第三章 星護高校 ②

 見た目に反して白井の物言いはどこか古風だ。年上の人と話している錯覚を覚えて透子は背筋を伸ばした。


「あ、芦屋透子です、はじめまして、よろしくお願いします」


 透子が名乗ってぺこりと頭を下げると、美少女も丁寧にぺこりとお辞儀を返してくれる。


「……ご、ご丁寧な方ね、私、白井桜と申します。千尋くんの信奉者ですわ」

「し、信奉者?」

「そう。未来の伴侶でもいいわ。それで? あなたが透子さん」

「はい」

「透子さんは神坂の遠縁なんですって? それで一緒に暮らしていらっしゃるってね」


 陽菜が桜の言葉をいぶかしんだ。


「……どうして知っているわけ?」


 桜は陽菜に向かって人差し指をチッチッと振って見せた。

 そういうしぐさも何やら時代がかっている。


「情報提供者を売るわけにはいきませんので、ノーコメントで」

「相変わらずストーカー気質だよね、白井……」


 陽菜がちょっと引いているが、それに構わず桜は透子を見上げてくる。

 真剣な瞳に見つめられ、透子は慌ててかばんの中から買ったばかりの手帳を取り出した。


「実は私もよく把握していないんですけど……」


 家系図もどきを手帳に書いて、見せる。


「私の母が、千尋くんのはとこなんです。その御縁で……」


 桜は腰に手をあてて、フンと家系図を見た。


「はとこ……。ずいぶん遠縁よね。それで、お母様は今、どこにいらっしゃるの?」


 透子は目を泳がせたが、いずれうわさになるだろうし、と正直に答えた。


「五歳の頃から行方不明で。どこにいるかは、わからないんです」


 桜がちょっと目を開く。


「……ま、まあ。あ、じゃあ、お父様は?」

「十歳の時に病気で他界しました」


 桜は絶句した。


「それは……。お聞きして申し訳なかったわ。今までどなたと暮らしていらしたの?」

「祖母と暮らしていたんですけど、春の終わりに亡くなって、星護町に引っ越してきたんです」


 透子が言うと、桜は沈黙し、困ったように視線を逸らした。


「ごめんなさい、立ち入った事情を聞いて……そう、それで透子さんは神坂さんのおうちに下宿していらっしゃるのね。そんなご事情があったのに、毎日千尋くんと同じ屋根の下なんて羨ましいなんて思って、ごめんなさい。私、浅ましい美少女ね……」

「えっ? 浅ましいだなんて、そこまでは……」

「美少女とか自分で言う? そして透子もそこに突っ込んで! ちゃんと!」


 陽菜の言葉には構わず、桜は「反省しますわ!」と形のいい唇をんで、きびすを返す。

 しかし、二メートルほど歩いたところでくるりと振り返って宣言した。


「学校生活で何か困ったことがあったら、相談してちょうだい!」

「あ、ありがとう……ございます」

「けれど新参者には負けないわ! 私の思いを千尋くんに届けるその日まで!」

「大丈夫だよー、白井。あんたの気持ち届いているよ。全部打ち返されているだけで」


 陽菜の皮肉はまるっきり無視してタタタと走り去っていく背中を視線で追っていると、コケ、と桜はこけた。

 大丈夫かなと思っていたが、すぐ立ち上がって走り出したのではなさそうだ。

 陽菜がけらけらと笑う。


「あれが千尋の筆頭ストーカー。強火のファン。害はないし、イイ子なんだけどねー。高校からこの街に来た帰国子女の子で、なんか色々、変わっているんだ」


 千尋は文武両道でルックスもいいから、もてるだろうと思っていたがあそこまで熱狂的なファンがいるとは思わなかった。

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