第三章 星護高校 ⑦

 目立つ人が二人に増えたら二倍目立つ。

 当たり前のことを痛感しながら足取り重く近づく透子の背中に、言葉が投げかけられる。


「ねえ、最近よく神坂先輩の近くでうろちょろしている、あの人は何なの?」

「遠縁らしいよ。一緒に暮らしているんだって」


 ひそひそ話にしては、声が大きい。


「は? ずるくない? 見た目せい系ぶりながら、同い年の男の子と一緒に暮らす? 一人暮らしすればいいのに……! 白井先輩だけでも邪魔なのに、また変なのが増えた!」


 羨望とささやかな悪意を背中にチクチクと感じながら透子は二人に近づいた。

 出来るだけ、目立たないようにしようと改めて心に誓う。


「懐かしいなー、高校のこの感じ! 来るのは十年ぶりだよ」


 星護高校の卒業生だという千瑛は懐かしそうにへらへらと笑った。


「来ないうちに色々新しくなって……変なモノも増えたなあ」

「変なモノ?」


 千瑛はにっこり笑って、色々ね。とした。


「プールも新しくなったって?」


 少し真顔になった千瑛に、そうだよと千尋が頷いた。


「事故があったからな。六年前の八月、近所の小学生五人が肝試しだって夜中の高校に忍び込んだ」

「それで? どうなったんだ」

「肝試しの途中で警備員にみつかって、皆散り散りに逃げた」


 歓声をあげながら子供たちは走って逃げて、夏休みの冒険は楽しいまま解散した。

 親に黙って家を抜け出してきた子供たちは、家にまた忍び足で帰ってベッドに潜り込んだ。だから。

 ──友達のうちの一人が高校から戻っていないことに気付かなかった。


「その子の両親が朝になって子供部屋にいないことに気付いて、騒ぎになって。捜索願が出されて……。だけどしばらく、子供たちは肝試しの事を言わなかった」


 怒られるのが怖かった子供たちは三日間そのことを黙っていた。

 結局、亡くなっていた子供が発見されたのは、お盆明けに水泳部員が練習のために登校してからだった、と。

 三人で校庭わきにあるプールに向かう道すがら千尋が説明してくれた。過去の新聞やウェブの記事を探してくれていたみたいだ。


「芦屋さんがみたのがれた男の子なら、その子だった可能性はあるな」


 千尋の言葉に千瑛は肩をすくめた。

 透子の後ろをそっと指差す。


「そこにいる子の事かな?」


 言われた瞬間、背筋がひんやりとして慌てて透子は振り返る。

 千瑛がくれた数珠の影響で何も見えない。


「ここに、いるのか」

「いるね、……ずっと泣いている」


 千尋の問いに、千瑛が静かに答えた。

 透子は千瑛の見ている方向を見ながら、そっと数珠を外した。


(……つめたい、くらいよ。どうして僕だけおいていったの?)


 ──青白い皮膚をした男の子がうつむいている。

 この前見た、男の子だ。


 透子は背筋が寒くなるのをこらえて一歩下がる。その動作に男の子は気づいたらしい。

 べちゃり、と水音混じりの足音を引き連れながら透子の前に立った。


(ねえ。おねえちゃん、どうして?)


 肌は不自然に緩んで白く、目は魚のように黒目だけになって薄い膜が張っている。

 寒かったのか唇は紫で、明らかにこの世のものではない。


「こ、来ないでっ!」


 透子が鋭く叫ぶと、男の子がその場で縫い付けられたかのように固まった。

 千瑛がはじかれたように透子を見たが、透子はその視線には気づかない。


 透子には確かにこの世のものではないモノが見える、けれど何が出来るわけではない。

 ただ……ただひたすら恐ろしいだけだ。一歩下がって転びそうになった透子の腕を、千尋が慌ててつかんだ。


「大丈夫?」

「……う、うん」


 千尋は透子の視線を追って……顔色を、変えた。


「妙だな。男の子が、俺にも、見える……声も聞こえる」


 そういう才能はないと千尋は言っていたのに今、男の子の声まで聞こえるらしい。

 恐怖を共有してほしくて透子も千尋の腕を震えながら摑んだ。


「千尋にも、霊が見える? 確かか?」

「ああ。はっきり見える」

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