第九話 ダンジョン内で、豪華な昼食はいかが?



 ダンジョン内には結構広い踊り場みたいなところが結構存在していて、魔物なんかは大体そこで冒険者を待ち構えてるんだよね。


 冒険者もその事は十分に承知してるから踊り場近くでは会話を控えるし、武器を構えていつでも攻撃できるように準備している。


 冒険者が一番殺気立っているのがこの瞬間で、索敵能力の低いパーティなんかだと冒険者同士での戦闘が始まることもあるとか。


【私が索敵をしていますので、マスターは安心ですけどね】


 そういう訳で俺は流石に他の冒険者と戦った事は無いけど、もう少し上の階で下層から引き揚げてきた冒険者を襲う不届き者も存在したりするんだよね。


 証拠を揃えて冒険者ギルドに報告したらそいつらは冒険者の資格を失う上に、良くても過酷な鉱山送りか最悪死刑だけどさ。


 この世界の鉱山送りは神銀とかのレアメタルを産出する鉱山だから、送られた時点で死ぬまで出して貰えないんだけどね。つまりほぼ死刑だ。


【次の広場に蟷螂人間ワーマンティスが三体。……周りに他の冒険者の気配はありません】


 蟷螂人間ワーマンティスか。


 このダンジョンにでる蟷螂人間ワーマンティスは百二十センチくらいの身長で、人間の身体に蟷螂の頭と腕と足が生えている姿の魔物だ。


 その歪な姿からは想像できないような高速の斬撃と意外に素早い機動力が売りで、人間の部分が柔らかいから耐久力に関してはそうでもない。


「なななっ!! なんですか? あの不気味で奇妙な生き物はっ!!」


「あ~、蟷螂人間ワーマンティスは初めて見るとそういう感想になるのか。元の世界には?」


「いる訳ありません!! 魔法で焼いてもいいですか?」


「それが正解なんだよな……。真ん中の奴を狙ってファイアーボールをお願い」


「行きます!! ファイアーボール!!」


 って、威力でかっ!!


 ディアナは同じ魔法でも俺の倍近い威力があるぞ。って、俺だって威力が五割増しなのに……。


【聖女という事ですので、魔法に関しては相当に威力の補正が掛かっていると思われます】


 別の世界なのに?


【本人の資質的な物でしょう。もし仮に回復魔法が使えていれば、死者蘇生が出来た可能性すらあります】


 マジか!!


 聖女って肩書は伊達じゃなかったんだな。


 結構離れてたのに、三体とも巻き込んで倒してるよ……。


 この威力だと十階でも余裕だな。


【このダンジョンですと、二十階までは余裕な威力と判断します】


 二十階か。


 欲を出しても仕方がないし、もう少し慣れたらマジで地下十階に切り替えてみるか。


 って、それよりディアナだ。


「凄いよディアナ!! 三体の蟷螂人間ワーマンティスが一撃だ!!」


「凄いのはこの魔法です。こんな魔法が普通に手に入るんですか?」


「……俺が使ったら今の半分くらいしか威力がないさ。ディアナが使ったから今の威力だったんだ」


 使う冒険者の能力で魔法の威力とかが上がるって聞いていたけど、こうして目にすると才能ってすごいって思うよな。


【五割増し前でもマスターの能力も相当に高いですよ。ディアナさんの魔法ですが、普通の人の大体六倍の威力があります】 


 という事は、俺でも普通の人の倍くらいなのか?


【マスターですと、三倍ですね。それでもかなりの高威力です】


 ファイアーボール一発で蟷螂人間ワーマンティスが三体纏めて倒せたから、魔法の威力って凄まじいなとか思ってたけど。


 六分の一だったらそこまで強くない?


