第三章 星護高校 ③

「筆頭ってことは……あんな感じのファンの方が……いっぱい、いるの……?」

「うじゃうじゃ。透子きっと今日から呪われるよー。朝から視線が怖いほど突き刺さっていたよね」

「うじゃうじゃ……」


 陽菜は明るく言ったけれど、透子は震えあがった。

 ……と同時に大人しくしていようと誓う。新生活であまり目立ちたくない。


 目立つ前にすぐに帰るつもりだったのだが、陽菜が他のクラスメイトと共に校内や部活動、委員会活動まで案内してくれてあっという間に二時間経過してしまった。

 陽菜は生徒会と、たまに野球部のマネージャーをしている。以前は陸上部所属だったらしいが、足を痛めて退部したのだという。


「透子もなにか部活に入る? 野球部のマネージャーとかどう? 千尋いるし」

「野球のルールがわからないし、ずっと一緒にいるのも千尋くん疲れるだろうし、遠慮しておくよ。私は帰宅部か……運動部以外がいいな」


 透子はインドア派なのだ。

 通りかかった担任のしばが二人の会話を聞いて微笑んだ。


「だったら英語劇クラブはどう?」

「英語劇、ですか?」

「このあたりは外国からの観光客も多いでしょう? だから星護高校は英語教育に力をいれているのよ」


 よかったら、とチラシまでもらってしまった。


「英語の勉強はしたいけど……しゃべるのは苦手だなあ」


 透子がぼやくと陽菜が笑った。


「部活に入らないなら、また和菓子屋のバイトはどうですかー? って母が言っていた」

「うわあ……ものすごくやりたいけど、あまりシフトに入れないかも」

「あはは、わかってる。土曜日か、日曜日のどっちかだけでも!」

「土曜日だけ、なにとぞよろしく……」

「やった!」


 何かに入部したほうがいいのだろうか、と考えながら歩いていると、廊下の向こうから悲鳴が聞こえた。


「きゃっ!」

「なに、いきなり!」


 悲鳴と共にガシャン! というすさまじい音が聞こえて透子は顔をあげた。

 大きな靴箱が倒れてしまっている。陽菜がうわあとうめいた。


「また! だ。なんだろうねー、なんか最近、校内のいろんなところで物が倒れたりガラスが割れたりして、怖いったら。ポルターガイスト?」


 透子は怖いねと同意して再び顔をあげて……そこで固まってしまう。小学生くらいの小さな男の子がぼんやりとした光に包まれて、じっとこっちを見ていたからだ。


(あー……)


 声にならない声をあげて彼が裸足はだしでひたひたと近づいてくる。足元がれていて、ずるずると男の子が動いた場所に跡がついていく。まるで、ナメクジのように。

 背筋に冷たいものが走る。高校にあんな小さな、しかも半裸の子供がいれば、周囲が騒がないわけがない。しかし、誰も気づかない。


 ……透子以外には見えていない。つまり、……あの子は生者ではない。


 透子は震える手で、ジャケットの右ポケットから針水晶の数珠を取り出した。

 男の子に気付かれないようにそっと右手にめると、あきの言う「御守り」が効いて、すぅっと何も見えなくなる。

 ……透子はほっとした。


「透子、どうかしたの? 顔色が悪いけれど」


 陽菜が心配そうに聞いてくるので、慌てて首を振った。


「ん、なんでもないの。立ちくらみ」


 神坂の人間がそういう力を持っている、と言うのは星護町ではあたりまえの話なのだという。だから透子の「けん」の能力もこの高校ではあまり忌避されないのではないか、と千瑛は言っていた。

 だけど、せっかく出来た新しい友人に、えて自分は異端だと告げる勇気はなかった。


(透子ちゃんは、なにかいつも違うものを見ている。怖い)

(目立ちたいから、見えるってうそをつくのかも。だって誰にもわからないじゃない)


 そんな風に言われるのは嫌だ。何気ない風を装いつつ箱に行くと千尋が友人と談笑しているところだった。

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