第二章 神坂家 ⑫

 かみさかい、神坂の一族は権力者と近いところで活動を何百年も続けてきた。

 明治になって、公の権力とは分かれてからも「本家」の「神坂」はこの関東の地で家業を続けてきたらしい。


「一般にはおんみょうって言われるけどね。僕たちもその呼称の通りがいいから、そう名乗っている」

「じゃあ、霊……が鬼になって悪くならないように退治するのが神坂家の、陰陽師としてのお仕事なんですか?」

「大体はね」


 大体? と透子はオウム返しに聞いた。


「先ほどの、人間の霊が転じた気味が悪いモノが、鬼。──大体はね」


 透子はさきほどの鬼を思い出した。


「けれど鬼の中には人間と同じような姿をして、人間とは違う恐ろしい力をもった存在がいる──」


 透子は目を白黒させた。


「本、とか映画とかに出てくるような、鬼、ですか」

「そう。人間よりずっと長生きで各地を転々としている人々」


 千瑛は肩を竦めた。


「信じられないよね。そういう大物が百人にも満たないけど日本にいるって言われてる。……僕も何回かしか会ったことがないけど、本人が鬼だと名乗らなきゃ全く分からなかった」

「人間と変わらないなら、いいんじゃないですか?」


 透子の質問に千瑛は苦笑した。


「人間に友好的な鬼は少ないんだよ。人間に友好的でひそかに暮らす鬼がいないわけじゃないけど。彼らのほとんどは今、関東か関西のどこかに生息していて、さっきの鬼みたいなけんぞくを使って悪さをする。食欲のためだったり、あるいは楽しみのためだったり……」

「楽しみ?」


 透子は首をかしげた。


「人間が苦しむ姿を見るのが何より楽しい。生きだって──そう笑った鬼もいたよ。二度と会いたくないけどね」


 以前仕事でそのような鬼と出遭って命からがら逃げだしたらしい。

 ……そんなに恐ろしいものがいるのか、と半信半疑ながらも透子が不安な表情を浮かべると千瑛は苦笑した。

 千瑛はそうそう、と懐から針水晶の数珠を取り出した。


「透子ちゃんはああいうものが、怖い?」


 透子は鬼を思い出して身震いした。怖い。

 霊も怖いし、小鬼も恐ろしい。千瑛はそれなら、と数珠を渡してくれた。


まもりにあげる。つけている間は何も見えなくなるから、持っておくといいよ」

「すごくれい! ありがとうございます。いいんですか? こんな高価そうな……」


 透子はお礼を言った。


「いっぱいあるから気にしなくていいよー。あ、そうそう、これは千尋の父上からもらったやつだけど」


 千尋がぴくり、と肩を揺らした。

 千瑛はそれに構わずに、冷蔵庫からケーキを出してきた。


「千尋と透子ちゃんが買ってきてくれた大福とかぶっちゃったけど。うちの息子と仲良くしてください、って伝言付き」


 透子はほほんだ。また夜ご飯のあとにでも頂こう。


美味おいしそう! 千尋くん、お父さんにありがとうって伝えてね」


 透子の満面の笑みでのお礼に千尋は一瞬言葉に詰まり、うなずいた。


「伝えておく。……用があるなら自分で電話してくればいいのに……」

「千尋が連絡しないからだろ?」

「する用事がないからな」


 千尋は冷たく言い放って、ケーキをいちべつすると自分の部屋へ上がっていった。

 どういう意味かなと透子は思ったけれど聞けずにただ、背中を視線で追う。


 千尋を気遣うかのように小町が「にゃあ」と鳴き、タタタと軽い足音を立てて上っていった。残された透子は千瑛に今日、町に行って陽菜と会ったことを報告する。

 ──透子の新しい保護者はバイトの事については「町に慣れるためにはいいかもね」と後押ししてくれた。佳乃さんとも相談して、家のお手伝いと高校の宿題は午前中に、午後の時間、透子はバイトをしてみることにした。


 ただし、と千瑛は条件をつけた。


「ここのあたりは暗くなると物騒だからね。八時までには帰ってくるように」


 変質者が出ると言う話なのかと思ったら、町内で若い女性が行方不明になる事件が連続しているらしい。


「八時より遅くなりそうなときは絶対に連絡する事。僕か千尋が迎えにいくからね?」

「はい、がんばります」


 今まで縮こまって過ごした時間を取り戻すために。ほんのすこし怖いけれど、新しいことに挑戦してみたい。透子は嬉しくて携帯端末に入れた陽菜の連絡先を見つめた。


『高校がはじまるまで、和菓子屋さんでバイトをすることにしました』


 夜、すみれにかいつまんで報告すると、すみれからはウサギがはねたスタンプで「いいね!」と返信があった。


 クールな本人からはちょっと予想できないわいい絵文字が羅列されたメッセージにくすりと笑いながら、透子はまた心地よい眠りに落ちた。

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