第三話 もてなし亭の絶品料理で舌鼓を~




 ダンジョンを出た俺達が向かった先は冒険者ギルドではなくて、その近くにある俺が拠点にしている食堂兼宿屋の【もてなし亭】だった。


 今日の稼ぎはとりあえずこのまま特殊インベントリ内に保管しておいて、換金なんかは明日冒険者ギルドでディアナさんの登録や何やらと一緒に済ませてしまうつもりだ。


 冒険者に登録する為に用意する物もあるしね。既に街の中にいるから、身分証の提示を求められる事も無い。一応街を囲んでる城壁にある門では、確認の為に身分証とか求められるからさ。


 あんな事があった後だしディアナさんも疲れてると思うし、そんな状況であの冒険者ギルドに連れて行くのはアレだしな……。


「ここが俺が拠点にしている宿屋です。まだ新しいから建物も綺麗ですし、安くて飯の旨い良い宿って割と有名なんですけどね」


「リッパなお宿ですね……。街を歩いて感じましたが、建築物とかの文化レベルはこの世界の方が高いみたいです」


「意外に色々と進んでるんですよね……。この世界は上下水道完備ですし、衛生面もかなりいいですよ。向こうの大きい建物は大衆浴場ですし」


 この迷宮都市フォーメイズクラスの街になると、ほぼスーパー銭湯な大衆浴場まであるんだよな。


 入浴文化あるから割とみんな清潔で、疫病なんかも流行ったりしない。貧乏でボロボロなのは地方のド田舎にある限界集落だけって事なのさ。


 ああ、都会最高。もし仮に長男なんかに生まれていたら、あのド田舎で死ぬまで暮らす羽目になる所だった。


 ん? ディアナさんの様子がちょっとおかしいな……。


「あのっ、宿っていっても、私お金なんてっ……!!」


「大丈夫ですよ。今日の支払いは俺が出しますしから、その辺りは安心してください」


「本当にすみません。今日出会ったばかりなのに、こんなに良くしていただいて……」


「大体事情は理解しましたからね。困った時はお互い様ですよ」


 それだけじゃないけどね。


 今日出会ったばかりだしそこまで下心がある訳じゃないけど、色々期待してる俺がいたりするし……。


 とりあえず受付で手続きを済ませたし、今晩の宿は無事に確保できた。ここの店長で昔からの知り合いなルーベンの野郎のニヤケ顔がめっちゃうざかったけどな。


「という訳で、ここが今日の宿です。同室はどうかと思ったんですが……」


「いえ。私がお願いした事ですし、むしろ好都合と言いますか……」


「好都合?」


「いえ、こちらの話です」


 なんとなく様子がおかしいというか、色々と宿の設備なんかを確認してたみたいだし……。


 この辺りの文化もディアナさんのいた世界とはかなり違うんだろうし、トイレとか生活するうえで色々見ておかないといけない場所も多いんだろうけどさ。


 あ、着替えとかも大問題だよな……。明日買いに行けばいいけど、お金が足りないなんて事は無い筈だ。


 数年後に店を出す為にある程度の余裕はあるし、普通に暮らすんだったら数年は冒険者をしなくても食っていけるだけの余裕もあるぞ。


 冒険者にしては稼いでる方だしそこまで贅沢もしないから、割と資金的には余裕があるんだよね。


 ……晩飯はここの食堂で、自慢の絶品料理を頂くとするかな。


◇◇◇


 もてなし亭自慢の大食堂。宿泊目的じゃなくて、食事の為にこの店を訪れる客もかなり多い。


「とりあえず食事ですね。ディナーなんでこのメニューから選ぶ形式なんですが、お酒を飲む人は別につまみなんかもありますよ」


「そこまでご迷惑をおかけする訳には……。それじゃあ、このお肉のセットとワインをお願いできますか?」


「わかりました。足りない時は言ってくださいね。付いてくる主食がパンですけど、問題無いですよね?」


「パン……、ですか。大丈夫ですが、頑張って食べるようにします」


 ん~? スコーンをおいしそうに食べてたのに、パンが苦手なのかな? あれはパンって言っていいのか微妙だけど。


 ここのディナーの注文の仕方はテーブルにあるメニュー表に各種定食の様な物が並んでいるので、客はその中から選んでそれを頼む形式になっている。肉のセットと魚のセットが各百ゴルダ。他にも鳥のセットと野菜のセットがあるぞ。


 野菜のセットは肉を食べない一部の種族向けというか、ちょっと変わり者の種族用だね。


 他には肴というか晩酌セットなんかもあって、唐揚げやスパイシーポテトとかの揚げ物とお酒のセットなんかも用意されている。


 一品料理もあるけどここの料理は全体的に量が多いから、更に追加で頼む人間は相当に大食いだ。


 この辺りの料理の半分くらいは俺がこの街に来て増やしたんだけど、今では街中で売られているんだよな。おかげでこの街の飯のレベルは相当に高い。俺より前に来た転生者か何かがいたのか、この世界には醤油と味噌があるから味付けもしやすくていいしね。あまりガッツリ醤油や味噌で味付けされる事は無いけどさ。


