第三章 星護高校 ④

「陽菜、帰ろうぜ」

きょうへい!」


 一緒にいたのは陽菜の彼氏のならざき恭平だった。

 人懐こい感じのいい男の子で、去年から二人は付き合っているらしい。

 先に帰るねと陽菜はうきうき手をつないで帰ってしまう。

 千尋が仲いいよなと笑い、──一緒に帰ろうと透子を促した。


「芦屋さん、なんか顔色悪いけど……何か見た?」

「どうしてわかったの?」

「数珠を嵌めているから。校内では外していたのに」


 千尋は透子の手首に嵌められた数珠を見た。

 透子が先程の光景を言うと、千尋は透子たちが歩いてきた方角を向き目を細めた。


「駄目だな、俺には全然見えない」


 そうだった、と透子は千尋を見上げた。千尋は霊を見ることができないのだ。


「でも、その、見えても怖いだけだし、何もできないし……見えない方がいいよ……」

「普通はそうかもな」


 いいながら、千尋は僅かにうつむいた。


「けど、神坂の人間なのに見えないのは期待外れだって言われる。俺も、霊とか鬼とか見えたらいいのになって思うよ」

「それは……」


 何といってよいのかわからず透子は言葉を探し、千尋はそれに気づいておたように笑う。


「案外、鬼も近くにいるかもしれないぜ、力の強い鬼ほど隠れるのが上手うまいらしいし。千瑛も上位の鬼は人間と区別がつかないって、この前言っていただろ」


 千瑛は「る」よりも「はらう」方が得意らしい。


「芦屋さんは訓練すれば、人間のフリをした鬼も、見抜けるようになるかも」


(一族でも透子さんみたいにはっきり見える人は貴重なんだ。だから君は神坂の家で歓迎されると思う)


 確かに千瑛は以前、透子にそう言ったけれど、具体的に何をすればいいのか、ちっともわからなかった。


「鬼を発見したってばれたら、殺されちゃうんじゃないかな」


 人間を食べるような生き物が実は側にいるとしたら、恐ろしい。


「俺はみえないし、霊より生きている人間の方がずっと怖いけどなあ。あ、芦屋さん通学路覚えた? 俺、明日から朝練あるから六時半には家を出るけどひとりで大丈夫?」


 ホームルームは八時半からだから、一緒に出ると早すぎる。


「うん、大丈夫。別々に登校した方が、呪われなくて済むし……」


 透子は白井のことを思い出しながら、ボソッと言った。


「呪い?」

「なんでもない……」


 うじゃうじゃいるという白井桜レベルのファンにとって、遠縁だというだけで近くに出没するようになった透子の存在はさぞ不快だろう。

 文武両道で、かっこよくて、親切。人気者なのも納得してしまうけれど。


「朝早いけど千尋くんはいつ寝ているの? 毎晩、一時くらいまで勉強してない?」


 模試の前夜だったから透子は珍しく夜ふかしして勉強していたのだが、ベランダから見える対面の部屋……千尋の部屋からもあかりが漏れていた。

 実は昨日だけじゃなくて、たまに目がめると、必ず同じように灯りがついているのだった。


「二時には寝ている。もともとショートスリーパーなんだ」

「そうなの?」


 二時に寝て、おそらく六時に起きて運動して。いくら若くても身体からだを壊さないものなのだろうか。不安になったけれども、それ以上は聞けずにあい無い話をして家に帰る。

 帰宅して、千瑛に放課後見かけた「男の子」の話をすると、彼は顎に指を当てて考え込んだ。


「あの男の子が靴箱を倒したみたいに見えたんです。気になって」

「……どんな感じの印象だった?」

「さ、寂しい感じがしました。あまり目を合わせたくない、感じの」

「寂しくて関わり合いになりたくない感じ、かあ。……霊障も起こしている、と。放置しておかない方がいいかもな」


 災いをもたらす霊を放置するとやがて鬼になる、というのはつい先日、千瑛が言っていたことだ。

 千瑛はうーん、とうなった。


「一緒に行こうか。そして、その子の話を聞いて……あるべきところに返してあげよう」

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