第二章 神坂家 ⑭
「陽菜ちゃんも気を付けないと」
透子は日が暮れる前に帰っているが、陽菜は学校の生徒会や、臨時のマネージャーを務めている野球部の練習に参加した日は遅い帰宅になることもあるようだ。
陽菜は大丈夫、とほうじ茶をすすった。
「綺麗な長い黒髪の子ばっかり狙われるって
透子の髪は長い。そろそろ背中まで届こうかというのを普段は緩くみつあみに、バイト中はお団子にしている。透子はぶるりと震えた。
「そうなの? 切っちゃおうかな」
「えーっ。せっかく日本人形みたいで綺麗だしやめなよ! それよか千尋に迎えに来させたらいいじゃん。──毎日男の子の送り迎え、ってなんかいいよね」
陽菜がうっとりしたので、透子は苦笑した。
「申し訳ないよ。千尋くん、忙しそうだもん」
「千尋って愛想ないけど優しいし運動できるし顔もいいし。おすすめだよ」
陽菜が無責任に千尋をお勧めしてくる。
お茶のおかわりを持ってきてくれた陽菜の母親も「そうそう」と同意した。
陽菜は高校に彼氏がいるらしく、千尋には興味がないらしい。
「陽菜が男の趣味が良ければね。おばさんは、昔っから千尋くんファンなのに……」
「私の彼氏の方が千尋より百倍かっこいいです! ……あ、ごめんね透子」
なんで謝られるのだと透子は、ちょっと遠い目をした。
「千尋くんってすごくもてそうだよね」
陽菜がそれは高校に行ってからのお楽しみ、と思わせぶりに笑う。
「そういえば、千尋くんって実家に帰らなくてもいいのかな? 夏休みの間忙しいからって、ずっと神社にいるみたいだけど」
実家が遠いから、千瑛と一緒に住んでいるのだと説明を受けていたが。
どうやら千尋の両親は同じ県内にいるようだ、と察する場面がいくつかあった。
陽菜は「あー」と上を向いた。
「……透子って、今まであんまり神坂の家と関わりなかったんだっけ」
うん、と透子は頷く。
「神坂さんはここらへんじゃすごく有名で……ってのは知っている?」
「うん、会社もいくつも経営しているし、その……特別なお仕事もしている、って……」
陽菜はううん、ときまり悪げに頰をかいた。
「千瑛さんとか、千尋のお父さんは、神坂の本家筋なんだ」
「そうなんだね。千尋くんのお父さんにも会ってみたいな。千尋くんに似ているの?」
いただいたケーキのお礼も言いたいし、千尋の父親ならば、さぞ素敵な人だろうなと
「私が話す筋合いじゃないと思うんだけど、地雷をうっかり踏む前に、言っておくね。千尋のご両親って、千尋が小学生の頃に離婚しているんだよね。それで……」
陽菜が教えてくれた「事情」に透子は目を丸くした。
せっかくの美味しいかき氷が何の味もしなくなってしまった。
「芦屋さん、おかえり」
家に帰ると風呂上がりの千尋がリビングでストレッチをしていた。
千尋は野球部で今日も遅くまで練習をしていたらしい。夏の県予選はとっくに終わってしまったが、また秋以降の試合に向けて練習に励んでいるようだ。
「あ、うん……。ただいま」
「バイトお疲れ。学校の宿題は終わった?」
「うん、ほとんど」
試験の結果、九月からは千尋たちと同じ高校に編入できることになった。新学期に備えて出された宿題も、無事に終えることができそうだ。
「初日に模試あるから頑張ろうな」と千尋がにっこり笑う。
「芦屋さんって成績いいの?」
「悪くなかったけど、都会の高校の方が進んでそうだから自信ない。千尋くんは?」
「俺? 俺はめっちゃ勉強するから、そこそこいいよ。模試の順位で何か賭ける? 負けた方が何かおごるとかがいいな、あづま庵のイチゴ大福とか」
「それなら買って来ちゃったよ」
はい、と包みを出すと千尋はやった! と破顔する。
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