第三章 星護高校 ⑤

「高校で拝み屋のバイトすんの?」


 千尋の言葉に、千瑛は口を曲げた。


「仕事と言え! ……おまえは家業をなんだと思っているんだ」

「知らない。俺、そっち方面全く才能ないもん」

「才能無くても、知っておきなさい」

「嫌だよ。──興味もないし」

まちぃ、さいきんちーちゃんがわいくないよー、冷たいよー」

「ちーちゃんっていうのやめろ」


「ニャオニャオ」と小町がその膝に飛び乗ってしきりに何かを訴えている。


「そうだねー、小町。千尋と透子ちゃんの学校生活も気になるしねえ、僕が保護者として授業参観に行かなきゃねー」

「にゃー!」

「え、小町も行きたいの? どうしようか、一緒に行く?」


 そういえば初めて会った時、千瑛は肩の上に白い鳥を乗せていた。

 式神だと言っていたが、猫とも会話ができるのだろうか?


「ひょっとして、千瑛さんは小町ちゃんと喋れるんですか?」

「透子ちゃんも訓練すればこうなれるよ」

「小町ちゃんと会話?」


 目を輝かせた透子の肩を、ツンツンと千尋がつつく。


「芦屋さん信じちゃだめだ。小町は単に、にゃーにゃー言っているだけの、可愛い猫だ」

「え、そうなの!?」

「人の言葉はしゃべらないよ」


 千尋は千瑛から小町をとりあげて、床に座り込むと自分の膝上を提供した。

 小町は喉を鳴らして、千尋に甘えている。


「千瑛のいうことの三分の一は噓だから」


 千瑛はアハハ、と笑った。どうやらからかわれたらしい。


「ごめんね。でも二人の高校におかしなものがいたら困るし、様子を見に行こうか」


 千尋は嫌がったが、千瑛は機嫌よく何やら段取りをしはじめた。


「こうなると絶対意見を変えないからな、あいつ」


 千尋がむくれている。


うれしいでしょ? 僕が高校を見に行くの。友達皆に、かっこいいお兄ちゃんだろーって自慢してくれてもいいよ?」

「誰が兄貴だよ。従兄いとこだろ! 校内で俺に話しかけんなよ、他人のフリをするからな」


 誰にでも感じのいい千尋は、千瑛にだけはちょっと冷たい。

 仲がいいなあと透子は、ほほましく見守っている。

 神坂家にお世話になって一か月あまり。二人のじゃれあいにも慣れてきた。


「千瑛さんの、おんみょうのお仕事ってこの前みたいなことをするんですか?」

「いい機会だから何をしているのか、見せてあげるよ。透子ちゃんも協力してくれる?」


 千瑛に微笑まれ、透子はもちろんですとうなずいた。


「千尋も案内役兼透子ちゃんの護衛として来るように、いいね? 先生方には僕から伝えておくから」



 千瑛が来る事になった翌週の金曜日は、ちょうど模試の結果が発表される日でもあった。


 星護高校は一学年三百人余りの公立高校だ。部活は水泳部と吹奏楽部、弓道部が強い。

 どちらかと言えば進学校で、大学進学率は八割を超える。

 模試がある場合は各教科と全体の十位までは、職員室の前に掲示される。透子は掲示こそされなかったが、全体の三十位にランクインしていてとりあえずほっとした。

 前の高校では上位五番目くらいに位置していたから、やっぱり都会の学校は違う。


「千尋くんすごいね、三位だなんて」

「……あいつ本当に隙がないよねー。可愛げがないっていうか」

「同い年に可愛いとか言うなって」


 陽菜の憎まれ口にひょいと割り込んできたのは、千尋だった。


「模試の結果よかったね。三位おめでとう」


 祝うと、千尋は予想に反してちょっと悔しそうな表情を浮かべる。


「今回は一位狙っていたんだけどな、やっぱ無理か」

「仕方ないよ、部活で忙しそうだったじゃない」

「部活は別腹。一位になったことないから一回なってみたい」


 別腹の使い方が違うんじゃないかなあと透子は首をかしげた。

 昨日、夜中に小町の重さで目覚めてしまった透子は気になってベランダから千尋の部屋をうかがった。時計の針は一時を指しているのにやはり灯りがついていて、千尋はまだ勉強をしているようだった。


 透子は少し心配になる。千尋は、どこで息をついているんだろうか、と。

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