第二章 神坂家 ⑮
イチゴ大福四つあるよ、というと千尋は機嫌良くお茶を
(千尋のご両親、千尋が小学生の頃に離婚しているんだよね)
陽菜はそう言っていた。それだけなら、今時珍しい話ではないかもしれない。
だけど、と透子は陽菜から教えられた話を
(両親ともに別の相手との間にできた、子供がいて……、複雑なんだ)
千尋は両親の離婚後は母親と暮らしていた。しかし母親の再婚相手と異母妹と、どうしても折り合いがつかずに、中学進学を機に千瑛と暮らし始めたのだという。
……両親がいない寂しさなら、透子にはわかる。
だけど、近くにいるのに離れて生活する事情は
お茶と大福を楽しんでいると千尋のスマートフォンが鳴った。
「はい、千尋です」
敬語になった千尋に誰だろうと思って盗み見ていると、千尋はさりげなく席を立った。
「いいって、来なくて。母さんも忙しいだろ。俺も試験準備で忙しいし。部活もあるし。夏はずっとこっちにいる」
母さん。
あまりにタイミングよくかかってきた電話に、透子は思わず
お茶を
「あ、その、私、お母さんいないから、どんな感じで話すのかなって!」
言ってからしまった、と思ったが千尋はあからさまにバツの悪そうな表情を浮かべた。
違うの! と透子は内心で悲鳴をあげた。
「あっ! 全然! 寂しいとかじゃないんだけど。私、お母さんのこと全然知らないので! どんな会話をするのかちょっと興味津々でみてしまって……その」
「知らない?」
「あ、うん。……五歳の頃から行方不明だから……」
それこそ、神隠しにあったみたいに居なくなってしまったのだと聞いている。父は母のことをポツポツとしか
「両親と住んでいた家が火事になって。……その直後にお母さんが行方不明になったから写真ってないんだ。せめて、データだけでもあればよかったんだけど」
千尋はそっか、と頭をかいた。
「芦屋さん。高校生なのに、すごく波乱万丈だな」
「あはは、そうかも」
客観的に見るとそうかもしれない。
母は行方不明で、父は早世。
祖母も亡くなり今は遠縁を頼って下宿中。そんな女子高生はなかなかいないだろう。
「佳乃さんや千瑛さんはお母さんにあったことがあるみたい。写真があったらいいのに」
千瑛は透子たちの十歳年上だから母と交流があったようだ。いつか母についての話を聞けたらいいなと思う。
「たぶん、芦屋さんのお母さんも高校一緒なんじゃないかな。卒業アルバムとか、図書室にあった気がする」
「本当に? 探してみようかな」
高校に行く楽しみが出来た、と喜んでいると千尋がテーブルに突っ伏した。
「二学期は楽しみだけど、模試勉強に飽きてきた。夏休みずっと続けばいいのにな」
どこからか現れた小町が、チョイチョイと前脚で千尋をつつく。
「なんだ小町ー、ん? 勉強には糖分がいるって? 俺もそう思うー」
勝手に小町の言葉を代弁し、千尋は包丁でイチゴ大福を半分に切った。
「千瑛はまだ帰ってこないし。あいつのイチゴ大福、はんぶんこにしよ」
「え? せっかく買ってきたのに」
「だって
ダメだよ! と言おうとしたが、お茶のおかわりを差し出されて、うっ…と透子は
「芦屋さんも食べたいだろ? 共犯になろ?」
千尋の無邪気な笑顔は罪作りだ。透子は二重の誘惑に屈した。
千瑛さんのぶんはまた明日買おうと決意して、イチゴ大福を半分もらってやっぱり
「あら、お大福。おばちゃんにも分けてちょうだい」
佳乃さんも加わって三人で和気あいあいとおやつを食べていると、狙いすましたようなタイミングで帰宅した千瑛はあれ? と声をあげた。
「どうして皆で、楽しくおやつタイムしているの? なんで僕の分のイチゴ大福だけがないの!? あづま庵のイチゴ大福っ」
──三人三様そっぽを向いた。
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