第5話 無茶な依頼

 イザベラの言葉に従い、庭に出る。

 不意に吹いてきた風に、髪先が柔らかく弄ばれる。それに微かに目を細めながら、俺は目の前に広がる庭園を見渡した。


「……綺麗だな」


 よく手入れされた庭園を前にして、俺はあまりにも単純な感想を口にした。


 芝は高さを揃えて刈られており、隙間なくびっしり地面を覆っている。色とりどりの花々も定められた区画で咲き乱れており、その色の鮮やかさ、豊かさには心を打たれる。


 そして植木や樹木の類は枝ぶりも良く、天を目指すかのように突き上げられている姿が、なんとも立派でため息が溢れた。


 そのような素晴らしい庭園だというのに、なぜだか『管理されている』という印象は薄い。


 芝はそうしたくて地面を敷き詰めているかのように。

 花は己が咲きたい場所で咲き乱れているかのように。

 植木は自由気ままに枝を伸ばしているかのように。

 大樹はまさしく在るがままでそこに居るかのように。


 見た目はこんなにもため息を誘う程に美しいというのに、一方でどこか心安らぐ素朴さを兼ね備えているかのようですらあった。


「こんな素晴らしいものを、レベッカが作っているのか……」

「アレはなかなかに豪胆な女だぞ」


 後ろからついてきたイザベラが、俺に向かって話しかけてくる。


「この私が、彼女を雇う時に、あの子はなんて言い出したと思う?」

「一生懸命頑張ります、とか?」

「そんな生やさしいもんじゃない」


 だよな。

 間違ってもレベッカは、そんな言葉を口にしたりしない。『一生懸命』なんて言葉を、彼女が口にしているのは聞いたことがない。


 フッと楽しげに笑い、イザベラは次のように言葉を続けた。


「『私は姫様の望む通りの庭園を作れないと思います。土、草、木、花……それぞれ枝を伸ばしたい方角が、咲きたい場所が異なるものですから、彼らのその望み以上に姫様のお言葉を重んじることはどうにも私にはできかねるようです』……今でも一言一句覚えているが、なかなかどうして達者なものだ」

「あーいや、えーとその……」


 レベッカらしい物言いとは思ったが、王女相手に口にするのは不敬な言葉だ。


 思わず俺が言葉に詰まると、イザベラは「気にすることはない」とかぶりを振って先を続けた。


「私はその言葉が気に入って彼女を雇い入れた。それで出来上がったのがこの庭だ。そして私が見てきた中で、これより立派な庭もない」

「……」

「思うに彼女は、物の美しさの本質というやつを誰より深く知っているのだろう」

「ああ……レベッカは、世界で一番素敵な女だからな」

「そういう話をしているのではない」


 イザベラが、庭から俺へと視線を移す。

 その瞳には、強い熱意が輝いていた。


「お前も知っての通りだと思うが、私は美しいものが好きだ。見せかけではない、本当に美しいものが好きだ」

「ああ、知ってるさ」

「ならばひとつ、画家としてのお前に依頼をしよう」


 それからイザベラは不敵に笑い、


「世界で一番美しいものの絵を描いてこい。私が言い値で買い取ってやろう」


 無茶な依頼を、言ってきた。

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