第7話 心もとない灯の下で

 その後は食後のデザートを終え、レベッカはそのまま床につくため寝室へと向かう。

 一方の俺はというと、食後の片付けを終えた後、ランプを片手にアトリエへと向かった。


 それから、ランプの光だけを頼りに、イーゼルに立てかけられた真っ白なキャンバスと向かい合う。


「……パンと、クッキーと、グラタンの焼き色、ねぇ」


『世界一美しいものの絵』

 結局、レベッカからそのヒントになりそうな答えを得ることはできなかった。


 試しに、筆を走らせキャンバスの上にパンとクッキーを生み出してみるが、どうにもしっくり来ない。

 それを見て『美味しそうだ』とは思うのだが、『美しい』という感想はどんなに探してみても俺の中には見当たらなかった。


「クソ……まったく分からん。肝心の姫さんは答えを教えてくれねえし」


 そんな風にぶつくさ呟きながらも、世間的に美しいとされるものの絵を思いつく端から描いていく。


 宝石。金貨。薔薇や百合。趣向を変えてみて、朝陽や豊かな緑の大地。しかしいずれの絵も、描き始めた瞬間から『何かが違う』という気がして、すぐに筆を止めてしまう。


 だけどなにが違うのかが分からない。

 どうしても引っかかる違和感の正体が、俺にはどうしても掴めない。


 少なくとも、世間的には間違いなく美しいとされるもののはずなのに、いずれも陳腐で下らなくてつまらないもののような気がしてしまうのだ。少なくともイザベラは、こんな絵を期待して俺に依頼してきたわけではないだろう。


 だからといって、『世界で一番美しいもの』と言われて、頭に浮かぶものなんてない。

 ……いや、本当はあるのだが、それこそ俺のエゴであり欲目でしかないものだ。画家として絵を描く時に重要なのは、描いた絵が商品たり得ること・・・・・・・・。エゴと欲目だけで自分の趣味だけに走るのは、絵で生計を立てることを目指す身としてはやってはいけないことであった。


「クソ、なにが違うんだ。なにが……」


 その後も、キャンバスに何度も何度も筆を走らせながら。

 俺はランプの灯が心もとなくなり、やがて消える頃合いまで、一向に答えの見える気配のない制作に励むのであった。

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