第二話 この世界の常識を説明してみよう



 テーブルの上には俺が焼いたスコーンが乗った皿と、温かい紅茶が注がれたティーカップがあってそこで湯気をあげている。皿やティーカップは割といい物なので、こうして出しても恥ずかしくないぜ。


 ミルクティーが好きかもしれないから、程よく温めた牛乳が入った小型ポットも用意してあるぞ。


 ちゃんとスコーンを食べる為に、ジャムや蜂蜜が入った小さ目の皿も用意した。この辺りは小さ目のポットに入れてもよかったんだけど、こうして皿に入れてれば小さく千切ったスコーンをつけて食べたりもできるしね。


 直接スコーンにつけて食べる場合は、スプーンですくってから塗って貰うしかないけどさ。


 焼きたてなスコーンの香りと淡い柑橘類の様な紅茶の香りが漂い始めてるけど、このダンジョンの隠し部屋って状況にはあまり似合わない光景だよね。


 別の世界から来たって聞いてるけど、差し出したスコーンを遠慮しがちに幾つか食べてるから問題ないみたいでよかった。って、徐々に食べるスピードが増してる気がするけど気のせい?


 行儀は良いけど、意外に大胆な蜂蜜やジャムの使い方をしてるんだよな……。


「ジャムや蜂蜜なんて贅沢な物を惜しげもなく……。すみません、出会ったばかりでこんなに良くしていただきまして」


「かまいませんよ。お口にあったみたいで何よりです。えっと、俺の名は紅井あかい頼火らいか。この世界での名もライカです」


「私は慈愛と豊穣の女神プリムローズに使える巫女にして聖女のディアナ・ヴィヴァリーニです。あの……、男の人と会話をするのは今日が初めてですので、何かおかしな事があればご指摘をお願いします」


 初めてって、やっぱり聖女ともなるとその辺りも厳しいのかな。


 そうだよな……、さっきから様子がおかしかったのはそれもあるのか?


「その辺りはやっぱり、教会か何かの方針というか戒律?」


「その……、そうじゃなくてですね。私のいた世界は男性の数がものすっごく少ない世界でして……。私がいた街もかなり大きかったんですけど、今までほとんど男性を見た事が無い位なんです」


「大体どの位の状況なんですか?」


「私がいた街ですと地域差もありますが、女性四百人に対して男性一人居れば幸運ってレベルですね。当然男性が全然近付かない場所とかもありますよ~」


 それ、世界が滅びない?


 もう男性を全員施設か何かに集めて国で管理して、相手を妊娠させるだけの装置扱いにしないと駄目な状況だろ?


「あの……」


「ライカさんの言いたい事は分かります。ですが慈愛と豊穣の女神プリムローズ様の命令で、自然な形以外での子作りが禁じられていまして……」


「無茶苦茶でしょ? 世界が滅びますよ!!」


「その状況になった原因が人類側にあるそうで、それも神の試練と言われていました」


 神が直接口出ししてくる様な世界だとそうなるのか。


 この世界を管理している女神アイリスはその辺りはかなり緩くて、よほどの事が無い限り干渉してこないって話だけどな。俺も転生時に少し話を聞いただけだし……。


 転生時に俺にいろいろアドバイスをくれたのは、その女神アイリスと仲のいい女神アプリコット様だけどね。


「それでライカさんに会った時に驚いちゃいまして。男性とこうして同じテーブルで食事が出来るなんて、元の世界では一部の大貴族か大金持ち位だったんですよ~」


「俺なんかはディアナさんが美人で驚きましたけどね。元の世界ですと、ディアナさんクラスの美人でも男性と付き合えないんですか?」


「えっ?」


「えっ?」


 俺のセリフにディアナさんが驚いてる。


 いや、ディアナさんって絶世の美女とまでは言わないけど、こうして普通に話すのに緊張する位には美人だよ。


 俺だって転生前とこの世界に来てからいろんな女性と出会ってるけど、その中でも他の追随を許さない位には美人だ。


「ふふっ、ご冗談を。ライカさんはお世辞がお上手ですね」


「冗談なんて欠片もないですよ。いやほんと、こうして話せるだけでもラッキーなくらいです」


「……脈あり? ホントに」


 聞こえないレベルで何か呟いた。しかも超早口。


 まあいい。色々確認しなきゃいけない事もあるしね。


「とりあえず持ち物の確認と言いますか、現状の確認ですね。このまま元の世界に帰れない場合ここで生きていかなきゃいけないでしょ?」


「え? ああ、そうですね。帰れない場合、生活資金とか色々問題が出てきますか。……帰る必要を欠片も感じませんが」


 最後。すっごい不穏なセリフが聞こえたぞ!!


