話をしながら過ごす穏やかな一日。


 お互いの知らない一面や知らない事を聞く度に何かが埋まっていく、そんな気分にさせて貰える幸せで平穏な時間。


 こんな時間がいつまでも続けばいいのにね。


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