第六話 雑貨屋でいろんな雑貨を見るのって楽しいよね




 迷宮都市フォーメイズの南エリアに存在する、雑貨屋通りこと商店街。


 同じ南エリアでも冒険者ギルドの近くでは当然ながら武器なんかの店が多いんだけど、そこから大通りに向かって抜けると今度は生活雑貨や食材を売る店が軒を連ねている。


 この辺りでは料理を売る屋台も増え、肉に絡めた香辛料の効いたタレが脂と共に炭火で焼ける香ばしい匂いがあたりに漂っているぞ。その匂いと食欲に負けた多くの人が財布を取り出して、程よく焼けた肉に手を伸ばしてゆく……。小腹が空いてる時にあの匂いは反則だ。


 あれは迷宮都市フォーメイズの周辺によく出る魔物で、畑を荒らす害獣でもあるチャージボアの肉だな。南のダンジョンにも出る魔物なんで、そこで肉を手に入れた可能性もあるけど……。


 香辛料の効いたタレで味付けされて、炭火で香ばしく焼かれてひと串十ゴルダ。串には大き目の肉が三つも刺さってるから、かなりお得ではあるんだけどさ……。


 この状況で買わない訳にはいかないか。とりあえず二串買って、ひと串をディアナに差し出した。


「はいディアナ。熱いから気を付けてね」


「え? 私、自分の分は出しますよ?」


「これを俺だけが食べてると体裁悪いし、今回は奢らせて貰えるかな?」


「……ありがとうございます」


 ディアナって意外に肉好きなのか、屋台で焼かれるこの串をわかりやすい感じで見てたからね。


 俺も小腹が空いたし、ちょうどいい。


 ディアナは今から色々買わないといけないし、十ゴルダ程度とはいえ無駄遣いはできないだろうからさ。


 最初は遠慮がちに肉を齧っていたディアナだけど、次第に勢いよく食べ始めた。


 マジックバッグがあるから肉が傷むなんて事は滅多に無い。新鮮で程よく熟成した肉に刷り込まれた香辛料と、焼く時に丁寧に何度も塗られた醤油ベースのタレに包まれた温かい肉の塊を口に運ぶディアナをみて、明らかに屋台に向かう客の数が激増してるな。……屋台のおっさんがメチャメチャ忙しそうに串を焼き続けてるぞ。


「香辛料の効いたタレもいいですけど、その上でこのお肉自体が素晴らしく美味しいです……。ほんっとうに、ここに来てよかったですよ~」


「俺に言わせると割と普通の光景だけど、元の世界ってそんななの?」


「食糧事情が本当に悪かったんです。この串のこの位の肉が、数日に一度出れば贅沢なくらいでして」


「このひと欠片?」


 串に刺さってる肉一つ分が数日に一度?


 そりゃあ、あの屋台で焼かれてる肉をガン見するよな……。


「しかもここまで美味しい肉じゃなかったですし。その、茶豚鼠スロマって言われてるちょっと大きな鼠だったんですよ」


「サイズや調理方法次第だけど、鼠肉もおいしいよね。この辺りでも大猪鼠バッソはよく食べられてるから」


 大猪鼠バッソはカピバラ並みな大きさのネズミで、冬場に温泉の様な場所でよく見つかる魔物の一種だ。


 肉はきめ細かくて、炒め物にして食べるとかなり旨い。


 冬場になるとこのチャージボアの肉と同じ様に香辛料の効いたタレで味付けされて、屋台で香ばしく焼かれて売られている。


「私はこっちのお肉の方が好きですね……」


「他の肉はどう?」


「正直、茶豚鼠スロマ以外のお肉なんて、あまり食べた事が無いんです。羊は飼っていましたから、ラム肉を年に一度くらいは食べてましたけど」


 本当にきっつい食生活だったみたいだ。


 そういえば、パンも黒パンだとか言ってたしな……。


「ご馳走様でした。あ、ハンカチもありがとうございます」


「新品だからそのまま使って貰えるかな? やっぱりこういった小物も必要だよね……」


「お恥ずかしい限りです」


 口の周りに香辛料の効いたタレが付いてたから、ハンカチを渡して拭いて貰ったんだよね。


 俺が用意しているハンカチだから柄はシンプルだし、デザインもあまりよくないんだけどさ。


 ダンジョン内で怪我をした時に回復系の魔法をかけるまでもないちょっとした出血を押さえたりする時用に、新品のハンカチを何枚もマジックバッグに突っ込んであるんだよね。他にもいろいろ使い道はあるし。


