第二章 神坂家 ⑨

 千瑛、佳乃、すみれ──それから、陽菜。

 透子は四つに増えた連絡先を眺めてドキドキとした──なんだか普通の高校生みたいだ。陽菜は、じゃあね、と店の外まで見送ってくれる。


「私、神社の手伝いもちゃんとするからバイトしたらだめかな?」


 透子の質問に、千尋はお菓子の袋を持ちながら苦笑した。


「神社は暇だろ。──でもバイトなんか、無理してやらなくていいと思うけど」

「ううん。販売のバイトなら地元でもやったことあるの」

「……いいんじゃないか。陽菜はいい奴だし」


 この街に慣れるために、いい提案かもしれない。二人で玄関をくぐる。


「佳乃さん、お菓子買ってきました……」

「この! 若造がっ」


 二人が引き戸を開けると先程の客人が大声で怒鳴っているところだった。

 大人の男性の怒鳴り声なんて聞いたことがなかった透子はびくりと肩を震わせる。


「馬鹿にするにもほどがある! うちの娘は神隠しにあったんだ! 断じて家出なんかではない、しかも、男なんかと一緒にいるわけがないっ!」


 男の視線の先には千瑛がいる。どうやら透子と千尋が家をでて、入れ違いに帰ってきたようだ。男性のあまりの剣幕に千尋と透子は驚いて玄関先で固まった。


「そう言われてもねえ。──ちゃんと証拠写真もあるので……持って帰られます?」


 千瑛が写真をヒラヒラさせながらのんびりと言うと男性は写真を破り、目をり上げた。

 佳乃は「困ったわ」とのほほんと男二人を眺めてから、「お帰り」と二人を迎えた。


「千瑛、あの人に何を言ったの? すごく怒っているけど」


 あづま庵の包みを受け取りながら佳乃が可愛らしく舌を出した。


「あの人の娘さんが突然いなくなった、鬼にさらわれたはずだから、調べてくれっていうから、どうも千瑛さんが調べていたみたいなんやけど……」


「鬼?」と聞きなれない単語に透子は首をかしげたが、千尋たちに違和感はないらしい。


「千瑛が? なんか珍しいな」

「断れない筋からのお願いやったみたいよ」


「やけどねえ」と佳乃は声を潜めた。


「普通に恋人と幸せに暮らしていて、鬼の出番はありませんでした、っていう結果で」


 透子と千尋は思わず顔を見合わせた。


「あのお父さんとしては、自分の知らない男と住んでいるより、鬼の仕業のほうがよかったんやろね」

「勝手だよな」


 佳乃の言葉に千尋は肩を竦めた。


「くだらない結果を報告するなら電話一本で済むだろう! 恥をかきにきたようなものだっ」


 千瑛は破られた写真を拾い上げると、男性に向かってほほみかけた。

 静かに不思議な形に指を結んで男に示す。


「報告だけならそれでよかったんですけど。娘さんが面白いことを言っていたので」

「面白いことだって?」


 千瑛はにこにこと……満面の笑みを浮かべた。


「『お父さんと一緒にいたら、殴られるから怖くて逃げた。しかも私を殴ったことをお父さんは覚えていないみたいだ、助けてください』って。お嬢様はあなたが怖くて恋人のもとへ逃げたみたいです」


 彼は指をさらに奇妙な形に編んだ。

 佳乃と千尋が目配せして少し後ろに下がる。

 男性は神坂家の住人の動きに気づかずに、激昂した。


「私が娘を殴った? そんな事をするわけがない! 娘の居場所を知っているんだな、どこにいるか教えなさいッ!」


 娘を心配しているというより、いなくなったことに怒っている。なんだか玩具おもちゃをとられた聞き分けのない子供のような怒り方で、父親が言う台詞せりふにしては妙だ。


「あれは、俺の餌なのに、なんで目の前にいない……っ!」


 透子は、目を血走らせて怒る男性に違和感を覚えて……凝視した。餌?


貴方あなたが危険だからじゃないですか? ──けん!」

 千瑛が鋭く叫ぶと男性は電流が走ったかのように、身体からだを硬直させた。

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