【その威力ですと、直撃した真ん中の蟷螂人間ワーマンティスは倒せますが、残りの二匹はほぼ無傷ですね】


 ああ、普通はそんな感じなんだ。


 やけに戦闘が長引いてるパーティがいると思ったんだよな。


 っと、そろそろお昼ごはんにいい時間かな? って、だいたい午後一時半か……。


「そろそろお昼ごはんにしない? 地下五階にもセーフティゾーンというか、魔物が襲ってこない安全な場所があるからそこで」


「本当に……。この世界はお昼ご飯まで食べられるんですよね~。王侯貴族になった気分ですよ」


「そこまで!!」


「ライカさんに食べ物が無い世界の怖さを教えてあげたいです。毎年冬になると、けっこうなレベルで人口が減るんですよ……。教会の周りは救いを求めて祈りを捧げる人で溢れますし」


 本気で滅びかけてるというか、そんな状態でも神様は助けたりしないのか……。


 そうだよな。天災とかで滅びに向かってるんじゃないんだったら、人の手でどうにかしろって方針なんだろう。世知辛いね。


 ……その先がセーフティゾーンだな。


【マスター。他の冒険者の気配です。数は四。状態的にはあまりよくないですね】


 え? もしかして追い剥ぎ?


【可能性は五分五分ですが、可能性は低いと判断します】


 下から転移してきた可能性は?


 隠し部屋がある階のセーフティゾーンには、転移用のポーター部屋があるよね?


 大体はここから移動する場合が多いんだけど、下の階で稼いだ時も一気に上がって来る事がある。


【可能性はゼロではありませんが、転移用ポーターを使用した形跡はありません。もし仮に戦闘になっても問題が無いレベルです】


 そこまで強い冒険者じゃないのか。


 俺にはブレスのサポートとブーストがあるし、ディアナも強いからな。


 このままセーフティゾーンに向かうとするか。


◇◇◇


 索敵の結果通り、セーフティゾーンには先約がいた。


 居たというか、こいつら半分死にかけてんじゃねぇか。これはたぶん向こうの通路から来たんだな……。


「あの!! 大丈夫ですか?」


「あぁ……。いえ、大丈夫であります!! お前らもシャキッとしろ!!」


「はい……。って、ここは天国ですか? こんな美人が……」


「天国じゃないですよ。えっと俺はディアナとパーティを組んでますライカです。何があったんですか?」


 半分死にかけていたパーティのメンバー構成は男二人と女二人。


 パーティリーダーと思われる男は、ディアナを見て一発で目が覚めて気合が入ったみたいだな。


 そりゃ、これだけ美人に話しかけられればね……。


「ライカって、魅惑みわく星天せいてん亭の元副料理長?」


「そのライカです。なんでこんな浅い階で半分死にかけてるんですか?」


「そこの馬鹿が探索前の準備でミスったんだよ!! あ、俺はこのパーティのリーダーをしてるレナルドだ。俺達は全員、双翼の天使デュアル・エンジェルの一員でもあるぞ」


 双翼の天使デュアル・エンジェルっていうのは、グレックスと呼ばれる冒険者が集まってできた組織の事で、大手になるとデカい拠点を持っているうえに加入している一部の冒険者に宿なんかも提供するって話だ。


 流石に下っ端までは手が回らないのか、大体いい思いをしているのは上半分って言われてるけどね。


 こうしてグレックスメンバーでパーティを組む事も多く、大体ダンジョンの攻略を目指す時はグレックス単位で動いているって聞いている。


「準備でミスってこの有様って事は、食料の手配ですか?」


「流石の慧眼だな。いろんなグレックスが狙ってる冒険者だけはある」


「俺はあと数年で引退しますからね。その後はレストランのオーナーですよ」


「勿体ない。実に勿体ない!! 一流冒険者になれる腕がありながら……」


「噂通りでしたら料理の腕も超一流って話ですし……。リーダー」


 近くにいた女性冒険者がリーダーのレナルドと何やら話してるな。


 って言っても、この状況だと大体わかるけどね。


「俺達はそこまで飢えてる状態じゃない。ここで少し休めば、何とか帰れるだろうと判断した状態なんでな。普通に出されれば、なんでも食えると思うんだ。そこでこの緊急事態って事で、一人あたり千ゴルダで何か出して貰えないか?」