 そっか~。って、帰る気はほぼゼロかよ!!


 聖女って結構な地位の人だろ? それを簡単に捨てられる訳?


「世知辛い話ですが、まず当面の生活資金。この世界は意外に物価が安いですから、質素に暮らせばそこまでお金は必要ないんですけど」


「当然ですが、私はこの世界の貨幣を持っていません。この辺りが元の世界の硬貨と紙幣なんですけど……。硬貨もそこまで価値のがある金属ではありませんので」


「紙幣!! うわぁ……、透かしの入った紙のお金なんて久しぶりに見ましたよ。かなり文化レベルの高い世界だったんですね」


「その姿で紙幣を知っているという事は、ライカさんは本当に転生者なんですね。ほんの少しだけ疑っていたんですよ」


 そりゃ、いきなり転生者だって言ってきたらそう思うだろうね。


 俺の場合はそれだけじゃなくて、本当にいろんな事情が大渋滞を起こしてるんだけどさ。


【私の事とかですか?】


 それも含めてね。


 変身できないヒーローとか、笑い話にもならないけどさ……。


 それ以外にも俺って割と複雑な経歴だろ?


 って、今はそんな事どうでもいいか。


「この世界では当然貨幣ですね。これが銅貨で、こっちが銀貨。この上に金貨や白金貨があります」


「それがどの位の価値なんですか?」


「この千ゴルダ銀貨が一枚あれば、普通の宿に十日位は宿泊可能です。食事ですが、普通のメニューの料理をそのあたり食堂で食べると大体五十ゴルダ。この場合は大体こっちの十ゴルダ中銅貨を使いますね」


 飯屋でもそうだけど、その辺りの露店ですらジャラジャラと一ゴルダ銅貨を五十枚も出すと睨まれる。


 露店とかしてると小銭も欲しい時はあるだろうけど、流石に数えるのが大変だし、中には支払いを誤魔化す馬鹿もいるからね。


 という訳で、食事とかで一番よく使うのはこの十ゴルダ中銅貨だよな。他の場面でも大活躍だけど。この中銅貨は市民の要望で鋳造するようになったって話は聞いている。


「一食五十ゴルダですね。ゴルダというのがこの世界の通貨名称ですか?」


「ゴルダはこの国といいますか、この大陸の共用通貨ですね。俺もさすがに他の大陸の国の通貨は知りませんが」


「ひと月暮らしていこうと思ったら、最低でも五千ゴルダくらいは必要って事ですか?」


「食事とかを豪華にしたらもう少し必要ですけど、五千ゴルダあればなんとか暮らしていけますね。ギリギリに切り詰める場合は、その半分くらいでも何とかなりますよ」


 食事と宿のランクを最低まで下げれば、ひと月最低千ゴルダくらいでも暮らしていける。だけのこの場合は一日二食が限界だし、質より量なそこらの食堂じゃないと無理だ。宿も屋根があるだけマシなレベルになるしね。


 俺に関しては今日の稼ぎはさっきの宝石もあるし、アレを売れば割と十分な額になる。


 元の世界と比べて宝石も安いんだけど、あのくらいの大きさだと最低でも八千ゴルダくらいかな?


