第三章 星護高校 ①

 とうは九月一日から無事にひろも通うほしもり高校の二年生に編入した。

 クラスは千尋とも、とも一緒の二組だ。


「あ、透子来た! おはよー。クラスが同じでよかったね」

「おはよう、陽菜ちゃん。学校でもよろしくね」


 千尋と一緒にドアをあけて教室に入ると、陽菜が手を振ってくれた。

 何だか一斉に視線を集めた気がしたが、振り返ると皆目をらしたので気のせいだろう、多分。

 手続きや教材の授受は先週終わっているので、透子はホームルームで簡単な自己紹介だけをした。


あし、と、透子です。よろしくお願いします」


 まばらな拍手とあちこちでささやきが聞こえる。耳が赤くなるのを自覚しながら、透子は教室の一番後ろに着席した。担任の配慮なのか、隣が千尋だったのでほっとする。

 千尋は、目だけで笑った。


「右足と右手が同時に出ていた」

「……人前でしゃべるの、苦手で……」


 クラス中から何か注目されている気もするが、この時期の転校生は珍しいのだろう。その日は一日模試だったので休み時間も参考書をにらみながら過ごし、初日はあっという間に放課後になった。


「俺は部活に出てから帰るけど、どうする?」

「まっすぐ帰るつもり……」


 じゃあ後で、とあいさつしながら教室を出た二人の前に髪の長い、きゃしゃな女子生徒が待ち構えていた。透子はぎょっとして足を止めた。


 たしか、一番前の席に座っていたクラスメイトだ。なんだか敵意をもって見上げられている気がするのだが、何故なぜだろう。女子生徒のれいな薄い色の髪は丹念にまいて背中に流されていて、前髪は綺麗な形のおでこが出るように後ろになでつけられている。

 制服は規定のものだが裾は短く切られ、高校指定の白ソックスは履かずに紺色、と制服は微妙にカスタマイズされていた。アイドルの一員を名乗ってもよさそうなわいい少女はもう一度透子をキッと睨んでから、次に千尋を仰いだ。


「千尋くん、お久しぶりね。夏休みの間一度も会えなくて、さくらはすごく寂しかったわ」


 にこっとほほまれて、千尋は一歩下がった。

 表情に若干のおびえが走る。


「……あっ……しら……ひさびさ」


 白井と呼ばれた美少女は、ずいいいっと下がった千尋とおなじ距離だけ間合いを詰めた。


「白井だなんて、他人行儀に呼ばないで。桜って呼んでいいのよ。さ・く・ら。りぴーとあふたみー」

「他人だし、呼ばない……かな」

「照れなくてもいいの。野球部の練習に行くのでしょう? 私も見学したいわ」


 千尋はうっと言葉に詰まって首を振った。


「わ、悪いけど……ちょっと邪魔だから、ごめん! 追って来ないでくれっ!」


 そのまま振り返ってダッシュで逃げて……白井は「もうっ! 照れ屋ね!」とその場で怒っている。

 透子はあっに取られて白井桜と呼ばれた少女の華奢な背中を見た。


「あー久々に見た。白井の求愛行動! これ見ないと学校に来た気がしないわー」


 透子の後ろで陽菜が面白そうに笑う。


「きゅ、求愛行動」

「そ。かんざか千尋の熱烈なファン。千尋には嫌がられているけどね」


 そんな、本人の目の前でいわなくても、と透子があたふたしていると、桜はくるりと振り返った。茶色い目がこちらを見上げている。

 桜色のリップはつややかで、華奢な造形とあいまって、お人形のように可愛らしい。


「あなたの事は夏休みの間から知っていましたわ」

「まじで? あんたの情報網どうなってんの?」


 陽菜が驚く。


「あなた──千尋くんと一緒に住んでいるんですって?」

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