「とりあえずこの辺りが雑貨屋通りだ。必要な物は大体見つかると思うよ」


「凄いです……。使い方が分からないけど、便利そうな物がたくさんあるんですけど」


「確かに意味の無さそうな商品は多いね。そこの丸い商品は温泉卵を作る魔道具だよ」


「温泉卵ってなんですか?」


 そうか、卵も食べて貰ってなかったか。


 というか、温泉卵はこの辺りで一時期流行っただけだしな……。


「白身の固まっていない半熟卵の事だね。一時期この街で流行ったんだ~」


「へぇ……。知らない料理です」


「もしかして、ここに並んでる雑貨も説明した方がいい? と言っても、俺にも分からない物も結構あると思うけど」


「元の世界にあった物は分かりますが、それ以外の物は……」


 確かに、俺でも何に使うのか分からない商品が多いからな。


 この辺りを全部まとめると、元の世界にあった大型店舗以上の広さがあるしね。


 無数の魔道具や魔導具があるから、店内がカオスな事も多いし探しているものを見失う事も珍しくない。ちなみに魔道具がそのまま使える道具類で、魔導具がエネルギー源として魔石を必要とする道具の事だったりする。元の世界での物でわかりやすく説明すると、泡立て器が魔道具でハンドミキサーが魔導具って感じかな?


「魔石式魔導モーターが発明されたから、意外にいろんな所で利用されてるんだよね。泡立て器とかもハンドミキサーに変わってかなり楽になったし」


「ハンドミキサーですか?」


「これがそうだね。卵白を泡立てたりするのに便利なんだよ」


「へ~。あれも手間ですからね」


「元の世界でも卵は食べてたんだね」


「流石に鶏卵は何処の世界でもあるんじゃないんですか? 調理方法はさまざまですけど」


 温泉卵も珍しい調理法だしな。


 調理法に限って言えば、単純なオムライスとかでもいろいろあるし……。


「そりゃそうか。卵は何処の世界でも優秀な栄養源だろうしね」


「卵は何とか食べられましたが、鶏肉もハレの日の料理でしたね。私たちでも大きなイベントが無いと食べられなかったんですよ~。ほら、卵を産む大切な鶏を潰さないといけないですし」


「確かに、人数次第で結構な数を潰さないといけないしね」


 この辺りで養鶏されている長毛鶏ながげどりは卵もよく生むし、つがいで繁殖部屋に入れておくと簡単に増えるから、意外にこの辺りは卵も鶏肉も安いんだよな。本当に助かる。


 百羽程度だったらどんなに条件が悪くても数日で揃うからね。


「しばらく宿屋暮らしだと思いますし、そこまで必要な物はありませんよね?」


「この辺りのダンジョン探索中に使える食器類はあると便利だよ。ここは雑貨屋だけどタオルやハンカチは売ってるし」


「こんなに丁寧に編まれた靴下まで……」


 その辺りを安価で売る為に、編み込み用の魔導具とかも開発されてるしな……。過去にどんな天才が居たんだか。


「その辺りは雑貨として扱われてるね。女性用の服の店は二軒隣にあるから、後でディアナだけで行って来るといいよ」


「そうですね。お気遣いありがとうございます」


 ホントにここは来る度に初めて見る魔導具とかが増えてるな……。使えるようになれば便利なんだろうけど、使い方が分からないから買われない商品もあるだろう。


 俺が魅惑みわく星天せいてん亭で働いてる時には、ハンドミキサーとかの便利調理器関係を買い漁ったもんだけどな。


 他の場所では導入が早かったあの辺りの調理器だけど、当時のこの街ではまだ全然普及していなくて、俺がわざわざ買って店に持ち込んで、使い方を説明したんだよね……。懐かしい話だ。