「千ゴルダですか? ちょっと多くないです?」


「ここはダンジョンの中だからな。地下二十階で同じ提案をしたら、その十倍の額は軽く請求されるぞ」


 一食一万ゴルダの食事か。


 その額だと魅惑みわく星天せいてん亭の結構お高いコース料理が食えるぞ。


 あのコースは結構前から予約が必要だし、結婚記念とかダンジョン攻略の節目の時くらいしか頼まれないコースだけどさ。


 特殊インベントリ内に料理は十分あるし、四人前くらい増えても何とかなるか。


「わかりました。ちょうど俺達も昼飯にするところでしたし」


「おおっ!! すまない。本当に感謝する」


「とりあえずその辺りの平らな場所にテーブルを設置しますね。えっと、八人掛けのテーブルでいいですか?」


「問題ない。これは千ゴルダ銀貨四枚な」


「確かに受け取りました。あ、ディアナも座って待ってて貰えるかな? すぐに準備するから」


 料理は特殊インベントリ内にたくさんあるし、そこから何を選ぶかは俺の気分次第なんだけどさ。


 胃に優しそうな料理がいいだろうけど、ガッツリ食える肉料理も必要だな。


「期待しますよね……」


「ああ。魅惑みわく星天せいてん亭なんて、俺達には滅多に入れない店だからな。辞めたとはいえ、そこの元副料理長ライカの料理だぞ」


 かなり期待されてるから、スペシャルメニューに変更。


 辞めたとはいえ魅惑みわく星天せいてん亭の看板に泥を塗る訳にはいかないし、十分な額を貰ったからな。


 たっぷりと魅惑みわく星天せいてん亭の料理を堪能して貰おう。


「バタールはひとり二つ用意しましたがまだまだありますので、言っていただければおかわり出来ます。ダンジョン探索時に食事で使うワンプレートっぽい皿ですけど、手前からメインディッシュの厚切りローストビーフ、温野菜のカクテルサラダ、スモークしたレインボーブナマスの和え物になります」


「豪華だ……。これ、一人千ゴルダでいいんだよな?」


「もちろんです。後はスープとして長毛鶏ながげどりのクリームシチュー。それにこちらはデザートの季節の果物です。あ、飲み物はここはダンジョンの中ですから軽めのワインにしました」


 ガラス製コップにアルコール度数の低いワインを注いでいく。


 この辺りの冒険者だったらこの位じゃ酔わないし、この世界にはいわゆる下戸げこが存在しないんだよね。


 多分下戸げこの遺伝子そのものが存在しないんだろう。


「リーダー!! これホントに食っても良いんですよね?」


「……いいんだよな?」


「もちろんです。あ、クリームシチューもお替りできますので」


 そういった瞬間、双翼の天使デュアル・エンジェルの冒険者四人はものすごい勢いで料理を食べ始めた。


 このクラスの料理になると、バタールひとつにしても俺が普段出してる料理とは違うからね。


 仕込みの段階から既に次元が違うし、使ってる材料とかもこの街で手に入るほぼ最高ランクだ。


 クリームシチューには当然チーズも入れてあるし、ほとんど手を加えてないように見える季節の果物だって最高の状態の物だけを選んである。


 一流の店ってのは、普通の店と同じ様に見えても同じ料理なんて。だから一流なのさ。


「こんなにおいしいパンがあったんですね……」


「やべぇ……。これが魅惑みわく星天せいてん亭の料理なのか」


「こんなに分厚いのに、肉も柔らかくて簡単に切れます。それに、肉汁がこんなに……」


 男性冒険者の一人がお椀を持ってきた。


 ああ、お替りかな?


