第二章 神坂家 ⑧

 石段を降りかけて、透子はギョッと立ち尽くした。

 昨日、足元にまとわりついていた毛玉がサッカーボールくらいの大きさになって、ぽふぽふと石段を跳ねている。


(キタキタ!)

(オヒメサマキタ、オヒメサマ。アソボウアソボウ)


 どうして、大きくなっているんだろう。

 そして神社の境内にはともかく、石段にはこういうものがやっぱりいるんだ、と透子は少し絶望的な気持ちになった。千尋が不審げに立ち止まって、それから「にゃあにゃあ」と盛んに鳴く小町を見てから、ちょっとため息をついた。


「はい」


 手を差し出されて反射的に握り返すと千尋は透子を先導して降りていく。


「なんか、居るんだろ」

「……う、うん。変な毛玉が三ついるの」


 透子は毛玉を見ないようにすり抜けて小声で言った。さりげなく手を離した千尋の手を目線で追いながら聞いてみた


「……千瑛が芦屋さんはけんだって言っていたけど、本当にそうなんだな」


 人には見えないものを見る能力の事を「見鬼」というらしい。


「千尋くん、は……毛玉が見える?」


 千尋は肩をすくめた。


「俺は……たまにぼんやり、なんかいるかもなって感じるだけ。何も見えない。神坂の人間なのに、才能ないんだ」


 その言い方に何か引っかかりを覚えたが、透子に構わず、千尋は明るく続けた。


「あづま庵って、俺の野球部の友達の菓子屋なんだ。紹介しとく」

「ありがとう」


 部活が一緒の子だというので千尋のような男子部員を想像したが、あづま庵で二人を迎えてくれたのはショートカットの女の子だった。

 愛想よく出迎えてくれた女の子が、不思議そうにこちらをうかがうので透子は軽く会釈する。


「千尋、いらっしゃい。おつかい?」

「お客さんが来たから佳乃さんに菓子を買って来いって言われた。適当に包んで」

「了解」


 手際良く包装と会計を済ませてくれた女の子はにこやかに挨拶してくれた。


「はい、どーぞ。あ、私はづまです。千尋の同級生」

「芦屋透子です、あの! よろしくお願いします。たぶん、同じ高校になると思います」


 日に焼けた陽菜は健康的な笑顔で、ニコ、と微笑む。


「この美少女が千尋と一緒に暮らす、芦屋さんってこと?」


 陽菜のお道化た物言いに、千尋がそーだよとあっさりうなずいた。


「透くんっていう名前の、親戚の男の子って言ってなかった? 女の子だったとはねー」

「うるせえ……千瑛が適当な事言ったんだよ。親戚ってとこは合っている」


 どうやら、千瑛が千尋に透子を男の子だと説明していたらしい。透子は何だか非常に申し訳なくなってしまったが、陽菜は千尋と透子を見比べて、なにやら実に楽しげだった。


「新学期から、もしも同じクラスだったらよろしく」

「はい」

「うちのお菓子美味おいしいから、食べて感想教えてね」

「あ、ありがとう」

「甘い物好き?」


 感じのいい子だなと透子は思った。同世代の女の子から好意的に話しかけられて、言葉を返すのはなんだか数年ぶりな気がして透子はどぎまぎとしながら、頷いた。


「う、うん……和菓子が好きで……」


 本当? と陽菜は声をあげた。


「和菓子好き? ねえ、ひょっとして芦屋さんは夏休みの残りって暇? もしよかったらうちでバイトしない? 和菓子の販売だけだから暇だよ! 夏休みは結構時給はずむし」


 陽菜の申し出に透子と千尋は顔を見合わせた。なんでも夏休みの間のバイトをしてくれる予定だった大学生と急に連絡がとれなくなったのだとか。


「ドタキャンされて困っているんだ」


 高校が始まるまでの四週間、確かに透子は暇だ。ピンチヒッターとして陽菜が入ってはいるものの、彼女は部活も生徒会もあって、全部は入れないらしい。


「高校の子も会いに来るし、プレ高校生活にうってつけの場所だよー!」

「なんだそれ」


 千尋はあきれたが透子にとっては悪い話ではない。「考えておくね」と伝えると彼女は「やった!」と小さく手を打ってくれて携帯の連絡先まで交換してしまった。

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