亡霊少女は死りたがる

@namari600

プロローグ

昔々のそのまた昔。

数多の種族が己が覇道を極めんとして争い続けた、まさに激動の時代。


事象すらも操る異なる世界の神々。


呼吸をするように屍の山を積み上げた悪魔。


巨大な主砲を備えた機械兵の軍団。


見たことのない魔法を操る龍の群れ。


弱者は強者に淘汰、または駆逐されて歴史の闇へと次々と葬られていった。


常に空には暗雲が立ち込め、大地が抉られることなどは日常茶飯事。

海や湖は干上がり、落ちた落雷は新たな生き物を戦場へ投下した。

終わりの見えない……いや、終戦が世界の終わりに直結するこの争い。


この時、地上に住む生物の覇権を取っていたのは人間だった。


小国は強大な敵を前にして結束し、大国へ。

人間達は幾つかの大国を形成し、多種族をも飲み込んだ巨大な勢力権を大陸に築き上げた。


しかし、所詮は人間や亜人の集まり。


単体で一軍を相手にする悪魔や機械兵。

神々に至っては、大国ひとつを単体で相手とする。


希望が見えた人間達は、現実に直面することとなる。



だが、”あの国”だけは違った。



機械兵団を次々と破壊し、再生する悪魔を滅し続け、龍の群れを地上へと叩きつけ、挙げ句の果てには神殺しまでも行った。



激動の時代から数千年が経った。

その国の名前を知る者はもういない。

誰にも知られず、一晩で歴史の闇へと自らその姿を隠した。

いまや亡国の跡地は深い深い森の中。



闇の中から一人の少女が顔を出す。



—————————————————————


【恋人の花園】——かつてそう呼ばれていたこの場所は、今では焼けた死体と折れた武器のための墓地へと姿を変えていた。


色とりどりの花々が咲き誇っていた大地は剥き出しに。


静かに流れていた小川は干上がった。


死体を啄む野鳥が空を飛び交い、消えることを忘れた火が生き延びた草花を焼き尽くす。


連日の戦争の災禍に巻き込まれたこの場所に訪れる者は、やがて誰一人としていなくなった。

幸せを運ぶ花園は、死を慰める霊園に。

ある雨の日の夜、死んだ花園に足音が響いた。

背丈は子供より少し大きい。

体型は随分と痩せている。

目深に被った黒いフード付きの外套からは、乱雑に切り揃えられた黒い前髪が少しはみ出していた。

そして、背中に背負っているのは鞘に収められた身長よりも長い薙刀。

その姿はまるで亡霊のようだった。

血の水溜まりを超え、腐った死体を踏み、亡霊はある場所を前にして立ち止まる。


フードの影から見える、血のように赤い双眼の先にあるのは、槍で腹を貫かれた兵士の死体。


他の兵士の死体と違い、その兵士の死体だけは、つい先ほど死んだかのように綺麗だった。


槍が刺さった傷口から血は流れていない。

ただ死体だけが、美しく残っている。

誰が見ても不可思議な光景。


しかし、亡霊は気にすることもなく、外套の中から伸ばされた真っ白な腕を伸ばす。

死体のように真っ白な手が、腹を貫かれた兵士の顔に優しく触れた。


「遅くなってごめん。それと、ありがとう。君がこの場所を守る必要はもうないよ。だから、君は仲間の元へ行っておいで。あんまり仲間を待たせちゃうと、ボクみたいに一人になっちゃうからさ」


亡霊は背中の薙刀を慣れた動作で鞘から抜き放ち、目の前の兵士の死体を一刀両断する。


直後、人々の記憶から消された夜の花園に、大輪の光の花が咲いた。


「お疲れ様。後はボクに任せて休んでね』


亡霊の薙刀に両断された兵士の死体は、無数の光の粒子となって雨が降る夜空を舞っていた。


その様子は、自分を縛り付けていた現世から解放してくれた亡霊に、ただひたすらに感謝しているようだった。


亡霊は、何も言わずに空を見つめている。

その瞳に光が灯ることはない。


恋人の花園に捨てられていた兵士の死体、その全てが光の粒子となって天へと昇った。

一時的ではあるものの、【恋人の花園】は昔の栄華を取り戻した。


しかし、見渡す限りに花が咲き、訪れた恋人達に幸せと笑顔を運んだこの場所は、いずれ歴史の闇に呑まれて姿を消すだろう。

……あの国と同じように。


不運なことに、花園の最期とも言える幻想的な光景を見ていた人間は、この世界にたった一人しかいなかった。

薙刀を鞘に納め、亡霊少女は歩き出す。

死ぬことを忘れた亡霊は、意味もなく、理由もなく、薙刀と共に彷徨い続ける。


—あの人に出会うまでは—

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