「こんな所かな? これ……、なんだろ?」


「小型魔導モーターが組み込まれた玩具かな? その手の商品ってほんとに多いんだよ。この辺りにあるのはスイッチを入れると動き回る玩具だね」


 本来の使用方法は子供向けの玩具だけど、ダンジョンで魔物の注意を逸らす為に使う場合もある。


 実際、作動させて罠として仕込めば優秀な物も多いんだよね。この辺りの魔導具の使い方は、小っちゃい説明書が取り付けられてるから、自分でそれを読んでくださいって感じかな。


 ディアナは魔石を使わない魔道具型の玩具で遊んでるな。その手の商品も多いよね。


「おもしろ~い。でも、無駄遣いはできないですよね」


「余裕が出来たら買えばいいさ。売り切れる事はないから」


「そうですね。って!! これ……」


 また別の玩具を見てる……。


 聖女って肩書で大人っぽく見えてたけど、ディアナって意外に子供っぽい所がある?


 真剣そうな顔で、あのちっちゃい説明書きまで読んでるよ……。


「とりあえず必要な物を買って、お金が余ったら買うとか」


「そそそっ、そうだね。うん、そうするよ」


 動揺したのか、話し方が素になってるというか。そうか、本来はあんな話し方なんだな……。


「初めて見ると目を引く玩具も多いしね。意外に高いから気を付けて」


 この手の小型魔導モーター内臓玩具の難点は、玩具にしてみると少し高い事だ。


 手の平サイズなのに千ゴルダ以上する玩具も珍しくは無い。安かったらマジで冒険者たちがダンジョンで魔物対策で使うんだろうけど……。


 とりあえず雑貨屋での買い物を終え、二軒隣の女性物の服を扱う店に移動した。流石に入りにくいから、俺は店の前で待機だ。


「それじゃあここで待ってるから」


「ごめんなさい。出来るだけ早く済ませますので……」


「急ぐ必要はないし、ゆっくりで大丈夫だよ」


 この世界、魔導具が発達してるからいろいろ便利なんだけど、通信系はホントにダメダメというか魔素が邪魔をして使い物にならないみたいだ。


 特殊な水晶を組み込んだ大型の通信機はあるけど最低数千万ゴルダするし、冒険者ギルドや一部の大手商会位にしか導入されてなかったりする。


 携帯があったら便利なのにね。


【ブレイブフォンは魔素に対応していますが】


 アレはひとつしかないしな……。


 しかも超絶危険な武器になるから他人には渡せない。たとえそれがディアナだとしてもね。


【その辺り、マスターは慎重で真面目ですね】


 ディアナが使って誰かを傷付けて後悔する事もそうだけど、誰かに奪われてそこで誰かが傷付けばやっぱり後悔するだろ?


 だから、俺は誰であろうとあんな物を渡そうとは思わないよ。


【この世界に来た時に各種機能が魔素対応に変わったのは驚きました。携帯電話サイズですが、変形させれば高出力の光線銃ですからね。この世界では魔導銃ですが】


 元々そういう目的で作られてるからな。


 ブレイブが変身前に使う武器で、それに通信機能が付いてるだけだし。ただ、色々問題があるからこの世界では武器としては使わない。それはそれとして。


「ブレスは治らないよな?」


【自己修復機能を使っても、最大九割までしか回復できません。変身に使うのは危険だと判断します】


 そうだよな……。


 やっぱり、変身は無理か。


 ディアナがいるしさ、誰かを守る為にブレイブの力が欲しいなんて一瞬考えちまったよ。


【変身しなくても、マスターは十分強いですよ】 


 ブレスのおかげで全能力五割増しだからな。


 あれ? 向こうからこっそり出てきたのはディアナじゃないか?


【ディアナさんですね。先ほどの雑貨屋に向かったみたいです】


 何か買い忘れた物を思い出したのか?


 あれだけいろいろあると仕方がないんだけど……。


 何か事情があるのかもしれないし、声を掛けられるまで待ってみるかな。



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