第二章 神坂家 ⑮

 イチゴ大福四つあるよ、というと千尋は機嫌良くお茶をれはじめた。朝食は面倒だからと手抜きだが、彼はそれ以外の家事はなんでも無難にこなす。同年代の男子にしては珍しいだろう。


(千尋のご両親、千尋が小学生の頃に離婚しているんだよね)


 陽菜はそう言っていた。それだけなら、今時珍しい話ではないかもしれない。

 だけど、と透子は陽菜から教えられた話をはんすうする。


(両親ともに別の相手との間にできた、子供がいて……、複雑なんだ)


 千尋は両親の離婚後は母親と暮らしていた。しかし母親の再婚相手と異母妹と、どうしても折り合いがつかずに、中学進学を機に千瑛と暮らし始めたのだという。

 ……両親がいない寂しさなら、透子にはわかる。

 だけど、近くにいるのに離れて生活する事情はみ込めなかった。


 お茶と大福を楽しんでいると千尋のスマートフォンが鳴った。


「はい、千尋です」


 敬語になった千尋に誰だろうと思って盗み見ていると、千尋はさりげなく席を立った。


「いいって、来なくて。母さんも忙しいだろ。俺も試験準備で忙しいし。部活もあるし。夏はずっとこっちにいる」


 母さん。


 あまりにタイミングよくかかってきた電話に、透子は思わずむせそうになった。まさに今、千尋の両親について考えていたのだ。

 お茶をえんしてなんとかやり過ごす。五分程話して電話を切った千尋が、咽て胸をトントンとたたいている透子を不思議そうに見るので、透子はうろたえつつす。


「あ、その、私、お母さんいないから、どんな感じで話すのかなって!」


 言ってからしまった、と思ったが千尋はあからさまにバツの悪そうな表情を浮かべた。

 違うの! と透子は内心で悲鳴をあげた。


「あっ! 全然! 寂しいとかじゃないんだけど。私、お母さんのこと全然知らないので! どんな会話をするのかちょっと興味津々でみてしまって……その」

「知らない?」

「あ、うん。……五歳の頃から行方不明だから……」


 それこそ、神隠しにあったみたいに居なくなってしまったのだと聞いている。父は母のことをポツポツとしかしゃべらなかったし、写真がなかったので顔もよく、知らない。


「両親と住んでいた家が火事になって。……その直後にお母さんが行方不明になったから写真ってないんだ。せめて、データだけでもあればよかったんだけど」


 千尋はそっか、と頭をかいた。


「芦屋さん。高校生なのに、すごく波乱万丈だな」

「あはは、そうかも」


 客観的に見るとそうかもしれない。

 母は行方不明で、父は早世。

 祖母も亡くなり今は遠縁を頼って下宿中。そんな女子高生はなかなかいないだろう。


「佳乃さんや千瑛さんはお母さんにあったことがあるみたい。写真があったらいいのに」


 千瑛は透子たちの十歳年上だから母と交流があったようだ。いつか母についての話を聞けたらいいなと思う。


「たぶん、芦屋さんのお母さんも高校一緒なんじゃないかな。卒業アルバムとか、図書室にあった気がする」

「本当に? 探してみようかな」


 高校に行く楽しみが出来た、と喜んでいると千尋がテーブルに突っ伏した。


「二学期は楽しみだけど、模試勉強に飽きてきた。夏休みずっと続けばいいのにな」


 どこからか現れた小町が、チョイチョイと前脚で千尋をつつく。


「なんだ小町ー、ん? 勉強には糖分がいるって? 俺もそう思うー」


 勝手に小町の言葉を代弁し、千尋は包丁でイチゴ大福を半分に切った。


「千瑛はまだ帰ってこないし。あいつのイチゴ大福、はんぶんこにしよ」

「え? せっかく買ってきたのに」

「だって美味うまいし、俺はもう半分食べたい」


 ダメだよ! と言おうとしたが、お茶のおかわりを差し出されて、うっ…と透子はうめいて……誘惑に負けた。


「芦屋さんも食べたいだろ? 共犯になろ?」


 千尋の無邪気な笑顔は罪作りだ。透子は二重の誘惑に屈した。

 千瑛さんのぶんはまた明日買おうと決意して、イチゴ大福を半分もらってやっぱり美味おいしいと頰を緩める。


「あら、お大福。おばちゃんにも分けてちょうだい」


 佳乃さんも加わって三人で和気あいあいとおやつを食べていると、狙いすましたようなタイミングで帰宅した千瑛はあれ? と声をあげた。


「どうして皆で、楽しくおやつタイムしているの? なんで僕の分のイチゴ大福だけがないの!? あづま庵のイチゴ大福っ」


 ──三人三様そっぽを向いた。

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