 この後この辺りの探索もするし、今日の稼ぎの予想は一万七千くらいの筈。この額は冒険者として考えてもかなり大きい。


【一流冒険者でもそこまで稼ぎませんよ。マスターの運が良すぎるだけです】


 そうなんだけどね。普通の冒険者の十倍近くは稼いでるはずだしな。


「まだ私はそれだけの額を稼ぐのが、どれだけ大変かは分かりませんが……」


「運が良ければそこまででも無いですよ。さっきも少し話しましたが、この世界に普及している物にこんな物があります」


「なんですか、これ? 小さ目の袋ですか?」


 何も知らなければ、手のひらサイズの巾着袋の様に見えるよね。


 俺も驚いたんだけど、これはこの世界に普及しているマジックバッグで、この世界の住人はほぼ全員これを使って物を運んでいたりするんだ。小さな子供でもね。


 だからこの世界では大きめの背負いバッグとかそういった物が全然売られていないし、普通のカバンなんかも全然発展していないんだよね。持っているとしたらマジックバッグを収納する為に必要な、ちょっとした小物入れ位かな?


 店のウエイトレスも料理をマジックバッグに入れて運んでいるし、その方が料理が冷めないからいいんだとか。


「コレ、この大きさでテーブルとかが余裕で入るマジックバッグなんですよ。俺が持っているのは容量が割と小さめなんですが、それでも結構入ります」


「ええぇ!! 国宝級のアーティファクトじゃないですか!! こんなに雑に扱っちゃダメですよ!!」


「この世界ですとこれが普通なんですよ。あ、あそこの大きさの岩が入るマジックバッグが、大体百ゴルダで売られていますね」


「百ゴルダって……。お昼ご飯二回分ですか」


 正解。


 ホント格安なんだよ。


 しかもこれ、犯罪や盗難対策が十分すぎる程に組み込まれてるから、普通に店とかでも使えるしね。


 マジックバッグをマジックバッグには入れられないってルールがあるらしくて、マジックバッグを持ち運ぶ為の小物入れはある。人とかは入れられないし、大き目の家畜も無理。


 だからその辺りを運ぶ馬車に関しては割と進化してるんだ。人が乗る馬車も乗り心地がかなりいいぞ。っと、とりあえずディアナさんにマジックバッグの使い方を一通り説明するかな。


「……という訳で、これがマジックバッグの使い方になります」


「便利なんですね~。でも、本当に頂いてもよろしかったんですか?」


「そのマジックバッグでも五百ゴルダくらいですから。とりあえず必要無い荷物とかは、この中に全部突っ込んでしまいましょう」


「ありがとうございます。持ってこれた物もあまりないんですけどね……」


 これで荷物とマジックバッグ問題は片付いた。


 この世界で荷物なんて持って歩いてたら、本気で変人扱いされるしな……。いや、マジで。


「俺はこの後、とりあえずこの隠し部屋を探索してしまいますね。もう少し何か手に入るかもしれませんし」


「もう魔物は出ないんですか?」


「隠し部屋ひとつに魔物は一体ですから、さっきのオークで終わりですね。……こうして、隠しギミックを作動させると宝箱が出たりするんですよ~」


 一見何もない部屋に見えるけど、決められた手順でギミックを作動させると部屋の中央に手の平サイズの宝箱が出現した。


 隠し扉の先にはだいたい五部屋から十部屋空間が用意されていて、そのうちの半分くらいの部屋に何かしらギミックが隠されている。


 これが俺の貴重な収入源たちだ。


「この宝箱は銀ですか?」


「純銀製の宝箱ですね。問題は中身ですけど……、これは小型のナイフかな? 残念ながら魔法の付与は無いみたいです」


「このナイフも銀製ですよ!! 凄い!! こんなに装飾が奇麗で……」


「出会った記念に、このナイフをディアナさんにプレゼントしますよ」


 柄の方をディアナさんに向けて、銀製のナイフを差し出した。


 あれ? 固まってるんだけど……、どうして?


「ごごご、ごめんなさい!! こんな形で男性からプレゼントを貰えるなんて思っていなかったので……」


「大丈夫ですよ。マジックバッグにでも収めておいてくださいな」


「男性からの……、ライカさんからのプレゼント……」


 なんか、銀製のナイフに頬擦りしそうな雰囲気なんだけど……。


 この後、残りの部屋を全部回ってすべてのギミックを作動させ、いつもよりかなり多い財宝を入手する事が出来た……。


 ディアナさんの生活資金なんかの話もあるし、財宝が多かったのは結構助かるんだけどね。



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