第二章 神坂家 ⑪

 リビングに移動した千尋がイチゴ大福を頰張りながら、千瑛に尋ねた。


「娘さんの住所、教えてやらないんだ?」


 千瑛は微笑んで茶をれている。佳乃さんも一緒だ。


「僕は鬼をはらっただけ。──家庭内暴力が、真実、鬼のせいなのか本人の意思かはわからないし、何かあったら責任を負えないからね」


 透子はもはや日常に戻ったかのような三人を見ながらまだどうがする胸のあたりに手を置いていると、千瑛が手招きした。


「透子ちゃん、驚かせたね」

「い、いえ……だけど、あれは……なんだったんですか」


 千瑛は透子に椅子をすすめた。


「もう少し、透子ちゃんが町にんでから説明しようかと思っていたんだけど、ちょうどいい機会だから──少しだけ、神坂のことについて話をさせてもらおうかな」



「神坂の先祖は平安の末期、関東にいた豪族で……」


 と、千瑛は話し始めた。

 平安の時代、貴族の社会は大いに乱れ武士が台頭し始めていた。

 世は乱れ、きんや疫病などで多くの人間が死んだ。現代よりもずっと夜の闇が濃かった時代、死は現代よりもすぐそばにあった。


「現代よりも不遇な死に方をする人が多かった。恨みや心残りを抱いて死んだ者は……霊となって現れる」


 透子は、葬儀場で見た男性の霊を思い出した。ああいう風に、残ってしまうのだ。


「大抵は、時がたてば霊は消えてしまう。神坂家ではすべてのものに霊的な力があると考えているんだ」


 通常の霊はいい。いずれまた森羅万象の中にかえる。だが災いをもたらす魂はやがて意志を持ち、悪意を抱き、生きている人間に害をすようになる。そういう風に考えられているらしい。


「──霊が災いを為すようになったものを、鬼と呼ぶ」


 透子は口の中で、鬼、とつぶやいた。


「人々は戦乱や自然現象だけでなく鬼にも苦しめられていた。神坂の始祖といわれる人は女性でね──姫様、と僕たちは呼んでいるけれど……」


 始祖は鬼を葬る不思議な力を持っていて、関東一帯をせっけんし人々を苦しめた鬼をたおしたと伝わっている。彼女はその後息子たちに鬼を斃す技と術を伝え人々を救えと命じた。

 鬼から救われたその時代の人々は一族を神の使いだとあがめたという。

 息子たちは、こう言ったという。


 ──我ら神と人との境に生きる民。かみざかいの民。


 それを転じて、かみさか、時代を経て、かんざか、を名乗ったのだという。


「……すごい話ですね」


 透子が目を白黒させる。その隣で千尋がずずっと茶をすすった。


「何度聞いても、自分たちは神の使いです、とか、厚かましい奴らだなって思うね」


 一族の伝承は子供のころから何度も聞かされているせいで、千尋にとっては特に驚きはないとのことだ。


「かみさかの、さかいのたみがこいねがう。しきさかいの、わざわいを。あるべきやみへ、かへりたまらせ」

「え?」


 透子が聞くと、千尋は肩をすくめた。


「──俺もよく知らないけど。本家に行くとよく聞く文言。昔っから、さかいにある災いを自分たちが元の闇に返してたんだ……ってそういう自負があるみたいだ」


 妙に印象に残る言葉だなと、透子は心にとどめ置いた。

 まあまあと佳乃がのんきに茶をすする。


「話半分で聞いていたらええんよ。大体、そういう昔話はおもしろおかしく脚色があるもんなんやから」


 コホン、と千瑛がせきばらいをしたので、佳乃と千尋は口をつぐんだ。


「話の腰を折らないでくれるかな……。というわけで神坂の一族は平安の末期からずっと、鬼を斃す仕事をしているんだよ。それが家業」


 透子はほぅとため息をついた。


「……じゃあ、千瑛さん以外にも……さっきみたいなことをできる人が、いるんですね」

「そうだね。神坂の本家もだけど、分家があって。さいとううたたにさい……まあ、ここら辺はおいおい説明するよ」


 透子は、のみを見つめた。


「私だけじゃなかったんですね。そういうモノが見えるの。皆、見えるんだ……」


 これまで、透子はずっと異端だった。気味が悪い、うそつき、おかしな子。

 そう言われ続けてきたのだ。でも違った。そうじゃなかった、と知れたことがうれしい。


 透子の隣でどこか居心地が悪そうに、千尋が身じろぎした。

 千瑛はそれをチラリとみたが、話を続けた。

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