「あの、クリームシチューがお替りできるって」


「はい、大丈夫ですよ。これでいいですか?」


「ああ。もちろんだ。やべぇ、長毛鶏ながげどりの肉が口の中で消えていくようにほどける……」


「バタールを貰えるか?」


「私もお願いします!! こんな料理、多分もう食べる機会なんてない!!」


 女性冒険者もバタールとクリームシチューのお替りを食べ始めた。


 最初に配った料理の皿はローストビーフのソースや肉汁も全部バタールに吸わせて食べてるし、本当に綺麗に食いつくされている。


 あそこまで美味しく食べて貰えると、料理人冥利に尽きるってもんだ。


 ……今はまだ冒険者だけどね。


【ヒーローは何処に行きましたか?】


 そっちも現役のつもりなんだけどね~。


 でも、誰かを喜ばせて幸せにする。これって美味しい物を誰かに食べさせた時も感じる気がするんだよな。


【そこは否定しませんが……】


 っと。ようやく全員満足したみたいだね。


 この世界の人間って割と大食いな気がするけど、それにしてもよく食べた。


 バタールを一人八本くらい食ってるし、クリームシチューのお替りを二回はしてるからね。


 あんなにデカい厚切りローストビーフを食ってるのに……。


「最高の料理だった。流石は魅惑みわく星天せいてん亭の料理だ」


「俺はもう辞めていますが、懐に余裕がある時は魅惑みわく星天せいてん亭をお願いしますね」


「このレベルの料理か……。食えるのは何かダンジョンで大儲けできた時くらいだぜ」


「そうですね。でも、たまにはいいかもしれませんよ」


 ハレの日の料理じゃないけど、半年に一度でもいいからこのレベルの料理を食べてると違うよ。


 本気でパンひとつとっても別次元だし、値段に見合った料理は出してる筈だから。


 この街の料理のレベルは高いからそこまで不味い店に当たる事は無いけど、逆に魅惑みわく星天せいてん亭レベルの店も殆ど無いんだよね。


「よし!! 気合も入れたし、一気に地上に戻るぞ」


「もちろんです。いや~、後でグレックスの仲間に自慢が出来るぜ」


「本当ですね。……これ、本当に千ゴルダです?」


「店で頼むともう少し量は少ないですし、流石にお替りは無理ですね。でも、大体同じレベルの料理が出てきますよ」


「だろうな。本当に感謝する!! 行くぞ」


「了解!!」


 気合十分って感じだ。


 リーダーのレナルドはあのパーティにいる様な冒険者じゃない気がするんだけど、ここより下の階の攻略で引率というかお守で抜擢されたのかな?


 残りの三人はいかにも新人冒険者って感じだったし、ダンジョン攻略で食料忘れるとか本気で災難だったろう。


 ん? そういえばディアナがずっと静かだったな。


「ライカさん、今の料理って……」


「ああ、俺が以前働いていた一流料理店魅惑みわく星天せいてん亭と同じレベルの料理だよ。いつもより少し美味しかっただろ?」


「少し? このレベルが少しですか? 断言してもいいです。元の世界の王侯貴族の晩餐会でも、こんなレベルの料理なんて絶対に出ませんよ。このクリームシチューなんて、食べた瞬間このまま天国に召されるかと思いました」


 なるほど、静かだったのは料理の味に驚いてた訳だ。クリームシチューやバタールのお替りは無意識でしてたのか……。


 流石にこのレベルの料理なんて食べて貰って無いし、普段行く店でもこのレベルの料理を出す店は無いからね。


 いや、あの宿の料理も別に不味くは無いんだよ。あいつは魅惑みわく星天せいてん亭で働いてた元同僚だし、料理の腕もかなりいい。


 自分で店をやりたくて、貯めてた資金でもてなし亭を始めたけどね。いくらあいつの腕が良くても、仕入れる材料の差は覆せないから仕方がないよな。俺は自分で食うう分だから、そのあたりをあまり気にしなくていいからさ。


「俺が作ったんだけど、そこまで喜んでもらえると嬉しいよ」


「それ、本当です?」


「ああ。俺は元々魅惑みわく星天せいてん亭の副料理長だったからね。冒険者であと数年稼いだらレストランを始めようかなって思ってるし」


「女神プリムローズ様。この世界に飛ばす人間に私を選んでくださいまして心から感謝いたします。それと、最初に出会った冒険者にライカさんを選んでいただけた事も……」


「本当に凄い確率だったんだろうね。俺もディアナと出会えてすごく感謝してるよ」


 美人って事を除いても、ディアナは一緒にいる誰かとして最高な気がする。


 何というか、一歩引いてついてくる女性って感じなんだよね。


「本当にそう思ってます?」


「もちろんさ。ディアナこそ、この世界で出会ったが俺でよかった?」


「それはもう、女神プリムローズ様に心から感謝する位です。あの……、今晩ですが」


「今日は稼ぎも良かったし、明日の探索は休みにしようか」


 明日は休み。


 俺達の間で決めた事だけど、これが何を意味するのかディアナには説明するまでもないんだよね。


「はい!! 今夜は心からご奉仕しますね」


「お手柔らかにね。でも、俺もできる限り頑張るよ」


「ありがとうございます。それじゃあ、帰りましょう」


 こうして俺達もダンジョンを後にして、拠点である【もてなし亭】へと向かった。


◇◇◇


 完全に火のついたディアナにとって、俺の頑張りなんて何の意味もなかった。


 絞り尽くされた俺の隣で楽しそうに話をするディアナの為に、俺はなんとか意識を保っている事が精いっぱいだったとさ。



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