「おいしぃぃぃぃっ!! 特にこのパン!! 小麦のパンってだけでも凄いのに、ほんのり甘くてすっごい柔らかいです!! 見てください、こんなに簡単に千切れるんですよ」


「材料に砂糖とかも入ってるからね。肥料が改良されて小麦の収穫が増えたから、この辺りだと普通に小麦のパンが食べられますよ」


「信じられません!! 黒パンとまでは言いませんが、もう少し酸っぱくて硬いパンが出て来ると思ってましたので……」


 黒パンって、小麦じゃなくてライ麦のパンだっけ?


 ディアナさんの元の世界は、もしかして食生活も酷かったのかな?


 黒パンなんて売ってる店は殆ど無いし、この辺りでもよっぽど好きな人じゃないと買わないよ。ああ、だから最初に我慢して食べるとか言ってたのか……。


 今日出てきたパンは普通のバタールだけど、バターロールとかクロワッサン辺りを食べたらどんな反応をするんだろうか?


「迷宮都市フォーメイズは大都市ですし、交通の要所ですからね。いろんな場所から色々入ってくるから、全体的に物価は安めです。調味料や香辛料も豊富なんですよ」


「そうだったんですね。うわぁ……、やわらかいラムチョップが三本も……。しかもこんなに立派で大きいなんて……。おいしいぃっ!! 本当に信じられません」


 迷宮都市フォーメイズ名物の一つ、子羊の骨付きアバラ肉の香草焼き。


 子羊でも僅かに臭みがあるから、この辺りでもこのスタイルで出される事が多い。


 羊は毛を刈る目的で馬鹿みたいに飼われてるから、偶に子羊も間引かれて肉として出て来るんだよね。


 マトンに関してはもう少し匂いが強いから流石に扱ってる店は少ない。人気が無くて流通量が多いから値段がほとんどタダ同然なんで、主に孤児院とかあっち方面で消費されてるって聞いたな。マトンも匂いに慣れると意外においしいんだけど……。


「ワインもおいしい……。お肉もそうですけど、こんなに濃いワインなんて私たちの口に入るのは、何かの記念日か式典の時だけだったんですよ」


「この辺りは水で薄めた壺ワインは出てきませんからね。こうして全部瓶詰の状態ででてきます。ワインだけじゃなくて、アルコール類も色々揃ってますけどね」


 ビール類はラガーとエール。大衆浴場では冷えたラガーが飛ぶように売れていると聞く。俺も夏場にはよく飲むし……。


 ウイスキーや焼酎なんかもあるから、チューハイやハイボールなんかも売られているぞ。


 他にはブランデーも存在するけど、あれは異常に高いから貴族が好んで飲む酒って感じになっているね。ワインは安いのにな。


「ありがとうございます、ワインで十分ですよ~」


「もう少し暑くなったら冷えたラガーもおいしいんですけどね。冒険者はエールを好む人も多いですが」


「おかしいですよ~。どうしてこんな恵まれた世界に、私なんかが……」


 恵まれた世界?


 確かに、俺もこの辺りに来るまではそこまで恵まれているとは思わなかったけど、こうしてみるとかなりいい条件だよな。


 移住食はかなり高いレベルで揃ってるし、仕事も探せば幾らでもある。


 冒険者をしてても余程危険を冒さなければそう簡単には死なないし、死後一日以内に教会に担ぎ込めば、蘇生魔法で生き返れる可能性もある。色々条件があって、必ず生き返れる訳じゃないけどね。


 蘇生は回数を重ねると成功率が落ちるそうだから、出来る限り無理をせずに死なないってのが冒険者の常識だ。


「えっと、そろそろ食事は終わりでいいですか?」


「はい。ご馳走様でした」


 っ!! え? その仕草とかって、まさか。


「それは前の世界の風習ですか?」


「ああっ、この辺りはしないんですか?」


「この辺りはそうですね」


 それはむしろ俺の元の世界でやってた風習だよ。っていうか、ディアナさんの行動に割と元の世界の匂いを感じるんだよね……。


 ディアナさんのいた世界に日本人の転移者か何かがいた可能性が高いけど、調べる方法も無けりゃ調べる必要もないだろう。


 俺達はとりあえず晩飯を終え、取っていた部屋へ移動する事にした。


 今日とった部屋。ベッドは別にしてるけど、ディアナさんの強い要望で同室なんだよね……。なんでも、知らない世界に一人でいるのが怖いんだとか……。


 そりゃそうだよな。


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